第2話 ブラックホールとはどんな天体か
『ブラックホールシャドーを求めて』 2
■前口上 2■
本編にぜんぜん関係ない前フリで、
しかもHPにアップしてあることの書き直しだけど、
まずは現在進行中のゲームについて。
『イースVIII Lacrimosa of DANA』★
これはRPGの傑作の一つに数えていいと思う。
美味しいモノは後回しにするタイプなので、
昨年夏の発売から半年も経って、
年が改まってからはじめた。
ネタバレで書いてもいいよね。
さて、ドラクエ以来、
<軌跡シリーズ>や<テイルズオブ><ブレイブリー>、
<メタルマックス><世界樹の迷宮>などなど、
もの凄く面白いシリーズモノのRPGは数あるが、
その中でも<イースシリーズ>は群を抜いて面白い一つだ。
たぶん『イース セルセタの樹海』以来、
5年ぶりぐらいのアドル・クリスティンである。
<イース>とともに、センター試験や卒論や入試を乗り切ろう!
(いまは乗り切った後;笑)。
いま後半第五部の途中だが、
絵はめちゃ綺麗だし、
音楽は場面にあっているし、
ストーリーは文句なく面白いし、
ヒロインも性格がいいし、
バトルもほどよいし、
予想外のイベントが挟まるので、
レベル上げ作業感が皆無だ。
そして、古代と現代を交錯させる仕掛けも効いているし、
古代が最初モノクロでカラーになるなど演出も優れているし、
なんと、さらに予想外に、ダーナが現代へと参入してくるし、
どことっても文句なしのイースだと感じている。
唯一の欠点はといえば、もうすぐ終わりがくることだろう。
2017年3月6日
JF
+++
第二章 ブラックホールとはどんな天体か 2/7
図版URL
http://quasar.cc.osaka-kyoiku.ac.jp/~fukue/POPULAR/kakuyomu/kakuyomu02.htm
ブラックホールとは光でさえ出てこられない天体といいますが、本当のところ、ブラックホールとはどんなモノなのでしょう。この章では、ブラックホールという天体について、もう少し丁寧に説明していきます。なお、ブラックホールの歴史の最初から、“ブラックホール”という言葉が使われていたわけではないですが、いろいろ言い方を変えると混乱するので、ここではブラックホールのままで通します。
ブラックホールという概念のはじまり
ブラックホールが実在の天体として捉えられ、ブラックホール天文学が発展したのは二十世紀後半ですが、すでに十八世紀末には、ブラックホールのような天体が想像されていました。イギリスの天文学者ジョン・ミッチェルやフランスの科学者ピエール・シモン・ド・ラプラスらは、当時のニュートン力学を使って、光では見えない天体のことを想像していたのです。そのためには「脱出速度」という考え方を使います。
図2-1 脱出速度
地球などの天体表面からロケットを打ち上げたとします(図2-1)。打ち上げ速度が小さいと、ロケットはふたたび天体の表面へ落ちてくるでしょうが、十分に大きな速度で打ち上げれば、ロケットは天体の重力を振り切って無限の彼方へ飛び出していくでしょう。天体から無限遠に脱出できる最低限の速度が、その天体の脱出速度です。たとえば、地球の脱出速度は秒速11・2kmで、太陽の脱出速度は秒速618kmになります。
もし天体の半径が同じならば、天体の質量が大きいほど表面での重力が強いので、脱出速度は大きくなります。また天体の質量が同じなら、天体の半径が小さいほど表面での重力が強くなるので、脱出速度は大きくなります。さらに、天体の密度が同じならば、天体の半径が大きくなれば、脱出速度は天体の半径に比例して大きくなります。
そこでミッチェルやラプラスは、天体の密度は同じまま天体を大きくしていくと、その結果、天体の質量も大きくなり、ついには脱出速度が光速を超えてしまうだろうと考えました。具体的には、太陽と同じ密度の天体で、太陽の約四百八十倍大きな天体では、表面での脱出速度が秒速三十万km=光速になることを計算しました。そしてそのような天体からは光でさえ脱出できないので、そのような天体を観測することはできないだろうと予想したのです。
