やつあたり 2:青い髪の少女

第1話 城門封鎖

 みなさん、身分証明書って持ってますか?


 映像作品のレンタルも、通信用具の使用も、色々な場面で使いますよね。


 あまり実感がないでしょうが、移動にも必要ですよ。


 パスポートやらビザやら。


 そうなんです。移動にも必要なんです。


「はめられたぁ」

 初めに滞在した街は、兵の募集でウェルカム。

 次に、立ち寄った街も同じ気分でご入場。


「閉じ込められたぁ」

 気分は罠に閉じ込められた猪だよ、城門封鎖しやがったよ、あの絶壁姫。

 しかも、指名手配ですよ、・・・やるねぇ、とっつぁん。


 だから、物も買えない、宿にも泊まれない。

 くそう、このイケメンフェイスがここにきてアダとなるとは。



 嘘です、ごめんなさい。

 黒髪、黒目が目立ち過ぎるんです。

 髪は誤魔化せてもカラーコンタクトなんて持ってないです。


 いいんだ、自由に生きるんだ。もう、誰にも縛れないんだ。

 一昨日から、俺はホームレスさ。


 と、いうことで、もうすぐはじまる貧民救済の炊き出しを、ボロ布に包まりながら待ってるってわけよ。

「こんな慈善事業で、俺の印象は払拭できないがな」

 呟く俺は、忌々しげに目の前の教会に視点をあわせた。





(視点変更)


「目立つ風貌に腕も立つ。が、経歴を全くたどれぬとは」

「申し訳ございません、領主様。

 ですが、そやつの調査に付随して入ってきた報告なのですが」


 間諜の長を務める臣下を見ず、アスセーナは報告書を見ながら紅茶を口に含む。

「馬鹿げた話と一笑に付したいが、クロウといかいう不埒者の例があるからな。

 噂話として流さず、よくぞ私の耳に入れてくれた」

 間諜の長は顔を上げた主君の柔らかな気配を受け、かしこまりつつも落ち着かなくなる。

 尻尾がフサフサと横に振れそうになるのを、彼は必死で我慢していた。


「ああ、そうだ。言うのが遅くなったが、お前も正式に私の家臣団に加わることになったぞ」

 戦に勝って、色々とやりやすくなったとアスセーナは報告書から顔を上げ、彼に笑いかける。


 アスセーナの言葉にピンと耳が立ち、頭を上げて彼女の目に視点を合わせる間諜の長。

 自分のような者が主人の顔を真っ向から覗くなんて無礼打ちだな、と頭では考えていたが、目の前の若い主君が嫌いではない彼は、命をかけて諌言を述べる覚悟をする。


「・・・領主様、短慮ですぞ。

 我々は出自も卑しく、真っ当に生きられぬ故、このように這いずりまわっております。

 ユーリリオンとは浅からぬ付き合いとはいえ、我々と貴女様は金銭でのみ繋がれた関係でございます。

 そのような者を家臣にするなど、家名が堕ちますぞ」

「何も真っ当に生きろとは言っておらんよ。

 単に、これまでの働きに報いたいだけだ。前の戦も敵領民兵を内部から扇動してくれただろう。こちらの損害が軽微で助かったよ。

 なに家臣団に加わったとて、やってもらうことはこれまでと同様よ。ただ、お前にもその部下にも遺族年金が支払われることになるぞ。

 それに、そのように言ってくれるそなたが欲しい。他の者に取られたくないのだ」

 初めてアスセーナから感じた艶に、頭ではそう言う意味の言葉では無いとわかっているが、彼は年甲斐もなく赤面してしまうことを恥じる。


 名と姓を考えておくよう言われて、間諜の長は退出した後、感涙して呟く。

「姫様も、花が綻びはじめましたか」





(視点変更)


