第4話:調査と雨
昨日の空模様とは違い、今日は重たい雲が空に集まっていた。
黒い雲は一団となって雨を降らそうと様子をうかがっている。
雲の合間から見え隠れしている青空は今にも食い尽くされてしまいそうだった。
空気も独特な水の匂いをはらんでいる。
アリアとシェイナは午前中だけ仕事をし、午後は農村地帯の方に足を運んでいた。
その目的は勿論野菜や果物の生育異常を調べるためだ。
超自然的力が関わっていれば2人に原因が判るかもしれない。
この時間だと畑に殆ど人は見られず閑散としていた。
周りを山と森に囲まれた場所で、まさにエリケの端に位置すると感じられる。
道路も少し敷石で舗装されている程度でほとんど手付かずのままである。
雑草が点々とあるものの、あまり気にならないのは住民が気を配っているからだろう。
2人で調べて回るより手分けしたほうが効率が良いという話になり、アリアは住民に話を聞きシェイナは周囲を探索してみることになった。
シェイナと別れたアリアは目についた近くの家に行きインターホンを鳴らす。
しかし幾ら待っても誰も出てこない。
人の気配がしなかったのでアリアは「すいませーん」と尋ねてみたら、家の中からではなく外から声が聞こえてきた。
間も無く、納屋でもあるのだろう奥の方から頬のシワが目立つ初老の男性が出てきた。
「はいはい。何でしょうか」
男性はまだ若々しくそれでいて芯のある太い声をしている。
働く過程で自然と付いたであろう身体の筋肉はどっしりとして、まさに大黒柱のようだ。
「最近作物の生育異常が発生していると聞いて見に来たんですけど……」
その時男は訝った表情を見せた。
アリアの黒タイツにデニムスカート、白いトップスの上にチェックのシャツを羽織っているラフな格好から醸し出される、20代の女性らしいお洒落さは作物の生育異常を調べるような人には見えない。
ややもすれば遊び感覚で首を突っ込んでいるようにも受け取れてしまえた。
そんな自分のことを思い出しアリアは慌てて事情を説明する。
「あの、私魔法使いでエリケの市場の方に住んでるんです。そしたら野菜とかの値段が上がってて市場のおじちゃん達も原因がわからないと言っていたので魔法使いとして何か分かることがあるかなと来たんですけど」
魔法使いという単語を聞いた男は驚いた表情を見せたが、すぐに納得したように小さく何度も頷いた。
「ああ、エリケの魔法使いさんか。薬屋とかやっている人ですよね」
「そうです!」
アリアは自分たちのことを知っていたという喜びと話が早そうだという安堵で思わず声が大きくなってしまった。
男は軽く笑いながら話を続ける。
「んー、ウチもね農家やってるんだけど何でか突然育ててたのが死んじゃって。根っこが腐って枯れたり、ただ枯れたり、病気に罹った様子もないからどうしたものかと頭が痛くて」
「やっぱり相当深刻な感じですか」
男はじっとりした足取りでぬれ縁に近づき、どかりと腰を下ろす。
表情だけでなく彼から発せられる雰囲気全てが困惑や不安、怒り、諦めを含むネガティブなものになっていた。
「深刻だよ。本当にこれ以上被害が進んじまったら生活できなくなっちまう」
ため息混じりに言う男の様子を見て、アリアにもその深刻さの度合いが十分理解できた。
「野菜の症状の他に異常や小さな違和感でも何か感じたことはありませんか」
アリアが周りに広がる畑を眺めながら尋ねた。
男は顎に手を当て考え込む。そしてポツリと呟いた。
「そういば、畑の土の感触がちょっと変わっていたような……」
「土の感触?」
土の感触なんていうものがあるのかとアリアは驚いた。
「歩いてた時にちょっと感じただけなんだけど、柔らかいというかスカスカというか……うーん。いや、気のせいかもしれんなあ」
「いえ、そういう小さな気づきでも聞かせてもらえるとありがたいです」
「そうかい。でも私が感じたのはそれくらいかな。あまり力になれそうもないね」
男は申し訳なさそうに言う。アリアはお礼を言ってその場を離れた。
その後アリアは1時間ほど幾つかの農家を訊いて回った。
「変わったこと、ねえ……土が軽くなったかな。鍬で耕す時の感じが柔らかい気がするかなって程だけどね」
「う~ん、わっかんねえな。そうだな、おかしくなっちまってるのが俺らの育ててるものだけっぽいことくらいかな」
「野菜がダメになってるのに周りの草木は異常がないように感じるのは気になってたんだ。まるで俺達だけに嫌がらせでもしてるように思えるよ」
「急すぎて訳が分からんよ。病気にしてもこんな症状知らないしなあ」
誰も明確な原因を知らずに、ただこの異常事態に大して困惑しているばかりであった。