シュバルツシルトのブラックホール
十七世紀の大天才ニュートンと並ぶ二十世紀の大天才がアインシュタインです。ニュートンは、運動の法則と万有引力の法則をまとめあげて、空間内における運動や重力の関係を導き、現代科学の基礎を打ち立てました。一方、アインシュタインは、一九〇五年に提出した「特殊相対論(時空と光の理論)」で時間と空間を時空として統一し、一九一六年に完成させた「一般相対論(時空と重力の理論)」で時空と重力の関係を再構成し、その後の科学を大きく変えました。ちなみに、ニュートンは万有引力の理論以外でも、光学や微積分その他の科学分野を発展させました。アインシュタインも相対論以外に、量子力学や統計力学その他の科学分野を発展させました。大天才と呼ばれる所以です。
ニュートンの科学を使っても、脱出速度という概念を用いてブラックホールのような天体を考えることはできたのですが、アインシュタインが時空と重力の理論である一般相対論を完成させてはじめて、ブラックホールを正しく取り扱えるようになりました。したがってブラックホールは一般相対論の産物といえます。とはいえ、アインシュタインがブラックホールを考えたわけではありません。ブラックホールは、一般相対論の完成直後に、ドイツの物理学者カール・シュバルツシルトが一般相対論の複雑な方程式の解として解き明かしたモノが原点です。
図2-2 アインシュタインとシュバルツシルト
天体のまわりでは空間が曲がっている
さて、アインシュタインの一般相対論では、物体同士に働く重力作用を3次元空間の曲がりとして捉えます。質量をもった天体の周辺では空間が曲がっていて、その曲がりに沿って、運動が起こったり重力作用が働くと考えるのです。
空間が曲がっていると言われても、ふつうの感覚では空間の曲がりを感知できません。地球の周辺では空間の曲がり方が非常に小さいためです。これは日常生活では大地が平らだと感じられるのと一緒です。地球は非常に大きいため、身の回りの生活範囲では地面の曲がりはわかりません(図2-3)。しかし、知ってのとおり、宇宙から見た地球は丸く曲がった球体です。
図2-3 地球(全体)と拡大した大地の画像
地球の表面は2次元の曲面で丸く曲がっているわけですが、質量をもった天体周辺の3次元の空間もある意味で丸く曲がっています。しかし、地球の表面に居たまま地球全体の曲がりが表現するのが難しいように、3次元の空間内部に居て3次元空間の曲がりを表現するのは簡単ではありません。しかし、その曲がりを調べる術はあります。測量するのです。
家を建てたりしているとき、家の向きをきちんと決めたり土地の境界を定めたりするために、測量をしますね。測量をするための道具(測量器)では、距離や角度を測ることができます。異なった3点を取り、各点を“直線”(最短距離の道筋)で結んで三角形を決めるのが、もっとも基本的な測量なので、「三角測量」といいます。地面で3点を取り、三角測量をして、各頂点の角度を測り、内角の和を取ると、一八〇度となります。では三角形をどんどん大きくするとどうなるでしょうか。もし大地がどこまでも平らならば、内角の和は常に一八〇度でしょう。しかし地球の表面は曲がっているので、ある程度大きな三角形になると、内角の和が一八〇度より大きいことが測量結果から判明するでしょう。このとき、各頂点を結ぶ“直線”(最短距離の道筋)は、大円、すなわち地球という球体の中心を通る平面と地表面の交線の一部となります。
こうして、十分に大きな三角形を使って三角測量を行えば、地表に居ながらにして、地球表面の曲がりを測定することができるのです。
図2-4 三角測量、平面での三角形と球面での三角形
