第3話 適切な距離感

 パーソナルスペースって知ってるかい?


 関係性で人と人の間隔が変わるってことさ。ザックリしすぎだけど。


 大体、抱き合う距離、手を繋ぐ距離、手が触れ合わない距離。


 例外として、聴衆・観衆の距離というものあるんだけど。


 ですからね、この小動物。

 たっぷり10m位離れてるって、ちょっと距離置きすぎでないかい?


「ほら、怖くない。怖くない」

 ズサってプラス2m後ずさったよ、怯えてるだけなんだよね、ね?


「あ、あなた、が近付くと不快なんです」

 ・・・・・・

「ごめんなさい。た、助けてもらって、本当に申し訳ないんですが、き、気持ち悪いんです」



 フフフフ、

 マジ謝りで、気持ち悪いって言われちゃったよ。

 俺、彼女に何かした? 色々考えてたけどさ。

 でも、世の中、考えるだけならオールオーケーじゃん。

『いえす、ろりいた、のうたっち』という名言あるのを知らないの、この子は。


 いいもん、この子1人に嫌われたって。

 世の中には、たくさん女の子がいるも・・・ん・・・。


 そういえば、絶壁姫もお漏らし姫もレベル高かったな。

 イジるのに夢中になり過ぎてしまった、この俺の大馬鹿。


 でも、この子。何で付いてくんの?

 そこまで嫌悪するなら付いて来なけりゃって、この山の中に放り出されちゃ死んじゃうか。

 だったら、俺をもっとヨイショしろよ!! 男って、単純よ。

 ちょっと褒めてくれたら、調子にのって犬になっちゃうよ。


 ふう、どうでも良いか。でもな、そんなに離れてると危ないよ。ここ街道から大分離れてるんだから。

 ほら、小動物の近くの茂みから巨大な獣が現れた。

 お、リカントベアか。うわ、小動物が蛇に睨まれたハムスターになってる。


「よ、っと」

 俺は小動物を抱き抱え、腕を振り上げたリカントベアの眉間に突きを放つ。

 脳天を刀で打ち抜かれたリカントベアは、腕を上げたまま崩れ落ちる。

 ようし、刀には何も付着してない、流石は俺。神速の打ち抜きだね。


「あ、あの。また、助けてもらってありがとう」

 おや、腕の中の小動物ちゃん怯えてないよ。ま、俺の技がすご過ぎるのだろう。

 褒めて、褒めて。

「へ? え〜っと、スゴイワザデスネ」

 なぁんか固いね、この子は。


 しかし、良い匂いだな。ああ、この耳たぶ美味しそう、ちょっとカプッといってみ、

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 だから!! 俺、まだ何もしてないよ!!





(視点変更)


「いやいや、この地の動乱も治り、教皇様もご安心なされておりましたよ」

(身内に尊敬語を使うな、愚か者が)

「何かおっしゃいましたかな?」

「いえ、教皇様にはご心配をお掛け致しましたこと、心からお詫び申し上げます」

 内心、鬱陶しいのが来たと思っているアスセーナは、早く帰れと心の中で唱えながら目の前でクッチャクチャ音を立ててステーキを咀嚼するハゲデブに笑いかける。


「あとは、国王陛下に襲爵を認めてもらうだけですな、アスセーナ姫」

(姫? いちいち、癇に触るブタをいうブタが)

「何かおっしゃいましたかな?」

「いえ、大事なことを確認して復唱しただけです」

 このブタを丸焼きにする命令を出したくて仕方がないアスセーナだが、彼は聖壇教会の中央司教の1人であり、先代から繋がっている王都との太いパイプの一本なので無碍にはできない。

 そして、それを理解しているブタ司教は、たまにユーリリオン領まで来て、贅沢三昧をするので質が悪い。アスセーナの父も、ブタ司教が来る前と帰った後は、盛大に愚痴をこぼしていた。


