第4話 不安と人情

 あ〜、目が覚めちゃったよ。中途覚醒って奴。


 やべえ、不眠症って感染るんだっけ? 感染源は不眠症Aだ、


 そんなわけないか、きっとこの横で寝ている小動物が悪いんだ。


 ほれ、頬っぺたプニプニっと。


 ・・・・・・何だか、オラ、ムラムラしてきたぞ。

 もっと柔らかいとことプニプニしちゃおうかな。

 っと、良いストレートだ。だが、俺の鉄壁のガードは破れないぜ。

「よお、起きたか?」

「・・・・・・何してるんですか」

 いやん、蔑む目はやめて。ちょっと気持ち良くなってくる。




 はい、すんません。


「馬鹿なこと言ってないで、何でこんな夜中に出て行くのよ」


 寝ぼけてるのか? この子。





(視点変更)


「領境にサイプレス領の軍が集結だと?」

 就寝中に起こされ、寝間着姿のままベッドに腰掛けて、アスセーナは間諜の長の報告に耳を傾ける。


「目下、手の者が偵察中です。すでに旅団規模を超えているとのことです」

 数が多すぎるなと、アスセーナはその理由について思案する。

 ユーリリオン領と比較して隣領の一つであるサイプレス領の規模はほぼ2倍であり、自領の防衛も考えれば5,000程度の出兵が精一杯のはずである。

 その程度であれば、守勢に専念して凌ぎきることができ、今までの小競り合いも同様だった。

 しかし、今集結中の兵数はその約2倍、さらに増加しているとのことである。


「セコイアを呼べ」

「某は、廊下にて待機しております」

 こんな時にも律儀な家臣に、苦笑いを浮かべるアスセーナ。

「構わぬ。入ってこい」


「こちらの軍の再編状況は?」

 家臣の目も気にせず、アスセーナは寝間着から戦装束に着替えながらセコイアに問う。

「現在の所、ユーリリオン城から動かせる兵数は、2,000程。

 領境いの2つの砦には、500ずつ詰めております」

「ふむ、おい」

 兵数の差を再確認したアスセーナが間諜の長に顔を向け、彼はこうべを垂れつつ獣耳をピンと立てる。

「は」

「さっさと名前を決めろ、呼びにくくてかなわん。

 お前の判断に任せる。防衛することが無駄な兵力差と思った場合、砦は放棄させてこちらと合流させろ。

 残った砦には、・・・わかってるな」

 命令を承った間諜の長は、暗闇の中に溶けるように消えていった。


「徴兵は無駄でしょうな。兵数の差があり過ぎて戦闘中に士気が維持できず、戦線の崩壊が目に見えるようです」

 自分の考えをよく理解している家臣に満足して、アスセーナの口角が上がる。

 彼女は、最後に手甲の金具を嵌め、顔付きを将のモノへと変えた。


「すぐに軍議だ。謹慎中の奴らも叩き起こせ。

 今から、1テルメル(2時間)以内に集合できぬ者は不要だ。叩き出せ。

 すでに集まっている者から、情報の共有に入る」





「何故、砦の放棄を? まともに打ってでるおつもりですか」

「ふむ、なるほど良い案だ。あちらも我々がこの状況で真っ向勝負するとは思わんだろう。面白い」

 家臣の1人の皮肉に対し、これは思いつかなかったとアスセーナは本気で検討しはじめ、撤退を非難した家臣は渋面を作る。

「面白くございません。アスセーナ様は防衛以外で他に方法があるとでも?」

「それを考えるために集まっておるのだろうが。

 逆に聞くが、頭を引っ込めたアーケロンになれば、この窮地を打開できるのか?

 批判も良いが、対案も出せ。まだ砦からは兵を引いておらん、良い案があるならば間に合うぞ」

 アスセーナの言葉に集まった家臣団は静まり、彼女は面白くないとばかりに鼻を鳴らす。


「敵の規模も問題ですが、その編成も問題ですな。

 その数の正規兵や傭兵団とも考えられない。寄せ集めならば先日のように扇動で切り崩せませんか?」

 アスセーナはセコイアの案について思案し、控えていた間諜の1人に偵察内容の追加を指示する。

「寄せ集めとしても多すぎるな。目に付いた領民全てを徴発したわけでもあるまい。

 確かに、その辺りに付け入ることが可能やもしれぬ」





(視点変更)


 うーん、ヤな感じだ。

 なんて表現したら良いんだ? まるで統率のとれた狼の群のど真ん中にいる感じ?