同様にして、3次元空間に居ながらにして、空間の曲がりを測定することができます。太陽のまわりの空間の三角測量を考えてみましょう(図2-5)。惑星や惑星探査機を使って、太陽を取り巻く三角形の頂点とします。頂点を結ぶ直線には光(レーザー光線や電波)を使います。すなわち、光は曲がった空間で最短距離の経路である“直線”を辿ると想定します。実際、地表の三角測量や月の距離測定でも、レーザー光線を使ったレーザー測距が使われているので、光を直線代わりに使うのは妥当でしょう。こうして太陽周辺で三角測量を行うと、太陽を取り巻く三角形は、地表で描いた大きな三角形の場合のように、内角の和が一八〇度より少し大きくなるのです。
アインシュタインの一般相対論で想定されているように、太陽という質量をもった天体のまわりでは空間が曲がっているのです。そしてその曲がり方は、一般相対論から予言された値と、99.9999%の精度で合っているのです。
図2-5 太陽のまわりの三角形(曲がりは誇張してあります)
空間の曲がりとブラックホール
空間の曲がりを記述する一般相対論を理論的に説明するのは大変に難しいので、太陽周辺の太陽系空間が実際に曲がっているという“事実”を紹介しました。太陽に比べ地球の質量(重力)は非常に小さいですが、地球周辺での空間の曲がりも現在では測定されています。
図2-6 空間の曲がりが大きくなると三角形もどんどん歪む
質量をもった天体のまわりでは空間が曲がるという“事実”から、ブラックホールまではすぐです。脱出速度のときのように、同じ半径で質量を大きくしたり、同じ質量で半径を小さくしたりしてみましょう。そういう天体のまわりでは空間の曲がりはどんどん大きくなっていくでしょう。光を使って三角形を描くと、その三角形はどんどんいびつなものになっていくでしょう(図2-6)。空間の曲がりが小さいうちは、やや膨らんだ形とはいえ、三角形の形をしているでしょうが、空間の曲がりが大きくなると、三角形の“辺”は外側に大きく膨らんでいくでしょう。先に述べたように、レーザー光線などの光を飛ばして、三角形の“辺”である“直線”を描くのですが、向かいの頂点の方向に光線を発しただけでは、光線は天体の方向に曲げられて向かいの頂点には届かずに天体に落ちてしまいます。わざわざ天体から離れる方向に飛ばして、ようやく頂点に届くわけです。
図2-7 十分に曲がった空間
そして空間の曲がりが極度に大きくなると、どの方向に飛ばしても光線は天体に落ちてしまい、向かいの頂点に届くどころか、天体から外部へ光線を飛ばすこと自体が不可能になることでしょう(図2-7)。
このような、空間の曲がりが極度の大きくなって、光でさえも空間の曲がりに閉じこめられてしまうようになった天体が、一般相対論の予言するブラックホールなのです。
星が重力崩壊してブラックホールになる
ブラックホールの歴史に話を戻しましょう。シュバルツシルトがブラックホールを表す解を導いたころは、ブラックホールという概念はまだあやふやなモノで、実際の天体として実在するかどうかも不明でした。おそらく一般相対論の複雑な方程式の一つの特殊な解として扱われていたのでしょう。実際、同じ一九一六年に、ライスナー=ノルドシュトルム解と呼ばれる、シュバルツシルトが導いたのとは別タイプのブラックホール解が得られましたが、その後二十年以上、ブラックホールの研究はとくにありませんでした。
ブラックホールに関するつぎの大きな進展は一九三九年に起こります。一九二〇年代に星の構造や進化の研究が進み、一九三〇年代は星が進化して最終的にどんな天体になるかが調べられた時期です。そして、アメリカのロバート・オッペンハイマーとハートランド・シュナイダーが、一九三九年に星が死んだときの振る舞いを詳しく調べました。
太陽のような星は、中心部で水素がヘリウムに変換する核融合反応を起こして、その際に発生する熱と光で星の明るさを発生させると同時に、中心部を高温高圧に維持して星全体を支えています(図2-8)。
図2-8 星の内部の構造
