やつあたり 3:そんなに俺を虐めて楽しいか!?

第1話 最凶の敵 登場

 白亜で優美なユーリリオン城。

 その一室でアスセーナは、先の二度の戦闘の後片付けに悩みつつ、窓から注ぐ心地よい陽光を受けて執務をこなしていた。


 サイプレス卿を討ち取り、賠償金もふんだくることができた上に、サイプレス領の一部を戴いたため、資金も褒賞も憂いがない。

 サイプレス領は領主を失い、他の領からちょっかいをかけられているため、しばらくはこちらに仕掛けて来ることもないだろう。


 ふと妹のリィリィを見ると、紅茶を飲みながら部外秘ではない処理済みの資料をみて、何やらまとめている。

 そういえばゴタゴタ続きで妹の社交会デビューも遅くなったな、とアスセーナ自身も紅茶を口に含む。


 気持ちの安らぐ日だった。

 しかし、その平穏は静かなノックにより壊される。


 顔をしかめつつノックに対して入室の許可を告げるアスセーナ。

 入ってきた人物は、白髪にモノクルでいかにも堅そうな執事長である。

 彼がアスセーナに報告する内容は、最近になって同じことばかりであり、今彼女の中で最大の懸案事項であるからだ。


「午前において、かの者のによる覗き3件、下着泥棒も同じく3件、セクシャルハラスメントの苦情28件、騎士との揉めごと2件。

 何故あのような物を召しかかえたのでしょうか。

 このシーダ、大変遺憾に思います」


 アスセーナは表情を変えず、一口紅茶を飲む。

 彼女が先の論功行賞会でクロウを直属の部下にしてから、約10日間。

 毎日欠かさず上がってくる彼への苦情に頭を抱えていた。

 また、あの男は下級の兵士達とは息が合うようだが、騎士階級、それもユーリリオンに長く仕えている者達は彼を蔑視してちょっかいをかけ、度々返り討ちにあっている。


「無視しろ、無視だ。

 あの不埒者は不埒な行為より、それでおちょくられた相手の反応を楽しんでいる。

 私を見ろ、こうやって泰然としていれば、じきに彼奴も飽きる」

 執事長に対して、シノノメから得た情報を我が物のように講説するアスセーナ。

 偉そうな口調の姉に構わず、リィリィは次の資料に手を伸ばす。


 そこに縦にも横にも大きく大岩のようなアスセーナの側近、セコイアが報告のため入室した。


「失礼します。

 あの男。現在練兵場で戦利品のオークションを行なっておりますので、殲滅の許可を頂きたく」

「いちいち構うな。

 うん? どうした、そんなに殺気立って。

 お前も知っておろうが、彼奴の気質を」


 セコイアもシノノメから彼の取り扱いの注意を受けており、最近はいきり立つ他の家臣団のストッパーとなっていた。

 そんな彼から尋常ではない殺気を感じ、アスセーナは不審に思う。


「そういえば彼、オークションに出品するからって、わたしのブラジャーを貰いにきましたわ」

 妹の爆弾発言で、アスセーナは目の前の男が激怒する理由を察する。

 大体、この男もリィリィと何歳差だとアスセーナは突っ込みたくなるが、実際に心を打ち明けるなどの行動に及んでいないので、最も信頼する忠臣に苦言を呈しにくい。


「いいかお前ら、相手にするな。

 これを徹底すればこちらの被害は最小限に抑えられる。

 あの不埒者のことは、皆、精神修養だと思い励むように。

 私を見ろ、昨日、阿呆なことばかりぬかしていたが、波風一つ立てなかったぞ」


 しかし、彼女の言葉と裏腹に、アスセーナがその後自室にドアを蹴り入り、枕や布団にやつあたりをしていたことを、ここにいる3人は見ていた。


「お姉様。少しよろしいですか?」

 自分のことを棚に置き、いかに精神修養が大切かを語るアスセーナだったが、妹の言葉に遮られて少しムッとする。

「彼のオークションの品の中には、お姉様の一番特大のパットも含まれていますわよ」


 後に執事長は語る。鬼が降臨した、と。





(視点変更)


