第2話
旅立ちの郷とは安楽死・尊厳死の施設だった。
近年、介護疲れから、老夫婦の夫殺し妻殺し事件が相次ぎ、社会問題となっていた。それは【未必の故意】として、マスメディアが国の対応を問うていた。予測可能な事態であるのに、国は対策を講じて来なかったと報じたのだ。
高額な費用のかかる介護施設に入所できるのは、経済力のある老人に限られる。介護保険を適用できると言っても、施設の絶対数が不足していれば順番待ちなのだ。コネのある者、施設に高額の寄付をした者が優先され、経済力のない老人達は自宅での老老介護を余儀なくされた。そして老夫婦は互いに疲れ果て、殺して欲しいと望む事態に至る。親と同居しない核家族の定着で、それは予測出来た筈だと社会科学の専門家が語っていた。
為に、安楽死を容認しよう、安楽死を実施する施設を公認しようという法案が国会の場で審議され、可決されたのだ。
この時、生命の尊厳、人生の尊厳を叫ぶ抗議デモが各地で展開された。
社会科学の専門家は、それも予測していた。
「しかし、この問題は、すんなりとは行かないでしょう。人間社会には正否の結論の出ない課題というものが存在します。しかし、連日の、殺人罪に問われる老夫婦の痛ましい事件を止めるには、どこかで割り切り、断行せざるを得ないでしょう」
僕は、そんな事を回想していた。
「姉さん……あれは ? 」
施設の中から白衣姿の女性が玄関に立ち、こちらの様子を窺っている。
「施設の職員かしらね」
その女性が意を決したように、こちらへ近づいて来る。
姉が歩き出したので、僕も動いた。
「あの……原柳さんのご家族でしょうか ? 」
白衣の女性が立ち止まり、声をかけて来た。
「はい。なにか……」姉が応じた。
「良かった。ご家族の居る方の場合は、最終同意書へのサインが要るのです。お見送りもお願いします」
彼女は端的に告げた。
立会いと言わずに、お見送りという言葉を使った。そこに職員の気づかいを感じた。
旅立ちの郷 朝星青大 @asahosi
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