中心部(約1割から2割ぐらい)の水素がすべてヘリウムに変わると、中心では水素がヘリウムに変換する核融合反応は起こらなくなり、熱源がなくなります。これが星の死のはじまりです。ヘリウムが炭素や酸素などのもっと重い元素に変換する核融合反応もあり、一時(いっとき)、星の熱源が復活することもありますが、いずれは必ず核融合反応は終わり熱源はなくなります。
太陽のような比較的軽い星の場合は、核融合反応が終わった後も、炭素や酸素などの元素がそのまま集まったまま、白色矮星と呼ばれる星になって残ることができます。中性子星と呼ばれる星が残されることもあります。
しかし質量の大きな星の場合、核融合反応が終わって熱源がなくなると、中心部以外にまだ存在するガスの重さを支えることができなくなり、ガスは自分自身の重力によって引き合い中心に向けて落下します。これを「重力崩壊」と呼んでいます。何やら恐ろしい響きですが。
オッペンハイマーとシュナイダーが調べたのは、このような星の重力崩壊の様子です。彼らは、一般相対論を使って星の重力崩壊を調べたところ、星は無限小の大きさまで重力崩壊し続けることを示したのです。星の質量が一定のまま、星の半径がどんどん小さくなり無限小まで縮んでしまうということは、どこかの段階でブラックホールになってしまうことを意味しています。
こうして、大質量の星が死んで重力崩壊したときに、ブラックホールが形成されることが、理論的“には”示されました。一般相対論のたんなる解の一つではなく、天体現象としてはじめてブラックホールの存在が予言されたのです。
図2-9 星の重力崩壊とブラックホールの形成(説明図検討)
ブラックホール天体はくちょう座X-1の発見
ところが、オッペンハイマーとシュナイダーの研究後、ブラックホールの研究はふたたび停滞期に入ります。それも三十年以上も停滞します。まだブラックホールは理論の予言であり、宇宙に実在するかどうか観測で検証がされていないからです。
もっとも、停滞期にも、理論的な研究は少しずつ進展しました。
たとえば、一九六三年には、ニュージーランドの物理学者ロイ・カーが、新しいブラックホール解を発見し、一九六五年にも新しいブラックホール解が発見されました。後に詳しく述べる、ブラックホール降着円盤という新パラダイムの提唱もありました。
図2-10 ロイ・カーと筆者(2007年)。京都大学で行われた一般講演を聴講しに行ってツーショットをゲットした(笑)。
そして一九七一年、実際の宇宙において、ブラックホール天体、はくちょう座X-1がついに発見されたのです。次章で詳しく紹介しますが、ブラックホール天体の発見によって、ブラックホール天体現象を研究するブラックホール天文学が真に開幕したといえるでしょう。
ブラックホールという言葉の名付け親
図2-11 ジョン・アーチボルト・ホイーラー
ちなみに、ブラックホールという呼び方ですが、この名前も同じ頃に提唱されました。
最初にも触れたように、ことの起こりからブラックホールという名称があったわけではありません。たとえば、オッペンハイマーたちが星の重力崩壊で“ブラックホール”ができることを示した当時は、重力崩壊星などと呼ばれていました。日本語ではもちろん、英語でさえ耳慣れない呼び方です。あるいは、ブラックホールの表面では時間が止まってみえることから、凍結星と呼ばれたこともあります。これもわかりにくいですね。
ブラックホールという平易な呼び方を提案したのは、アメリカの物理学者ジョン・ホイーラーで、一九六七年の十二月に行った講義ではじめて提唱したとされています。
シュバルツシルト・ブラックホールの構造
ブラックホールの概要と歴史を紹介したので、ここからは、ブラックホール時空の性質や特徴をまとめてみましょう。
もっとも単純なブラックホールは、一九一六年にシュバルツシルトが導いたもので、球対称な“形状”をしており、「シュバルツシルト・ブラックホール」と呼ばれています。ここで“形状”と括弧をしたのは、ブラックホールには、地球や太陽のようなはっきりとした形状があるわけではないからです。地球のような固体の表面があるわけではないためです。
