ブラックホールシャドーを求めて

天文楽者JF

第1話 ブラックホールの常識と非常識

『ブラックホールシャドーを求めて』1/7


■前口上 1■


本書は科学書である。


まぁ場違いではある。まことにもって場違いなのだが、

唯一、クリエイティブな内容が共通点かなぁ。

経緯の詳細は後述するとして、状況が状況なので、

最初に勝利条件と敗北条件を挙げておこう。


勝利条件A 1000人程度が読んでくれる

勝利条件B 科学を志す人が出現する

勝利条件C ファンレターが少し来る

敗北条件D まったく反応がない


で、これらの条件が達成されたかどうか、どうやって判定するんだ。。。


さて、本書はもともとは2015年の夏に某出版社から執筆を依頼され、

2016年の1月にはだいたい脱稿して、その後、リライトなどを経て、

2016年の夏の終わりには出版直前まで進んだのだが、

上司の一言でキャンセルになったものである。


ラノベなどでも契約してほったらかされることはあるようだが、

長年文章を書いていると、上司の異動で編集方針が変わったり、

いろいろな理由で出版がなくなることは稀にある。

もちろんこれは立派な契約不履行なので、

法的に訴えれば賠償金は取れるだろうけど、

被った損害が科学書の場合は小さい(印税は数十万ぐらい)ので、

訴訟の労力や時間などがまったくコスパに見合わない。

しかも肝心の文章は公開できなくなるだろう。

読んでもらってナンボの話なので、これでは本末転倒である。

だもんで、大人は大人しく引き下がるわけである。

かつてはHPなどでグチグチと暴露話を書いたりもしたけど、

いまではそれも面倒だし、そんな時間も惜しくなってきた。


もっとも、今回みたいに酷いケースは2度目で、

前回は別の嫁入り先が見つかって出版できた。

それで、今回も何とかなるかなーと薄ら思ってはいたのだが、

この半年ほど多少の婚活をしたものの、なかなかうまくいかない。

ワッケイン司令ではないが、科学書には厳しい時代である。


ということで、どっしよー、HPで公開するかな、

そうそう、いろいろな投稿サイトがあるはずだ。

と調べたところ、小説やコミックの投稿サイトは数あるが、

さすがに科学書などの投稿サイトはない。

そりゃないだろうなぁ。

この「カクヨム」のジャンルにも、もちろん科学書はない。

でも、上位にヒットするサイトだし、ここに投稿することにした。

ジャンルは、とりあえず、“その他”にしようか。

問題は図版が載せられないことだけど、実際、これはやや致命的だ。

うーん、この仕様は仕方ないので、図版だけHPに置いてリンクを貼るか。


という次第で、本邦初!!、ウエブ発の科学書連載と相成りました。


2017年3月2日

JF


+++


目次(予定)


第一章 ブラックホールの常識と非常識

第二章 ブラックホールとはどんな天体か

第三章 ブラックホールは宇宙のどこに居るのか

第四章 光り輝くブラックホールを鑑賞する方法

第五章 ブラックホール風を鑑賞する方法

第六章 薄衣を纏ったブラックホールを鑑賞する方法

第七章 まとめ


+++

第一章 ブラックホールの常識と非常識

図版URL

http://quasar.cc.osaka-kyoiku.ac.jp/~fukue/POPULAR/17kakuyomu/17kakuyomu01.htm


世間一般の常識的なブラックホール


 “ブラックホール”は、“ビッグバン”、“ダークマター”、“アクリーション・ディスク”などと同じく、天文分野の専門用語(科学用語)です。一般の人で、“アクリーション・ディスク”という言葉を聞いたことがある人はほとんどいないでしょうが、“ビッグバン”や“ダークマター”という言葉を耳にしたことがある人は少なくないでしょう。前者の“ビッグバン”は宇宙のはじまりの大爆発を意味する用語で、後者の“ダークマター”は光や電磁波は出さないものの重力作用は及ぼす暗黒物質を意味する言葉です。宇宙の最初の急膨張を意味する“インフレーション”や、空間に潜在する未知のエネルギーである“ダークエネルギー”も耳にしたことはあるかもしれません。しかし、“ビッグバン”などを聞いたことがなくても、“ブラックホール”という言葉を聞いたことがない人はいないと思います。あらゆる専門用語の中で、おそらく“ブラックホール”は世間でもっともよく耳にする用語だと思われます。

 一方、言葉だけが一人歩きしている面もあり、実際のブラックホールがどのような天体かについては、案外と知られていないようです。しばしば「ブラックホールのように・・・」という喩えとして使われている使い方をみても、ブラックホールとはこういうものなのだ、という固定観念が一般常識として確立しているようです。

 ブラックホールとはどういうものなのでしょう。少しイメージを思い浮かべてみてください。


 ・真っ黒なもの?

