三話
二人はなかなか変わらない交差点の信号を待っていた。この真冬の寒い中だと余計に長く感じられる。
「先輩、ちょっと寄り道していきませんか?」
「いいけど、どこか行きたいところあるのか?」
「いや、特にないんですが歩きたい気分なんです」
「おっけー、さっき食べ過ぎたからな」
「む、それもあります」
同意するように何度か頷く三奈。二人は信号を待つのをやめ、家とは逆の方向へ歩き出した。”それも”というくらいだから何か目的があるのだろう。
宛てもなくしばらく歩き、少し体も温まってきた気がする。一人では散歩なんてなかなかしないので、自分の住んでいる街だがよく見てみると発見がある。こんなところに路地があったんだなとか、隠れ家的な居酒屋を見つけてまた行ってみようかなとか。
人が少なく、シャッターの多い商店街で立ち止まる。
「先輩、本当にいいんですか?」
三奈が背中を向けたまま小さな声で話し出す。これが本題なのだろう。
「なにが?」
「……結婚です、無かったことにしてもらってもいいですよ」
「無かったことになんてしないよ」
「でも……! 両想いどころが片想いでもないんですよ?」
三奈が振り返って目が合う。
「思うんだけどさ、両想ってないならさ、お互いゆっくり好きになっていけばいつか両想いじゃん? 単純でアホみたいな考え方だけどさ」
「なんですかそれ……」
「考え甘すぎかな?」
「そうかもですね、でも……そんな先輩のこと好きになれそうです」
「はは、それはよかった」
日も落ち始め、シャッターを雲の隙間から夕日が照らしてキラキラしている。明るくて、眩しくて、世界を赤で染め上げた。
「日が沈む前に帰りましょう! 先輩!」
三奈が俺の手をつかむ、ちょっとドキッとしてしまう。でも、大人の余裕を見せようだなんて思って、しっかり握り返してみる。小さく、冷たい手だった。二人は手を離さず来た道をゆっくりゆっくり歩いて帰った。
明日は日曜だが三奈は仕事らしく、その日のうちに車で家まで送り届けた。近いうちに荷物をまとめて俺の家に送ると言い出したのが、物も少ないのでまた車で迎えに来ることになった。
月曜、俺は何事もなかったかのように職場にいた。職業普通のプログラマー。
「櫻田~、この案件の見積書作ってほしいんだがいけそう?」
俺の名前を呼びつつ課長が、紙をペラペラしながら近づいてくる。
「そうですね、作るのは問題ないですがいつまでにやればいいですか?」
「んー、水曜の定時までに頼める?」
「わかりました。できたら持っていきますね」
課長に一礼した後、手元のメモに”見積書、水曜まで”と書き加え、やりかけていた作業に戻った。今は、暇ではないが忙しくもない期間であり、個人的には一番やりやすい仕事量である。忙しいと質が落ちてしまうしなにより疲れるが、暇なのも意外としんどい。
ふと、三奈のことを考える。きっと今頃せわしなく動き右往左往しているのだろうか、食事はちゃんととっているのだろうか、まるで親の気分で色々と心配になってきた。昼休憩、メッセージを送ってみるが返事はなかった。きっと今日も疲れきるのだろう。
俺は自宅へと帰り、ごろごろしていると十一時頃携帯が光り、三奈から返事があった。『お疲れ様です~、今やっと終わりました。遅くなってすいません』
やはりなかなか終わるのは遅いようだ、三奈いわく翌朝までなかなか無いことだが普段でも十時から十一時頃終わるらしい。
『いやいや、お疲れさん。飯食ったか?』
『まだですね~今から帰るところです!』
ちょっと悩んだが、思い切って送ってみることにした。
『うち会社から近いだろ? よかったらなんか作るよ』
ちょっと突っ込みすぎかもしれない、そう思い。返信が来るまでの間、部屋の時は止まったままのように感じられた。しかし三奈からの返事はなく、携帯を机に荒く置きベッドに体重を任せた。ちょっと調子乗ってしまったと後悔する。
――とその時インターホンが鳴る。この時間、このタイミングで俺の家を訪ねてくる人が他にいるだろうか? 俺は飛び起き、玄関へと小走りした。これで予想が外れていれば存外恥ずかしいことだろうと思い、控えめにドアを開ける。
「昨日振りですね! こんばんは! 先輩!」
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