ブラックホールは空間が曲がってできた空間構造体なので、光が外部へ出ることができなくなる境界はありますが、空間構造としては周囲の空間と連続したものなのです。
この性質は、いつも、河と滝の比喩で説明しています(図2-12)。河の中を滝に向かって流されている状況を思い浮かべてみてください。河の中に沈んで流されている人にとっては、どの場所でも周囲は水(空間)であって、どこが滝(ブラックホールの境界)かはわからないでしょう。ただし、滝に達する前は、原理的には上流へ向かって泳いで逃げることができるでしょうが、滝を越えた後にはもはや後戻りはできず、滝壺に向かって真っ逆さまに落ち込むのみでしょう。
図2-12 河と滝。鯉の滝登り。。。
と、今回、いつものように河と滝を使って説明しながら、そういえば、鯉の滝登り、っていうのがあるなぁと思いましたが、そこは目を瞑ってください。
さて、シュバルツシルト・ブラックホールについてですが、空間構造は連続しています。ただし、ある球状の境界より内側に入ると、外部へ戻ることができない一方通行の境界面があり、その境界面は「事象の地平面」と呼ばれます。その彼方のできごと(事象)が見えなくなる境界(地平面)という意味です。シュバルツシルト・ブラックホールの場合、この球状の境界の半径は、「シュバルツシルト半径」と呼ばれています。
ブラックホールの境界を通り抜けた後も、周囲の空間の性質は変わりません。ただし、重力や空間の曲がりはますます大きくなり、中心で無限大になるだろうと考えられています。滝壺に相当するブラックホールの中心は、ものごとが無限大になることから、「特異点」と呼ばれています。
では、特異点と事象の地平面の間には何があるのでしょうか。おそらく何もないでしょう。正確に言えば、特異点に向かって落ちていく物質や多少のエネルギーはあるかもしれないですが、構造としては何もありません。シュバルツシルト・ブラックホールは、地球や太陽などよりはるかに単純な、おそらくは宇宙の中でもっとも単純な天体なのです(図2-13)。
図2-13 シュバルツシルト・ブラックホールの構造。書くことがない。
なお、ブラックホール特異点が実際にどのようなものかは、よくわかっていません。一般相対論の数学的な解としては特異点が存在するのですが、現実の宇宙でものごとが無限大になるのは非常に困る事態なので、特異点はないかもしれません。この特異点は研究者の頭痛の種ですが、三途の川(事象の地平面)の彼方にあるものだし、ここでは考えないことにしましょう。
もっとも、特異点に絡んで、よく訊かれる質問に、ブラックホールへ吸い込まれたものはどこに行くのかという問題があります。ブラックホールには出口はないので、ブラックホールにいったん吸い込まれたものは、もうどこへも行きようがありません。おそらくは中心に留まって、ブラックホールの質量を増やしていくのでしょう。
(字数があれば、ホワイトホール、ワームホールに触れる)などとメモがあったが、今回は省略したい。
ブラックホールのさまざまなタイプと構造
一九一六年にシュバルツシルトが導いたシュバルツシルト・ブラックホールは、もっとも単純な構造をしたブラックホールですが、他のタイプのブラックホールもあるので、ちょこっと紹介しておきます。
たとえば、一九一六年にドイツのハンス・ライスナーが導いたブラックホールの解は、電荷を帯びたタイプの解でした。一九一八年にフィンランドのグンナー・ノルドシュトルムが一般化したことから、今日、電荷を帯びたブラックホールを「ライスナー=ノルドシュトルム・ブラックホール」と呼んでいます。
ライスナー=ノルドシュトルム・ブラックホールは、シュバルツシルト・ブラックホールと同様に球状のブラックホールですが、電荷があるために大きさ(事象の地平面の半径)が少し違ったり、その他の性質が多少違ったものになっています。