 ・空間の穴?

 ・何でも吸い込む?


 職業柄、高校生や一般の人に講演する機会がしばしばあり、「最新宇宙論入門」や「最新太陽系像」や「SF天文学入門」などのテーマでも話しますが、やはり一番多いのは、「ブラックホール」の話題です。講演の枕にブラックホールのイメージを尋ねて回ると、数人ぐらい訊いて回るだけで、“真っ黒な穴?”“何でも吸い込む?”など、こちらが欲しい答えが戻ってきます。やはりこれらが、ブラックホールに対する世間一般の常識あるいは固定観念なのでしょう。


非常識なブラックホール


 たしかに、ブラックホールは、この世で一番速い光でさえ吸い込んでしまう黒い穴です。ブラックホールは光を出さないし、光を反射しないので、ブラックホールを見ることはできません。このイメージは間違いではありません。でもそれだけならば、宇宙のそこかしこで見つかっている数多くのブラックホール天体を、ぼくたちは見つけることができなかったでしょう。常識に反して、ブラックホール(の周辺)は光り輝くことがあるのです。ブラックホールが光り輝くからこそ、そのような光り輝いているブラックホールを観測して、電磁波スペクトルの特徴や振る舞いなどから、ブラックホール天体だと認定できるのです。

 <光り輝くブラックホール>

という概念が、ブラックホールの非常識の一つです。本書では光り輝くブラックホールがどのように見えるかについて、詳しく紹介していきたいと考えています。

 またたしかに、ブラックホールは光でも何でも吸い込む時空の穴です。柔らかいモノでも硬いモノでも、固体物質でも液体でもガス状物質でも、選り好みはしません。自分よりも大きな天体でさえ、引き裂きながら貪り食ってしまいます。このイメージも間違いではありません。ただし、この常識的イメージは、ブラックホールの能力を過大評価し過ぎています。ブラックホールが何でも吸い込み放題ならば、宇宙中がブラックホールだらけになってしまっているでしょう。実際はそんなことにはなりません。たとえば、かりに、太陽がいまブラックホールになったとしても、地球が太陽に吸い込まれてしまうことはありません。太陽がブラックホール化しても質量は変わらないので、地球は、ブラックホール化した太陽のまわりを粛々と運行し続けるでしょう(もっとも昼間はなくなるので、たいそう困ったことにはなりますが)。そして何でも吸い込むという常識に反して、ブラックホール(の周辺)から物質が吹き出すことさえあります。それらは多くの場合、二本の高温プラズマガス流として存在し観測され、ブラックホールジェットと呼ばれています。

 <ブラックホールジェット>

あるいは<ブラックホール風>という概念が、ブラックホールの非常識のいま一つなのです。本書ではブラックホールジェット・ブラックホール風についても、簡単に紹介したいと考えています。


ブラックホールが光り輝くしくみ


 ところで、世間一般の常識に反して、ブラックホールが光り輝いたり、ブラックホールジェットが吹き出す理由(しくみ)は何なのでしょう。その理由は本書を読んでもらえばわかります。謎解きは後のお楽しみとしておきましょう。

 …と前フリしておくのが、まぁ、第一章あたりでの常套手段ではあるのですが、そのまま素直に受け取って後の楽しみにしてくれた人もいるでしょうけど、逆に、もやもやした思いが募りイラっとした人もいるのではないでしょうか。ぼくもその口で、謎をお預けされると、早く知りたくて先の方を捲って、どこに書いてあるかわからないと余計にイライラします。

 理由といっても小難しい理屈があるわけではなく、基本的には非常に簡単な話なので、先取りして、ここで概要を説明しておくことにしましょう。

 まずブラックホールが光り輝くしくみについて説明します。

 太陽を含め夜空の星々が光り輝いているのは、いわゆる核融合反応のためです。太陽はほとんど水素ガスからできていますが、中心部ではガスは圧縮されて高温高密度となり、水素の原子核(陽子)が核融合を起こして最終的にヘリウムに変わり、その際に熱や光のエネルギーを発生するものです。と、さらっと書きましたが、核融合反応をきちんと理解するためには量子力学の知識も必要となり、予想外に難しい内容となります。

 ちなみに、話は逸れますが、太陽のような星でエネルギーが発生しているのは中心部(の1割から2割程度の領域)だけです。それより外側ではエネルギー発生は起こらず、中心部で発生した熱と光が運ばれているだけなのです。よく、“真っ赤に燃える太陽”などと言いますが、太陽の表面で燃えているモノはありません。太陽の表面では、中心部から運ばれた熱と光が宇宙空間に放出されているだけなのです。太陽の表面の温度は約六千度ですが、これは太陽の“体温”なのです。体温が摂氏三十六度(絶対温度で約三百度)ぐらいの人間は赤外線を放射しているので、赤外線写真を撮ると白く光って見えますが、太陽は“体温”が六千度もあるために、可視光線で光って見えているのです。