「しかし、アスセーナ姫も女だてらに領主の地位を望むとは。

 国王陛下も襲爵を渋るかもしれませんよ。しかし、あの方も敬虔な信徒。

 私からもお願いすることは、吝かではないのですがね」

 言外に献金を要求するブタ司教。

 しかし、アスセーナも根回しせずに襲爵が認められないことは想定内であり、献金も初めから行うつもりであった。もちろん、他の方法で、自分を認めさせるように裏で色々と動いてはいたが。

 そのため、中央に出向くのは、まだ早いとアスセーナは考えながら、目を伏せるなるべく目の前のブタ司教を見ないようにしてワインを口に含む。


「一番丸く収まる方法は、ふむ、どうでしょう。

 ユーリリオンはお隣と不仲が続いていますな。

 アスセーナ姫がそちらに嫁ぎ、2つの領地が合併することで、盤石な態勢と無理なく領主の継承が行われるのでは?」

 そうなれば、是非私が祝福をしてさし上げましょうとガハガハ笑うブタ司教に対して、アスセーナは笑っていない目でニコニコして、ブタの冗談を流す。

 そう、ブタ司教はアスセーナが隣領と和解するつもりも、襲爵を諦めるつもりもないことが理解している上で、挑発じみた冗談を飛ばしているのである。

 おそらく、ブタ司教は新しいユーリリオン領主に対して、ブタのくせにマウンティングを行なっているのであろうことは、アスセーナも予想している。


「そうそう、人探しをお願いしたいのだが」

「人探しを、ですか?」

 ウム、と鷹揚に頷いてワインを一息であおるブタ司教。

 味の分からぬ奴に良いワインを供したことを後悔しながら、適当に返事をするアスセーナ。

「共に来たシスターが何処かに逃げてしまいましてな。

 あの炊き出しの時に辱めを受けた娘なのだ。」

 今までなるべくブタ司教を視界に入れようとしなかったアスセーナが、聞き捨てならない台詞に眉を動かす。

「おそらく、目を覚ました時に恐慌で正常な判断ができず、教会を飛び出してしまったのであろう」

 痛ましげに目を伏せるブタ司教。


「わかりました。こちらも手の者を教会に出向かせますので、そちらからその娘の特徴といなくなった時の経緯を説明させて下さい」

 不埒者の被害者の同志として、誠心誠意に捜索を行おうと心に決めるアスセーナだった。





(視点変更)


 衣食足りて、礼節を知る。


 良い言葉だ、これまでの自分を振り返ると本当に恥ずかしい。


 そうなんだ。俺がここまでハッチャケてたのは、腹が減っていただからだ。


 何しろ、城壁内に閉じ込められてしまってから、3日以上食事をしていない。


 これじゃあ、セクハラしても仕方がない。情状酌量の余地が当然ある。


 む、小動物が一瞬で間合いを取った。

 まあ、良い。疲れダチはあっても、あっちの方の回数について、栄養不足の状態では漢の沽券にかかわることである。

「というわけで、不眠症A君、この不味い麦粥おかわりある?」

「礼節を知ったんじゃないんですか!!」

 詰め寄って失礼なツッコミを入れる小動物。


「君こそ、礼節を知りたまへ。ボクハ、キミノ、イ・ノ・チの恩・人なんですよ」

 俺は小動物に対して超上から目線でツッコミを返すと、この子はまさに小動物って感じで小さくなる。とても、面白い。

 む、何やら言い負かされたことが悔しくて、涙目でこちらを上目遣いで睨んで来たぞ。

 しかし、食は必要だが、衣はそんなに必要じゃないかも。

 いや、むしろ不必要だと・・・? おーい、小動物ちゃん。頭でも痛いのかい?