アリアが休憩所で休んでいると向こうの方からシェイナが歩いてくるのが見えた。
彼女はきょろきょろとあたりを見回しながらのんびりと歩いている。その手に何かを握っているようだ。
アリアが暫くぼーっと見てると、シェイナも気づき小走りで近づいてきた。
「お姉ちゃん、こんなの見つけた」
アリアの前まで来たシェイナはその握っていた手を彼女の目の前に差し出して言った。
アリアは浅く座り直して体と顔をシェイナの握られて手に近づける。
広げられたシェイナの掌には小さく干からびた短い紐のような何かがあった。
アリアにはそれが何なのか分からず首を傾げながらシェイナを見上げると彼女は淡々とその正体を明かした。
「干からびたミミズなんだけどさ」
「ほぇっ?!」
アリアは鼻が付きそうな程顔を近づけていたので、思わず奇妙な声を上げて顔を引いてしまった。
シェイナが意地悪な笑みを浮かべているのを睨みつけ、改めて彼女の手を見るとそれは確かにミミズの死骸であった。
「これがどうしたの」
アリアは少し語気を強めてシェイナに訊く。
「畑の上で干からびて死んでたの。それで土も掘ってみたら何匹か干からびて死んでるのがいて」
「干からびて……」
アリアはまだ若干引いている。それをみてシェイナは痺れを切らしたように言う。
「だから変じゃない?暑くもないのに地上にこんなにいるのも、土の中で干からびてるのもさ」
シェイナに説明されてアリアは「ああ、なるほど」と漏らす。
改めてアリアがそれを見てみると水分が抜けきってひび割れ、細く縮まっているものの体の形を保っているため、なんとかミミズであるとわかる程度だった。
「それで考えたんだけどさ」とシェイナはさらに続ける
「このミミズって生命エネルギーを吸い取られてるんじゃないかな」
あまりに突飛なシェイナの発言にアリアは額にシワを寄せた。
「……さすがにこれだけで生命エネルギーが、というのは早計じゃないかな」
生命エネルギーは言葉通り生命の根底に流れる力であり、そこに触れさらに奪い取るということは最上位の高等魔法であり同時に禁忌でもある。
魔法使い以外には知識としては理解できてもその力に干渉することはできない。
しかも生命エネルギーに干渉するには強大な魔力が必要となり痕跡が残るはずだ。
だがこの一帯には魔力の気配や痕跡というものは見当たらなかった。
シェイナはミミズを地面に捨てて、アリアの横に座った。彼女は身体ごとアリアに向けるように座り直して力説を始めた。
「こんなとこでミミズが干からびてるのもそうだけどさ、被害が出てるのって農家さんが育ててる野菜ばかりってのが引っかかってて。森の中も軽く歩いたけど被害は全然見られなかったの。それで畑の周り歩いていて気づいたけど、雑草もこれ手入れされているわけじゃなくて枯れてなくなっているだけなんじゃないかな。だとしたらこの一帯だけ何かに侵されているって考えるのが普通で、こんなことできるの魔法ぐらいじゃないかって思うの」
「だけど魔力の感じはないんでしょ」
シェイナは畑のある方を向く。
「今は魔力の感じはないけど、少し前までここに純粋な魔力が漂っていた可能性はあるよ」
シャイナの言っていることがいまいち解らなかったので、アリアは先を促すようにシェイナの横顔を見ながら待つ。
「闇に属する魔力だと太陽に弱いでしょ。ましてや純粋な魔力は微力な上、量が少なければ太陽光を浴びるだけで浄化されちゃう。水は魔力に対して抵抗が強いものだから影響は受けづらい。逆に植物や生命エネルギーの少ないミミズとかは影響を受けやすい。つまりこの現象は魔法が強く関係している!」
「どうだ!」と言わんばかりのドヤ顔をシェイナはアリアに向ける。
しかしアリアは口に手を当てながら畑の方を向いていた。
うんうんと頷きながらシェイナの説明と現状を照らし合わせて整理しているようだ。そして何かを思いついた表情で言う。
「でも、それじゃあその魔力の発生源はどこなのよ。どこかの魔法使いがわざわざやってきて、ちょっと魔力流して……なんてことやらないだろうし」
「うん、そこなんだよね。もし封印している何かの魔力が漏れているなら、封印している物や場所があるはずなんだけど」
2人の推理は行き詰まってしまった。
その後、また少し周りを見て回ったが目立っておかしなものは見つからなかった。
そうしているうちに灰色の雲が空一面に広がり曇天から冷たい雨がシェイナの頬に触れた。
レースのように重さのない軽い雨粒は様子を伺うように音もなく2人を濡らし始めた。
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