ただし、実際の宇宙では、まだライスナー=ノルドシュトルム・ブラックホールらしいものは見つかっていません。というのも、かりに、プラスの電荷を帯びたブラックホールができたとしても、すぐにマイナスの電荷を引き寄せて中和してしまい、単純なシュバルツシルト・ブラックホールになってしまうのでしょう。
また、一九六三年にニュージーランドの物理学者ロイ・カーが導いたブラックホールは、自転をしているタイプで、「カー・ブラックホール」と呼ばれます。シュバルツシルト・ブラックホールなどと比べると、カー・ブラックホールはなかなか複雑な構造をしています。まず、ブラックホールの境界面になるべき事象の地平面には、内部地平面と外部地平面とがあり、それ以外にも静止限界と呼ばれる境界面や、その間のエルゴ領域と呼ばれる特殊な空間領域が現れます。さらにものごとが無限大になる特異点は、もはや“点”ではなく“リング状”の特異性として存在します。取り扱いもかなり面倒なものとなります。
ただし、天体は、地球にせよ太陽にせよ、さらにはその他の多くの天体も、多かれ少なかれ回転しているのが普通なので、実際の宇宙で存在するブラックホールも、多かれ少なかれ自転しているだろうと想像されています。
最後に一九六五年、アメリカのエズラ・ニューマンたちが、自転し、かつ電荷を帯びたブラックホールの解を導き、カー・ブラックホールを電荷を帯びた形に一般化したものであることから、「カー=ニューマン・ブラックホール」と呼ばれています。
図2-14 ブラックホールのタイプと構造
ブラックホールの三本の毛
以上、ブラックホールには4つのタイプがあることを紹介しましたが、他のタイプのブラックホールはないのでしょうか。これら以外にも、ブラックホールを表す解は見つかっています。たとえば、空間構造が球状ではなく扁平に歪んだワイル解や、扁平に歪み自転しているトミマツ=サトウ解などもあります。それどころか、いまでは、アインシュタインの複雑な方程式から導かれるブラックホール解は無数に存在することがわかっています。ただし、それらの解は、ブラックホールの外部に特異点が出現するなど、何らかの異常性があるため、自然の世界には存在しないだろうと推測されています。
結局のところ、ブラックホールの性質を左右する特性としては、ブラックホールの質量、ブラックホールが帯びた電荷量、そしてブラックホールの自転の度合いだけに限られるようです。
身の回りにある物体や物質は、物体の形や材質や色や匂いなど、一般に無数の特性をもっています。ブラックホールのもとである星にしても、水素やヘリウムなどの元素の種類と割合や、場所ごとのガスの密度や温度の違い、対流や自転など、多くの特性があります。ところが星が最後に重力崩壊してブラックホールになってしまうと、これらの特性はほとんどすべては失われてしまうようです(図2-15)。
図2-15 毛無し定理/おばQ定理
たとえば、ブラックホールができかける途中で、地表の山脈のように質量分布にいびつな部分ができたとすると、強い重力のために均されてなくなるのです。物体やさまざまな種類の物質元素は、ブラックホール内部では素粒子レベルまで分解されて、もとの物体構造や原子構造は影も形もなくなります。そしてさまざまな素粒子自体も、中心の特異性ではすべてが時空と融合し、おそらくはたんなる質量ないしは純粋な光子(エネルギー)に還るのでしょう。
こうして最終的には、ブラックホールを特徴づける量としては、“質量”と“自転”と“電荷”という性質しか残らないようです。
ブラックホールの属性として、たった3種類しか存在しないことを指して、ブラックホールの名付け親ジョン・ホイーラーは、一九六七年の記念碑的講義で、“ブラックホールには毛がない”と言明しました。ブラックホールになる前には種々の属性(毛)があったのものが、ブラックホールになる過程でどんどん抜けてしまって毛がなくなるという意味です。この言明は「毛なし定理」と呼ばれています。
