第3話:魔法少女と写真
「トリストラム隊長、昨夜の侵入者について報告に伺いました」
筋肉質な体躯の男が部屋の中央に立ち、目の前に凛として座る女性に向かって発言した。
部屋の右側にガラス戸の棚があり、扉正面に女性には少し大きすぎる机があった。
どちらも碧色を基調として統一されている。
机の上は整頓されたファイルと電話があるだけだ。
トリストラムは左手にチョコレートケーキの乗った皿を、右手にフォークを持って話を聞いていた。
男はそのまま話を続ける。
「昨夜の侵入者もまた例の魔法使いのようです。暗がりであったためにはっきりと確認できませんでしたがその背格好や容姿はほぼ間違いないかと」
トリストラムはふわりと反発するスポンジにフォークを入れる。
艶のあるチョコレートでコーティングされたスポンジはとても軽く口の中で溶けていく。二層に分かれたビターが程よい味のアクセントとして機能する。
「それで」口にケーキを入れながらトリストラムは話始める。「彼女が飽きもせずに来た理由は?」
男はトリストラムのことを気にしないで資料を確認する。
「情報統合室に侵入の痕跡が見られたため、何かを調べに来たかのかと思われます」
「何かって」
「巷で我々が新兵器開発に成功したなどという噂が広まっているため、そのことではないかとと推測されます。新兵器で魔法派を駆逐しようとしている、という根も葉もないデマも流れていますし」
男の報告が続いてもトリストラムはケーキから目線を外さない。
彼女はなるべく薄く切りながら食べ進める。
「確かに新兵器開発は進んでるけど決して成功したなんてレベルじゃないのに。他に何かわかったことは?」
「当の少女、どうもエリケの魔法使いなのではないかという情報が上がっています。まだ調査に向かわせていないので確証はありませんが複数人から証言が上がっていますので調査する価値はあるかと」
トリストラムは変わらないテンポでケーキを口に運び続ける。
ケーキの端に乗っかる濃厚なチョコムースをすくい取り口に含むと、たちまち芳醇なチョコレートの香りと柔らかな甘さが溶け広がった。
「エリケだと相当距離離れているけど、魔法使いなら距離の制約はあまり関係ないか……セルテス、お前自身その証言についてどう思う」
個人的な意見を求められセルテスは少し戸惑った表情を見せたがすぐに真面目な表情に戻る。
「正直なところ情報が曖昧なので確信はもてませんが、可能性は高いと思います」
「なんで」
「エリケには実力のある女性の魔法使いがいたと記憶しています。私が耳にしたのは数年前ですが現在もエリケに在住していてる可能性はあります。それに相当魔法技術に自信がなければ敵陣に自ら乗り込む無謀な真似はしないのではないでしょうか」
トリストラムは最後の一口を食べ、目を閉じてじっくりと味わう。
「私もその話は知っている。しかし最近ではむしろ力が衰えたと聞くよ。それに年齢的にも侵入者はもう少し子供なようだけど」
「その魔法使いは姉妹ですので妹が今回の件に関わっている可能性はないでしょうか」
食べ終えた皿を机に置き初めてトリストラムはセルテスの顔を見る。彼は真顔のまま直立している。
魔力は家系によって受け継がれるというものではない。
魔力の高い家系、夫婦から魔力の低い子供が生まれるということもありその逆もまた然りだ。
姉妹で魔力量に差があることも珍しくない。つまり姉の魔法技能が高いから妹もそうであるとは言えない。
トリストラムはいまいち納得できなかったが彼の話に乗ることにした。
「じゃあその魔法使いに会いに行ってみようか」
トリストラムの提案にセルテスは驚く。
「隊長自ら出向かれるのですか?」
「悪い?」セルテスから目を離さずにほんの僅かに首を傾げてトリストラムが言う。
「いえ、けれどエリケは科学派ではないのでいささか危険ではないですか」
「あそこは過激派でもないし何もしなければ危険は少ないよ」
よく知った風なトリストラムの言葉にセルテスは不思議に思ったものの詮索する必要は感じなかった。
「分かりました。私と隊長、護衛に2人連れていきましょう。それではいつ向かいますか?」
「今日はもう遅いし、明日は午前中会議だから午後かな」
「それでは15時に西門集合で宜しいでしょうか」
「はい。いいですよ」
男は敬礼しキビキビと回れ右をして扉へと歩いて行く。
「あ、ちょっと待って」
トリストラムがセルテスを呼び止め手招きをする。
机の前まで来た彼に、空になった皿を差し出す。
「これお願い」
セルテスは受け取りながらポツリ「太りますよ」と言ったがトリストラムは無視して追い払う。
彼が部屋から出ていくと彼女は引き出しから一枚のファイルを取り出した。
そこには彼女がエリケにいる魔法少女達と一緒に写った写真が挟まっていた。
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