 いやあ、昼から呑む酒ほど旨いものはないねい。


 臨時収入に加えて、しばらく臨時休職までもらえたんだ。

 これで解雇までしてくれれば、俺の方も絶壁姫さんもwin-winだと思うんだけどな。


 やだな、小動物ちゃん。そんなジト目で見つめられたら、穴が開いちゃう。


「それで、今日は何をしたんですか?」

 俺の定宿一階の酒場で俺の対面に座る青い髪の女の子が、諦めきった表情で俺に問う。


「小遣い稼ぎをちょっとね。

 おも、いやいや、おっぱい姫ちゃんってば、本当に人気あるね。

 小動物ちゃんも人気者だったよ」

「・・・事情を聞きたくも、知りたくもなくなりました。

 とりあえず、奢って下さい。私のおかげで儲けたんですよね?」


 ちい、リアクション薄い。だが、それは想定済みだ。


「下着の叩き売り、入札形式。

 あ、コレは売れ残りね。小動物ちゃんいる?」

 うん、小動物ちゃんてばどこかのクロネコの如く、鳥肌が足先から頭まで駆け抜けて行きよった。小動物ちゃんてば、まじ小動物。


 けど、どうするかね、この特大パット。


「すぐに取り返して下さい!!」

「何に使うんだろうね、他人の下着なんて。ナニかなナニかな?」

「想像させないで下さい!! 洒落になってません、ああ、穢される!!」

「その台詞は、バスタブで言ってくれ」

「どこにそんなものあるんですか。

 せめて、落札した人を教えてください。直接、取り返しに行きます!!」

 やだよ、とか言って、俺と飛びかかってきた小動物ちゃんは楽しくじゃれ合う。はは、動きが鈍いよ、君。


「私は楽しくありません!!」

 む、また口に出してたかな。

 しっかし、本当にこの店客がいねえよなあ。



「たのもう!!」

 俺が小動物ちゃんとワイワイ騒いでいると、珍しく客が来たようだ。


 俺はそいつを見た瞬間、『敵』。それもかつてないほどの、凶悪な化け物と認識した。





「お会いできて光栄であります。クロウ殿」

 対面に座するそいつは、やや固いがにこやかに挨拶しやがった。さっきから、殺気を飛ばしているが、全く意に介していやがらねえ。


 おい、小動物。そんな無警戒に近くに座ったら、『食われ』ちまうぞ。

 この酒場のウェイトレスもただ事ではない雰囲気を感じたか、こいつから目を離さずそわそわしてやがる。


 前々の戦の時にも同レベルの奴がいた。だが、奴には大きなハンディキャップがあったおかげで、どうにか対処することができた。

 しかし、目の前のこいつの弱点がまだわからねえ。第一印象だが、隙らしい隙も見当たらないんだ。

 落ち着け、ままままままままだ、慌てる時間じゃない。俺は蒸留酒を一口含み、虚勢をはってこの窮地を脱する策を練る。


「クロウ殿のお噂や、この前の戦の功績は父やその従者からも耳にしております。

 なんでも名高い黒鍵傭兵団に単独で突撃し、見事にその団長を討ち倒したと」


 ち、並々ならない気配に人が集まってきたか。出入口、窓は塞がれた。いや、人だかりに紛れて、ここから消えることができるな。

 小動物ちゃん、は、仕方ない、こいつ相手にヤられるなら本望だろう、存分に昇天し、

「何、馬鹿なこと言ってるんですか」

 おっと、あぶね。いつも間にか接近してた小動物ちゃんが俺にフォークをつきたてやがた。この野郎、早速小動物ちゃんを惑わしやがったな。


「父もその場面を目にしており、そのあとに続けて猛将セコイア=メタ様と、互角の一騎打ちをされたそうですね」


 四面楚歌か、まずい、本格的にまずいぞ。


「悪意は無いようなので、ちゃんと話を聞いてあげたらどうですか?」

 小動物ちゃん、正気に戻ってくれ。

 いや、無理か。こいつは、レベルが違いすぎる。


「すっごく、失礼なこと考えてますね」

 だって、仕方ないだろう。クスン。


「クロウ殿にお願いがあります」

「ヤダ」

 一刀両断、即断即決、問答無用。

 こんな、完璧イケメン側に置いておけるかチクショウ。あれ、小動物ちゃん、また偏頭痛?





 改めて。


 目の前のイケ好かないローティーンのカッチョマンの名前は、グアヤック=バイタという名門の長子らしい。けっ、良いとこのボンボンかよ。


 珍しくないブロンドがかった茶髪をこれ見よがしに清潔感のある短髪にしてやがる。

「クロウさんも髪を短くするなら、もうちょっとこまめに手入れして下さい」


 うるさいよ、小動物ちゃん。


 鼻が高くて目が大きく、幼げに、中性的に見えるイケメンフェイス。ちなみに、『男』かどうかは、実物は見てないが念押しして確認した。

「クロウさんは、できれば毎日髭を剃って下さい」


 うるさいよ、小動物ちゃん。


 戸口で見た時は、180cmは完全に超えてたよな。なのに、向かいで座っている奴は、恐るべきことに、座高にあまり差が無いように思える。

「クロウさんの方が、座高高くありません?」


 うるさいって、小動物ちゃ〜ん。



「あの、お願いが」

「はいはい、猫探しからお部屋探しまで、万屋の黒ちゃんにようこそ」

「よろず?」

 首傾けて聞き返すな、女にも見えて頭がおかしくなる。こら、聞こえてるぞ小動物、よく変なこと言うから気にするなってか、後でもっと変態な言葉並べてやる。

 あ、机に突っ伏していると、頬っぺた気持ちいい。

 なんかもう、どうでも良いなぁ。



「自分をクロウ殿の弟子にして下さい!!」


 あ、小動物ちゃん、メッチャ焦って止めてら。

 小動物ちゃん、お願いします。思い留まらさせてやって下さい。

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