ただし、質量・自転・電荷という三本の毛は残るので、“毛なし”というのは少し言いすぎですね。そこで、ぼく自身は、何十年も前から、「おばQ定理」と呼んでいますが、あまり定着しないようです(笑)。
シュバルツシルト半径を求めてみよう
地球の半径は約6400km、太陽の半径は約70万kmです。日常の数kmという感覚からはとてつもなく大きな値ですが、それでも数字で出てくると多少の実感は沸くでしょう。いままで、ブラックホールの大きさについて、事象の地平面とかシュバルツシルト半径という言葉は出てきましたが、これだけでは大きさがよくわからないですね。
もし太陽と同じ質量のブラックホールがあったとして、その半径を具体的に計算してみると、たったの3kmになります。太陽の半径のなんと約23万分の1でしかありません。言い換えれば、太陽を約23万分の1に圧縮することができれば、太陽の質量をもったブラックホールができるでしょう。
このブラックホールの半径(大きさ)は、どうしたら計算できるのでしょうか。ブラックホールの半径(シュバルツシルト半径)を求めるには、一般相対論が必要なのでしょうか。たしかに一般相対論を使えば、ブラックホールの半径を正確に導くことはできます。しかし、一般相対論を知らなくても、ニュートン力学を知っていれば、万有引力の法則から脱出速度を表す式を導いて、ブラックホールの半径を見積もることができます。さらにニュートン力学を知らなくても、ブラックホールに関係するいくつかの数値(定数)などを組み合わせるだけでも、ブラックホールの半径を導くことができるのです。
そんなバカなと思われるかもしれないですが、以下では、「次元解析」と呼ばれる強力な手法を使って、ブラックホールの半径を導いてみることにしましょう。もっとも、多少は数式や単位の換算などが出てくるので、数式が面倒な方はこの章の残りは飛ばしていただいて構いません。
図 物理量の次元(身長計、時計、体重計の画像)
光速度と質量と万有引力定数
まず、ブラックホールは光でさえ出てこられない天体なので、ブラックホールの半径には光速が関係していると考えていいでしょう。光速度は、よく知られているように、約30万km/秒で、
光速度=約300000km/s=約300000000m/s=約3×10^8m/s
などと書いてみました(最後の表記は10の肩に乗せた数値で桁数を表す指数表示です。ウエブなので指数表記は難しいため、^で指数の数字を表します。)。
ここで、長さの単位として、kmを使うかmを使うかで、数値の部分は値が変わりますが、kmもmもどちらも長さの単位であり、質量や時間の単位とは別の異なる単位です。そこで、具体的な単位や数値が必要ない場合、長さの単位を含む量を、長さの「次元」をもつ、という言い方をします。ここでいう“次元”とは、3次元空間の次元とは違う意味合いで使っていて、ある種の符丁だと思ってください。
光速度は、長さの次元(長さの英語lengthの頭文字を取って、Lと表します)を時間の次元(時間timeの頭文字から、Tとします)で割った次元をもつ量で、このことを、
[光速度]=L/T=L T^-1
のように表します(T^-1は1/Tの意味です)。[]が括弧中の量の次元を示すという記号です。
…まぁ、次元など使わずに、数値だけ省いて、光速度の単位=km/秒、などと表していってもいいのですが、次元という言い方で一般化することで、アカデミック的には安心できるわけです。
つぎに、ブラックホールには質量があるので、ブラックホールの半径にはブラックホールの質量も関係するでしょう。たとえば、太陽の質量は、
太陽質量=約2×10^10kg
となります(2の後に0が30個続く意味です)。ただし、質量は天体やブラックホールによって異なるので、質量は光速度のような定数ではありません。質量の単位は、通常はkgやgで測ります(貫で測ってもポンドでも構いません)。いずれにせよ、質量の単位は、長さや時間の単位とは異なり、質量の次元(質量massの頭文字から、Mとします)を、