「ねえ、何でそんなに急いでるのよ。ちょっと、無視しないでよ」

 後方から小動物が小走りで近くまで追いついてくる。

 理由を問いかけられても、嫌な感じとしか言いようがないので回答できないよ。


「あの人達、どうなるの?」

「さあ?」

 息を切らせていた小動物が、絶句して立ち止まる。


 俺と小動物の間に、少し距離が空いた。


「・・・・・・だったら、何で私を助けたの」

 俯いて声を絞り出す小動物。

「見た目が良かったから」

 おう!? いきなり小動物が間を詰めてきて、こちらの真意を問うように俺の目を覗き込んできた。

 そんな理由も何も、単純に可愛い女の子のピンチを救っただけだよ。

 君じゃなかったら、この前の時も助けるつもりなかったよ。


「ひとでなし」

「えー、一宿一飯で命かけろって? 嫌だよ、そんなの」

 顔が近い、顔が。チューしちゃうぞ。

 大体、俺にメリットも何も無いのに、他人に危険を犯せって、どっちが鬼畜やら。

「!?・・・・・・私、私を好きにして良いから!!」

「ヤダよ。命あっての物種だ」

 据え膳を食わないのは勿体無い。だけど何が起こるかわからん状況に釣り合う報酬の価値が自分にあると、この小動物は本当に思ってるのかね。


 小動物が俺の目から視線を地面に移し、3歩だけ退がる。

「私、行けない」

「ああそう、好きにしなよ。

 でも、これからあの集落に降りかかる災難の原因、お前にあるとは限らないんじゃないのか? それとも、別件で恨みをかった心当たりがあ、

 ち、マズった」


 ガサガサと茂みから姿を現わす獣達。一見すると狼に見えるが、体長はリカントベア並み、眼が燃えるように赤く、吐息が高温なので冬の朝のように白い息をしている。

 前3に、後ろ2か。

 失敗した。相手が獣だとは考えていなかったから、警戒が甘かったか。

 ん? ガルムスドッグだと? 何でこいつらが群れを作るんだ。


「おい、もっと近くに寄れ。こいつらが普通じゃない」

 野にいる獣としては食物連鎖のかなり上位にいるガルムスドッグは、基本的に番か単独でテリトリーを作っている。そう考えると、この状況はかなりおかしい。


 そして、今、俺たちの目の前に出てきた2人、何故ガルムスドッグに襲われない?



(視点変更)


「よし、地図通りに集落があったな」

「ああ、ここで本隊の補給ができる。

 そう言うこった。嬢ちゃんは集落に戻って、俺らの歓待の準備でもしてな」

 下卑た笑顔をしながら、男達は青い髪の少女を舐め回すような視線をおくり、女の子は身体を震わせて後退りした。


「はいはーい、俺は?」

 緊張感の無い声に、男達は今まで眼中になかった黒い男、クロウに注目して舌打ちする。

「あん!? 男はこいつらの餌だ」


「あれれ〜、おかしいぞ〜?

 どうしてガルムスドッグをおじさん達が飼い慣らしているのかな?」

 いきなりクロウが惚けた口調で話し出し、2人の男は毒気を抜かれてポカンとしている。


「えっと、どう、したんですか? いきなり」

 クロウの奇行に少し慣れたか、いち早く正気を取り戻した青い少女が彼にツッコミを入れる。

「おかしいな、妙だぞ」

「おかしいのは、あなたのほうですよ!?」

「だって、あのおじさん達。犬さん達を従えているんじゃなくて、犬さん達と同列以下だよ。

 おじさん達の方が、犬さん達の顔色を伺って、ビクビクしているよ」

「わ、わからない!! 何でこんな状況で、そんなにふざけられるの!?」

 幼児退行したような口調で冷静に状況を分析するクロウに、青い少女はついに叫び出してしまう。


「何でふざけてられるかって? それは、幽霊の正体見たり枯れ尾花」

「・・・ゴーストの憑代が枯れた植物って、珍しいですけど、今は関係ないかと」

「珍しくボケたね。そのつもりは、無いだろうけど」

 ジト目の少女に対して、クロウは苦笑いをする。


 一方、男達もいつまでも呆けていたわけではなかったが、ガルムスドッグ達に攻撃するように指示を飛ばしている。

 しかし、ガルムスドッグ達は手を出し兼ねるかのように、遠巻きに標的の周りをウロウロして飛びかかろうとしない。


「所謂だ、不安を感じさせるものの正体がわかったら怖く無いってこと。

 追っ手の人間を警戒している時、妙な気配がしたから過剰に警戒しちまった。」

 痺れを切らせた1匹がクロウに飛びかかる。


 しかし、鯉口に刀が収まる音と共に、襲いかかってきたガルムスドッグは口から腹部に真っ直ぐ切り込みが入った。





(視点変更)


 アスセーナ様に伝達


 敵本陣を残し、全て亜人種の混成。その数は約8割。


 我、偵察を続行する。


 なお、敵斥候が街道を外れ、山林から領内に侵入。


 添付した地図に記した村に向かって移動。


 恐らく、目的は村の占拠。


 この情報から、敵の侵攻経路をある程度絞り込めるとおもわれる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る