「ハハハ、すんまねえな、こんな物しか用意できねえで」

 領境に集落を見つけ、このあばら家で夫婦で暮らしている不眠症Aを見つけたのは、日が傾いて着た頃。

 俺は強盗に入ろうとしたのだが、この小動物が止めて、この汚い家に一食世話になることになったのだ。

 そして、中にいた人物が俺にびっくり。俺は、向こうがこちらを知ってることにびっくり。

 話を聞いたら、戦の前に俺に会ったと言うのだ。

 まあ、戦の前夜に俺が出会った人間は2人だけで、片方はジジイだったため、消去法で不眠症Aということがこの天才的頭脳で導き出されたのだった。


「ついでに、一泊も良いかい?」

「どこまで図々しいんですか!!」

「寝具なんて上等なもんないけんど、ここで夜露凌いで行きなされ。

 それに、こんなモンもろたんだ。こっちがお礼言いたいくらいさ」

 その通り、俺は小動物と違って、ちゃんと払う物払ってるの。

 さっき仕留めたリカントベアだ。ふふん、小動物こそタダメシだろう。


「血抜きしてる余裕なかったから、肉は多分臭いよ」

 おかわりを受け取りながら、不眠症Aに話しかける。

 そして、奥さんは芋臭い。・・・む。

 殺気を感じて、小動物のツッコミを避ける。俺に当てようなんざ、百年早いわ。


 しばらく小動物をからかいながら食事をしていたが、小動物は食事を食べ終わると真面目な顔をして、スクッと立ち上がった。

「ご馳走様でした、このご恩は忘れません。私は先を急ぎますので、これにて」

 とっさに、早足で出て行こうとする小動物の腕を掴む。

 あのさ、こんな時まで心底イヤそうな顔をしなくても、くすん。

「大事な話がある」

「・・・・・・真面目な顔して、またこの人は」

 おいおい、俺はまだ何にも言ってないぜ。でも、かなり大事なことだから待ってほしい。


「俺、昨日の夜、一晩中騒いで一睡もしていないんだ」

 言うと同時に、俺は意識を手放した。





(視点変更)


「気に食わん」


 やけにゴテゴテと装飾されたフルプレートを着込んだ壮年の男が漏らす。

 ただでさえ重量があるフルプレートに加え、その装飾の重さのために相当の重量になっているはずだが、男は着慣れているのか平然と執務室の椅子に腰掛けている。

 鎧による加重のため、男の座っている鋼鉄製の椅子はギチギチと軋んでいた。


「ユーリリオンの内乱は長引き、彼の地は疲弊する。

 そう言ったのは、貴様らであろう。何故、あの小娘が生きておる」

「アスセーナ姫が亡くなるとは、一言も言ってないですよ」

 軽口に対し鎧男が怒気を向けるが、受けた胡散臭い商人風の男はまるで恐縮する様子が無く。そのこともまた、鎧男の苛立ちとなった。


「あの小娘めに付き合って遊戯するのも飽きた。

 一刻も早くユーリリオンを下し、頭の中にお花畑でもありそうな中央の貴族どもを一掃すべきである」

「ですが、まともに当たるとなると、損害も相当なものでは?」

「ふん、こちらは奴らの倍の領力を持っておる。

 向こうもまともにやれば、我らに蹂躙されることがわかる位の知恵は持っておろう。

 砦の2・3も落とせば降伏するわ」


 呵々大笑する鎧男の言葉に肩をすくめる商人風の男は、頭の中でこの男とユーリリオンがぶつかった時の結果について、シミュレートしていた。

(勝ちはしますが、背後を他の領に突かれますな。

 結果、そちらに掛かり切りになって、にっちもさっちも行かず足止め。

 そのことくらい、この脳筋も考えているはずですがね)


「おい」

「何でしょう?」

 鎧男の呼びかけに、意識を現実に戻す商人風の男。

「この件の失態を埋め合わせろ、何枚かカードを伏せているんだろう?」

(おやおや、人任せですか)

 吹き出しそうになるのを堪えた商人風の男は、気安い雰囲気で鎧男に応える。


「毎度ありがとうございます。

 この斡旋業を生業とするこの私にお任せ下さい。サイプレス卿」

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