[質量]=M
と表します。
最後の重要な関係量が、万有引力定数というものです。この世に存在する質量をもった物体は、お互いに万有引力で引き寄せ合っていますが、その万有引力の強さを表す定数が万有引力定数です。万有引力定数の具体的な値は、
万有引力定数=6・67×10^-11 m^3/(s^2・kg)
と表されます(10^-11は1/10^11の意味です)。いままで出てきた、長さの次元L、時間の次元T、質量の次元Mを使えば、万有引力定数の次元は、
[万有引力定数]=L^3 T^-2 M^-1
ということになります。これが一番複雑ですが、掛けたり割ったりしているだけだと思ってください。
光速度と質量と万有引力定数の組み合わせ
ではいよいよ、以上の量を組み合わせて、シュバルツシルト半径を求めてみます。
ブラックホールの大きさを表すシュバルツシルト半径は、長さを表す量なので、当然、長さの次元をもつはずです。光速度と質量と万有引力定数を組み合わせて長さの次元をもつものを作ってみましょう。
少し自分でチャレンジしてみてください。
・・・
・・・
・・・
うまい組み合わせは見つかりましたか。
よくわからない場合は、要らない次元を消していくと組み合わせが見つかりやすいです。たとえば、質量の次元は不要なので、万有引力定数と質量を掛け合わせて、
[万有引力定数×質量]=L^3 T^-2
が導けます。ここで混乱しないようにして欲しいですが、左辺の[]内には、ブラックホールの質量としての質量Mは残っていますが、右辺には次元としての質量Mはなくなっています。同じ活字Mを使うので紛らわしいですが、専門論文や書籍では前者はイタリクのM、次元の方は立体のMでフォントを変えます。専門家もそれなりに気を付けてはいるのです。
つぎに時間の次元を消すことを考えると、これを光速度の2乗で割って、
[万有引力定数×質量/光速度^2]=L
が導けます。
この[]内の組み合わせが長さの次元をもつ組み合わせで、また同時に、万有引力定数とブラックホールの質量と光速度から作られる長さの次元をもつ組み合わせは、この組み合わせしかありません。すなわち、
シュバルツシルト半径~万有引力定数×ブラックホールの質量/光速度^2
だろうと強く想定してよいのです。
なお、ここで、~(だいたい等しいという記号)でつないだのは、次元解析によって導かれた量の場合、正確な値とは、数倍違っていることがあるためです。実際のところ、一般相対論から導かれる正しいシュバルツシルト半径は、
シュバルツシルト半径=2×万有引力定数×ブラックホールの質量/光速度^2
となり、2倍だけ違いました。しかし、実験室の測定値と異なり、測定誤差の大きな天体現象では数倍の違いは誤差範囲に入ってしまいますから、桁が求まることが重要なので、次元解析は非常に使える手法なのです。
余力のある人は、このシュバルツシルト半径の式に、万有引力定数と太陽の質量と光速度を入れて、結果が3kmになることを確かめてみてください。
この式で気づいた人もいるかもしれないですが、シュバルツシルト半径(ブラックホールの大きさ)はブラックホールの質量に比例します。このことを覚えておくと、太陽質量のブラックホールのシュバルツシルト半径が3kmであることを知っておくだけで、太陽の10倍の質量のブラックホールは半径30km、太陽の1億倍だと3億kmなどと、他の質量のブラックホールの半径も暗算で出すことができます。
+++
へぇ、レビューコメントやフォロワー、アクセス数PV(page viewははじめて知った)とか、ちゃんとデータが付くんだ。レビューコメントはメールでも届いたけど、嬉し恥ずかしという感じ。非常にわかりやすく使いやすいけど、リアルタイムだけに、案外と厳しいシステムでもある。
第3章も来週明けを目処にアップします。
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