二話

俺と三奈は今後どうして行くかを話し続けた。楽しみながら、笑いながら、将来の夢を語る子供のように。コーヒーはとっくに空だけど、そんなことは微塵も気にならない。ついさっきまでの重たい雰囲気はどこかに置いてきた。

ふと、三奈の顔が少し暗くなる。さすがに話しすぎて疲れてしまったのか、そういえば仕事帰りだった。もう少し気配りすればよかったとまた少し反省。

「どうした? 疲れたか?」

「そうですね……あと眠くて、気が緩んだからですかね」

 目をこすりながら眠そうなしぐさを見せる。やっぱり疲れが所々見える。

「悪い悪い、今日はもう帰るか?」

「いや、まだ決まってないこともありますし、もう少し話したいのですが……」

「じゃあちょっと寝たらどうだ? ベッド使っていいぞ」

 ベッドを指差す。よかった最近洗ったところだ、過去の自分を褒めたい。

「ほんとですか、じゃあちょっとお借りします……」

 勢いよくベッドに倒れこみ、もぞもぞと布団にもぐりあっという間に眠りについてしまった。自分の部屋で誰かが自分のベッドで寝ているなんて不思議な気分だ、でも悪い気はしない。俺は空になったマグカップを流し台に運び、あまり物音を立てないように洗い物を済ました。

 色々話し合った結果、決まったことがいくつかある。まずは、近いうちに三奈がこのあまり広くない俺の部屋に引っ越してくるということ。狭いしいいのかと何度も聞いたが、一歩も譲らなかった。他には三奈が今の会社をやめるということ。ただ今のプロジェクトが終わってからにしたいとのことだった。俺からすればできるだけ早く、すぐにでもやめればいいのにと思ったが、辛くても学んだことも多いし、他のプロジェクトメンバーに迷惑もかけたくない、やめるならキリよくやめたいとのことだ。三奈はとても優しく、仲間想いだ。それも今までやめるにやめられなかった原因のひとつなのかもしれないと思った。

 二人で暮らすなんてカップルみたいじゃないかと一瞬考えたが、カップルどころがもうすぐ夫婦なのだ、なんら不思議はない。個人的にはむしろ別に住むほうが違和感を覚えるかもしれない。夫婦間の距離のとり方は人それぞれであるが。

 片づけを済まし、席に戻り。かすかに聞こえる寝息をBGMに携帯を触っていたのだが、俺もいつの間にか眠りについた。


「――先輩!」

「は、はいっ」

 三奈の声で飛び起きる。一瞬どういった状況だったか理解できず、変な声を出してしまう。そうだった、三奈にベッドを貸しているうちに自分も椅子で寝てしまったのだった。

「先輩! おはようございます!」

 覗き込んできた顔は笑っていて、すっかり元気そうな声に少し安心した。

「ベッドありがとうございました! よく寝られました」

「そっか、それはよかった」

 背伸びしつつ、まだ覚めきらない体をほぐす。三奈は元気だなぁ。

「椅子で寝てましたけど体痛くないですか?」

「いや、大丈夫だよ」

「あ、お礼にご飯おごりますよ! どこか行きましょう!」

 ふと、携帯の画面を光らせると十三時を回ったところで世間的にはお昼時を少し過ぎたくらいだろうか、確かにすごくお腹がすいている、思い出せば朝からコーヒーしか飲んでなかった。俺は歩いていける距離の近所のファミレスを提案し、家を出た。

「大丈夫? 俺のジャージ大きくない?」

「大丈夫です! 助かります!」

 信号待ち、外は寒いが天気はいいようだ。割と交通量の多い交差点、この信号はちょっと待ち時間が長い。

 少し歩きファミレスへ到着した。結構全国的にあるチェーン店で、味はそこそこだけど値段が安く、一人でもたまに利用する。時間的にランチの人で賑わいを見せていたが、飯時以外でも学生などが気軽に利用する店だ。

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

「二人です」

一人と答えなかったのは久々な気がした。ここへ来るのは仕事帰りや、何か集中したいときばかりで、誰かと来たことはほとんどなくなんだか不思議な気分になった。

「おタバコは吸われますか?」

「吸わないです……だよな?」

店員さんに回答しつつ三奈のほうを振り返った。嫁がタバコ吸うかわからないなんて変な感じだ。早く色々知って行きたい、そう思った。


「――俺はこれにしようかな。決まったか?」

「うーん……まだです」

 禁煙の席に案内されメニューとにらめっこしていた。俺は決まったのだが三奈はまだ決めかねているようだ。

「ゆっくりでいいぞー、どれで迷ってるんだ?」

「どれというか……候補がまだいっぱいあって……!」

 三奈はペラペラと候補を指差してくれた。ハンバーグに天ぷら、パスタなどなど。食べたい物が多く、意外と優柔不断なようだ。

 女性に体重の話はもちろんしないが大学時代に比べて、少し三奈はやせているように見えた。元から細いほうだった記憶があるが、更にだ。仕事も忙しくちゃんと食べていないのかもしれない。少し心配であり、そこらへんも今後解決していきたい。

「最近、ちゃんと食べてるか?」

「そうですね……たまに栄養ビスケットだけとかもありますかね」

「そっか、じゃあ、今日はさっき指差したやつ全部いこう!」

 我ながら強引だが、しっかり食べて栄養つけてほしかった。三奈は驚いた様子だったが勢いよく店員さんを呼ぶベルを押して、

「ハンバーグ定食と、天ぷら定食と、カルボナーラで!」

 と、食い気味で注文した。迫力に店員さんも少しびっくりした様子で、なんだか申し訳ない。大食いの人か何かと思われてそうだ。


「――いや、無理ですよ!」

 三奈が箸を置き、水を飲み干し、深呼吸してから控えめにそう叫んだ。頑張ったほうだと思うが、まだ半分以上残っているように見えた。そりゃそうだ、大食いでもない女性がこの量を食べられるはずがない。正直、俺でも多分きついだろう。

「よし、じゃあ俺ももらっていいか?」

「もちろんです! できれば残したくはないので!」

 三奈も少しずつ口に運ぶ。俺も最初はペースよく食べていたが、途中から俄然減速し、相当きつくなってきた。でも残りも少なくなってきた。

「何で飯食いに来ただけなのにこんなことなってるんだろな」

「ほんとですよ……って先輩が全部行こうって言うからですよ!」

 笑いながら食べ進めること数十分。

「ごちそうさまでした……」

 なんとか、なんとか食べ終え、二人は机に突っ伏した。食べるのにむしろ体力を使い、時間も結構たっており周りはおやつ時でまた賑わっていたが、このテーブルは静かだ。これは確実に夕飯いらないな、むしろ明日の朝もいらないかもしれないほどだった。

 しばらくの食休みのあと、席を立ちレジへと向かった。意味のわからないほど食べてしまったがなんだか悪い気分ではない。むしろやりきった達成感すら沸いてくる。

「お会計は――」

 俺がポケットから財布を出そうとする仕草を見て、三奈が制止した。

「いや、今日のお礼で私が払いますよ」

「いやいや、なんか乗せて色々頼ませちゃったし、やっぱり俺が払うよ」

「大丈夫です! 払います!」

「先輩に払わせてくれ!」

 なんともおかしな話だ、大人ぶるために子供のような言い合いをするとは。

「じゃあ、仕方ないですね」

「そうだな」

「「割り勘で」」

 見事に二人の口は揃い、結局割り勘で支払い店を後にした。店員さん時間とらせてすいませんでした。また来るので許してください、次も二人で。

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