衰微後輩結婚

apprio

一話

「あ、先輩だ、お久しぶりです」

 凍えながらごみ捨てをする俺に、声をかけてきたのは大学時代の後輩の”鷹野 三奈”(たかの みな)だった。同じサークルに所属し、付き合いがあったが卒業してから特に会ったり連絡をとったりはしていなかった。でもこうやって再会するとしばらく会っていない、あいつらどうしているかな、と懐かしい話にも浸りたくなってくる。

「おぉ、久しぶり。今から仕事か?」

 パジャマ姿でだらしない俺と比べ、朝からスーツを着込みどこかに向かう三奈を見て、何気なく口にした。いや、俺も着るときは着るからね? 今日は土曜日だから休みというだけだ。

「……」

 顔が曇り、目線をそらす。返事はなかなか返ってこない。何かまずいことを聞いてしまったのかもしれないと色々考えてみるが、自分の中ではまったく答えが出ない。


「先輩……私と結婚してくれませんか!」

 そっかー、仕事か。頑張ってるな~……? え? 期待していた答えとはかけ離れている、なんの脈略もない。かといって三奈がふざけているようには見えず、まじめな顔をしてこっちをずっと見ている。なぜ久々に再会した後輩に突然プロポーズされているのかわからず、俺は固まってしまった。

「あっ、ご、ごめんなさい。冗談です」

 手で否定する仕草をしつつ、我に返ったようにあわてて繕うが三奈の顔は暗い。

「……寒いよな? 俺の家そこなんだが、なんか飲んでいくか?」

 話をそらすように自分のマンションを指差し、三奈をお茶に誘ってみる。なにか複雑な事情がありそうだし、ためになれるかはわからないがとりあえず話だけでも聞ければなと思った。

「そうなんですね! じゃあ、少しお邪魔してもいいですか?」

 少し笑顔が戻る。少し作っているようにも見える。


「――狭いし散らかっているけど、どこでも座って」

「ありがとうございます~」

エレベーターがないので三階まで階段であがる、ごみ捨てだけですぐ戻る予定だったので部屋はまだ暖かいままにしてある。

とりあえず、不揃いのマグカップを二つ用意し一つを砂糖、ミルク多目で甘めに、片方を苦めにスティックのホットコーヒーを入れた。お茶請けのような物を探すが、酒と酒のつまみのようなものしかでてこなかった。今度からはクッキーでも常備しておこうかなと少し反省。

「甘いのがいい? 苦めがいい?」

コーヒーを運び、問いかける。三奈はダイニングテーブルの前の椅子に座り、俺の部屋を少し遠慮がちに見渡していた。

「ありがとうございます、じゃあ苦めのほうで」

 俺は左手に持った苦めのコーヒーを渡し、自分も向かいに腰をかけ甘めのコーヒーに口をつけた。誰かを招き入れるのは久しぶりでなんだか少し落ち着かない。一人だと気にならないけどいざとなると部屋の散らかり具合がすごく気になる。近いうちに片づけをしよう。            

 しばらくコーヒーを飲む音だけが小さく響いていたが、俺から口を開く。

「そういえば、どこかへ行くんじゃなかったのか? 大丈夫?」

「いえ、帰宅中だったので大丈夫です」

「帰ってたのか? まだ朝だぞ、体調でも悪いのか?」

 間が空く、暖かい部屋が少し冷めた気がした。コーヒーをテーブルに置き。

「昨日から帰ってなかったので……ちょっと忙しくて」

 心配させまいと、少し笑いながらそう話す。だけどそれが余計に、すごく辛そうに見えた。

「かなり大変そうだな……ちゃんと休んでるか?」

 ほぼ二十四時間仕事していたのだ、俺はとてもできる気がしない。いつも明るく元気だった三奈がこんな顔をするほど衰微しているのだ、それは心底心配になる。

「大丈夫ですよ、今日はもうお休みですし。会社でも仮眠とかは少しとってましたから」

話を聞くために、家に招きいれたのだ。少し聞きづらいが突っ込んだことを聞いてみた。今日再会した俺が言うのもおせっかいかもしれないが。

「言いにくいけどさ、やめたりはしないのか……? 悪く言うんじゃないけどその会社ちょっと変というか、なんというかさ」

 言葉を慎重に選びつつ、はぐらかしつつ問いかけた。

「そうですね……正直言うと、強がってましたけどやっぱ辛いです。最初から少しきついなとは思っていたのですが、続けていって慣れればきっと大丈夫だって言い聞かせてたんです。でもやっぱりダメで。気づいたときには疲弊していて、やめるために動く気力もなくて」

 小さく嗚咽が聞こえる。

「親にも頼れなくて……もっと、もっと私が要領よくできればよかったんですけどね……」

 相槌を打ち続け、三奈の話を聞いた。渡した箱ティッシュを使いきりそうな勢いで三奈は泣いた、喋った。途中、俺も涙が出てきそうになった。誰かが泣くとすごく悲しい。

「すいません、騒いじゃって」

 三奈は溜め込んでいた思いをぶちまけて、少し落ち着いたようだ。ただ目の周りはすごく赤くなっていて、痛々しさが残る

「だから、さっき……結婚しようって?」

 誰かに救いを求めて、きっとそれは誰でもよくて。疲れきったときに出くわした知り合いがただ俺だったのかもしれない。救われるために結婚だなんて、誰かに怒られるかもしれない、いや怒られるだろう。もっと手順を踏んで、出会って。付き合って、愛を育んで最後にゴールしろよって。でも、こういうのもありかもしれないと思う、ものすごく不純な動機でまた誰かに怒られるだろう。俺も男で、一人で、最近ちょっと寂しかった。あと、泣いている三奈を救いたいと思ってしまった。スタートする前にゴールするなんてちょっと不思議だ。色々すっ飛ばした分ここからの道は険しいかもしれない。

「そう……ですね。再会していきなりこんなこと言われても困りますし意味わかんないですよね、すいません」

「いいよ」

三奈が喋り終わるのと同時くらいに俺は短くそう言った。

「え……?」

目を丸くする。今度は三奈が固まる。

「だから、結婚。プロポーズされたからその返事」

「ええっ! ほ、本当に言っている!? 確かに私から言ったけど! でも付き合っていたわけでもないし!」

 突然立ち上がり困惑しまくる三奈、目とか手が泳いでいる。まったく予想していなかった答えに対処しきれない様子だ。敬語忘れているし、まぁいいんだけれども。しばらくして落ち着いたのが再び腰を下ろすが、なぜか何も話さずこっちをじっと見ている。

「――わかりました! しましょう! お願いします!」

 今日一番の笑顔、ではっきりとそう答えた。そうして、久しぶりに再会した二人は晴れて結婚することになった。なんとも不思議な話だ、だけどこれからが本当に本気で楽しみになってきた。

「不束者ですが、よろしくお願いします」

 そう言ってお互い大学時代のように笑う。つられて俺も頭を下げる。


俺、結婚します。

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