 うわぁ、集まってきた。うん、詳しい描写はやめよう。

 見せられないよ、が登場しちゃうね。


 炊き出しの内容も、うん想像通りだね。


 背に腹はかえられないとは言え、何か心の清涼剤は無いかなっと。

 お、炊き出しのオバちゃん部隊に混じった少数の若い子部隊。ドン引きを誤魔化そうとした固い笑顔がチャーミングだね。

 どこに並ぶかって、ここに決まってるでしょう。

 若い子の中でも目を惹く、珍しい青い短髪で、なおかつ最も顔が引きつっている君の所だ。

 いやあ、良いですよね。若い子が嫌悪を耐えている様子って、おじさんSだからね興奮しちゃいます。


「ありがとうございます。うわぁ、美味しそうですね」

 順番がまわってきた俺は、目当ての子に声をかけて、寸胴を覗き込む。

 ううわ、これ野菜クズオンリーだよ。いや、野菜クズだけならまだしも果物クズまで入ってるし、リンゴの芯だぜリンゴの芯。

 作ったやつ、自分で絶対味見してないよ。


「あ、あの。でしたら食べなくても」

 おっと、顔に出てたかな未熟、未熟。

 馬鹿野郎、って女の子だけど、そういうわけにはいかない。

 俺は、二杯食べるために昨日の夕方からここに来てたんだ。いや、できれば三杯いきたい。


「ひ、1人一杯までです」

 そんなことわかってるよ、と。けど、理解が行動に反映されるとは限らないけどね。

 ふむ、あらためて見ると可愛いね、まわりの娘さんの中と比べてもレベルが抜けてる。 背丈は、珍しくも俺よりちょい低め、胸は掌にちょうど収まる感じかな。


「あ、あの! は、早く器出して下さい!」

 なんで耳まで赤くなってるのこの子? 俺ってそんなイケメンだっけ?

 いや、戦を駆け抜けた俺に男の色気ってのが湧いて来たか、んなわけないよね。

 しっかし、可愛いわ、小動物みたいで。

 もう少し虐めたくなるよね。そうだ、全裸になろう、そうしたらもっと赤くなって怯え、

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 NO!! まだ、何もしてないよ!!



 女の子の悲鳴が響き渡り、俺はお縄につくことになった。

 お腹減った。留置場でメシ食ってから、脱獄するかね。





(視点変更)


 聞いていて頭が痛くなってきた。

 あの不埒者、2日間も厳戒体制の中で潜伏し、尻尾も掴めなかったのだが。

 よりにもよって、痴漢行為で捕縛されるとは。


「聖壇教会から、引き渡しの陳情がきてますが、これは頭が痛くなる」

「この地の法は私だ、いかに教会でも治外法権は認めるか!!」

 私も女だから、被害者女性の気持ちを慮ることはできる。むしろ、あの不埒者でなくば、絶対に引き渡す。

 ああっ!? お気に入りのカップが、叩きつけられて、無残なことに。

 セコイアが侍女に手拭きと替わりの指示を出している。

 ダメだ、冷静になれ。常に、優雅に余裕を持って、部下に不安を与えるな。


「牢の方は?」

「窓のない地下に収監し、魔術師を三交代制で障壁を張らせています」

「エサは与えるなよ、エサやりの時に何をしでかすか」

 替わりの紅茶を一気飲みして、フンスと息吹を吐く。

 侍女が、毒味がまだ、と狼狽えていたが、そんなもの気にしてられるか。

 ん? セコイア、頭痛でもするのか?


「しばらく弱らせてから、あの不埒者を検分する。貴様も来るか?」

「は、護衛を務めさせていただきます」



 ・・・口では言わんが、次にあの男と馬鹿話を始めたら覚悟しろよ。





(視点変更)


「153番、空腹の歌」

 ・・・・・・・・・・・・・・・

「プ、ププ、プ、プププププププププ、プ、プ、、、プ。

 ツァーン、トゥトゥ、、ツゥ

 いやあ、残念でしたね。


 次、154番、炭火焼肉」



 階下から響く、空腹を訴えるエンドレスな歌声やモノマネの声と自己採点に牢番兼魔術師は気が狂いそうになっている。

 上役からは、超危険人物、人の姿をした野獣、直接の対面は禁止且つ会話をした場合は領主様からの厳罰を覚悟すべし、と言われており、どんな化物かと緊張していた。

 しかし、げっそりした準夜番と交代した時から意味不明な独り芝居が途切れず、真面目に仕事をしている彼も共に詰めている兵たちも疲れて馬鹿らしくなっている。


「・・・地下に劇場でも作ったのですか、あの不埒者は」


 脱力のため近付いて来た人物の気配に気付かず、牢番たちは冷や汗を流しながら姿勢を正す。

 こんな薄暗い場所に来るとは思ってもいなかった人物に、怖気付きながらも牢番は来訪の理由を正した。

「そうね、こんな夜にこんな所までお客様が来るはずがないわ」

「姫様?」


「あなたたちも、わたしも、それで良いでしょう?」


 ニッコリと誰もが見惚れそうな笑顔を浮かべるリィリィ姫。

 しかし、彼女の笑顔に般若を見たような気がした牢番たちは、怖くて階下に向かう姫を制止できなかった。





(視点変更)


「ユーリリオンの内乱がもう鎮圧された」


「ユーリリオンがもう少し存続することになった」


「計算が間違ってたの?」


「新しい変数にユーリリオンが入っているよ?」

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