 話を戻すと、太陽が光るしくみと比べ、ブラックホールが光り輝くしくみは、小学生でも理解できるぐらい簡単なもので、講演などでも一枚の図だけで説明します(図1-1)。


図1-1 宇宙の重力発電所


 図1-1にあるように、ブラックホールが光り輝くしくみは、水力発電所で電気を起こすしくみと基本的には同じです。

 水力発電所では、まず(1)河に水を堰き止めるためのダムを造ります。つぎに(2)雨などが降ってダムに水が十分に溜まります。そして(3)ダムの上から下へ水を流して、その際に得られた水流でタービンを回して発電します。エネルギー的な言葉でいえば、水が溜まった際にダムの落差で生じた位置エネルギーを、水を落とすことで水の運動エネルギーに変え、最後は電気エネルギーに変換しているわけです。核融合反応よりははるかに単純でわかりやすいエネルギー発生(変換)のメカニズムでしょう。

 ブラックホールが光り輝くしくみも原理は同じです。ブラックホールは強い重力をもっているので、まず(1)ブラックホールそのものが天然の超重力ダムになっています。つぎに(2)ブラックホール近傍のガスがブラックホールに吸い寄せられてエネルギー発生の原料となります。そして(3)ブラックホールへ落下する際にガスは激しくぶつかり合い、非常に高温となって、ブラックホール周辺でガスが光り輝くのです。やはりエネルギー的な言葉でいえば、ブラックホールの落差で生じた位置エネルギーは、ガスが落下する過程でガスの運動エネルギーや内部エネルギー(熱エネルギー)となり、最後に光エネルギーに変換しているわけです。

 雨が降らないでダムが干上がると発電できなくなるように、まわりからガスが降ってこなければブラックホールも光り輝くことはできません。そのようなブラックホールは、真っ黒で光らない常識的なブラックホールというわけです。


ブラックホールジェットが吹き出すしくみ


 つぎにブラックホールがジェットを噴出するしくみを説明してみましょう。これも一枚の図で説明できます(図1-2)。


図1-2 胃袋は無限だが喉元は有限


 図1-2にあるように、ブラックホールジェットのしくみは、流し台に水を流す状況と似ています。

 流し台に水を流すとき、水道から少しずつ水を流していけば、いくらでも水は下水に流れていくことでしょう。しかし洗い水を流そうとすると、すぐには流れきらず、しばらく水が溜まっているでしょう。その原因は排水口の大きさが小さい(有限な)ためです。さらには、バケツで水を放り込めば、水は流し台から溢れ出したり、跳ね返ってきたりすることでしょう。

 ブラックホールにガスが落下する際にも、類似の現象が起こります。ガスが少しずつ落下する限り、ブラックホールはすべてのガスを吸い込んでしまえます。ブラックホールの胃袋は無限に大きくて、時間さえかければ、何でもいくらでも吸い込めるのは間違いありません。しかし、大量のガスが落ち込んでくると、それらをいっぺんに吸い込むことはできないのです。ブラックホールの表面積、いわば、ブラックホールの喉元の大きさは有限だからです。そして、吸い込みきれなかったガスは、ブラックホール周辺から吹き飛ばされてしまうのです。落ち込んでくるガスはたいていは回転運動をしていて円盤状に落ち込んでくるので、吹き飛ばされるガスは円盤に垂直方向に自然と吹き飛ばされていくことになります。その結果、ブラックホール風やブラックホールジェットが生まれるわけです。

 ブラックホールの非常識について、少しイメージしてもらえたでしょうか。

 以下、2章ではブラックホールについてもう少し詳しい説明をし、3章で実際の宇宙で見つかっているブラックホールを紹介します。そして四章から六章でブラックホールを鑑賞する愉しさについて丁寧に説明していきます。多少難しいところは読み飛ばしてもらえればよいです。


また以下は各章のコラムのネタですが、これはタイトルだけで終わりそうですね。

・先駆者リンデンベル 1章

・ブラックホールなんか、ほんまにあるんか? 3章

・**日がかりの計算 4章1節

・夕刊トップを飾った間違い絵 4章1節

・絵は要らないだろう顛末 4章1節

・シルエットとシャドー 4章2節

・もうみえると言って**十年 4章3節

・SF的展開が先 5章

・論文読むのに!ヶ月Hills 6章

・天体は見た目が10割 6章



次回は一週間以内にはアップする予定です。



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