第131話 挨拶本番
「おお……」
僕の目の前には、平屋建ての立派な日本家屋が構えていた。神社の裏側に向かって歩くこと十分ほど。ここがすずの実家だ。しめ縄が飾り付けられた門をくぐると、手入れされた小奇麗な前庭があり、石畳が玄関先まで続いている。
これはなんというか、予想外にすごい家だ。もしかしてすずって、いいところのお嬢様なんじゃ……。いや待て、落ち着くんだ。まだ玄関先じゃないか。こんなところで緊張してたらこの先持たないぞ。たとえお嬢様だとしてもすずはすずだ。他の何者でもないのだから。
「すごく綺麗な庭だね……」
緊張を紛らわせるようにして、すずへと声を掛ける。
「でしょー。お母さんが毎日手入れしてるからねー」
庭を褒められたすずは、自分のことのようにドヤ顔だ。そんなすずを見ていると僕もちょっと落ち着いてきたかもしれない。
「ただいまー」
玄関扉をスライドさせて、すずが先に中へと入る。
「お邪魔します」
続けて中に入ると、広い玄関口があった。土間を上がった先の廊下部分には花が生けてある。あれは造花じゃなくて生花だろうか。
すずに続くようにして家に上がると、家の奥から女性の声がした。
「あらいらっしゃい」
声と共に姿を現したのは、なんとなくすずに似た雰囲気の女の人だった。というかすずそっくりだ。もしかしてお母さんかな?
「あ……、は、初めまして。黒塚誠一郎です。お邪魔してます」
「あなたが誠一郎くんね。初めまして。すずの母の
「あ、いえ」
やっぱりそうだった。すずとは違い、肩までに切りそろえられた髪に、服装は青系統で綺麗にまとめられている。ブルーのロングスカートに薄いブルーのカーディガンを羽織っており、上半身へ行くほど色が薄くなっているようだ。
「あ、お母さん」
隣に並んだすずを見て、親子だなぁと変に感心してしまった。同じ青系統だし、すずの着てる振り袖もお母さんのかもしれない。
「ほら、案内してあげて」
「うん」
「ではまた後程」
「あ、はい」
「誠ちゃん、こっちこっち」
軽く会釈をすると、手招きをするすずの後をついていくのだった。
「久しぶりだね、誠一郎くん」
真っ先に口を開いたのはすずのお父さんだ。以前会った時とは違ってラフな格好に見える。茶系のスラックスに黒いシャツを着ているけれど、ボタンを一つ開けてノーネクタイだ。
「あ、はい。お久しぶりです」
客間の和室へと通された僕は、年始の挨拶を無事終えてすずのご両親と対面していた。『今年もよろしくお願いします』の後、『お前によろしくされる覚えはない』とか言われなくて正直ホッとしている。
この場にいるのは僕の隣にすずと、テーブルの向かいにご両親だ。まだすずのおじいちゃんと弟くんは見かけていない。
「これ、お酒と甘いものがお好きだと聞いたのでどうぞ。皆さんで食べてください」
「ありがとね。みんなでいただくわ」
「ははっ、見違えたね」
手渡したお土産を受け取るすずのお母さんとのやり取りを見ていたお父さんが、嬉しそうに声を掛けてきた。見違えたってどういうことだろう。……スーツのせいなのかな。
「以前は頼りなく見えたが、今日はどうだ」
やっぱりスーツのせいだった。というか頼りなかったのか……。
「何言ってるのあなた。『あのバカ息子を撃退するなんて頼もしい』とか言ってたのは誰でしたっけ?」
「ちょっ! ……そういうことは言わなくていいんだよ!」
「あははは!」
ちょっとだけ凹んでいたけれど、何やら目の前で漫才が始まった。すずは笑っているけれど、なんとなく秋田家の縮図が見えた気がする。初めてすずのお父さんに会った時は威厳があったと思ったけれど……。なんにしても、すごく緊張がほぐれたのは確かだ。
でもちょっとその話は正確じゃな気がする。撃退したのは僕じゃないんだよね……。今ここで口に出しては言わないけれど。
改めて大学合格のお祝いの言葉を頂いたり、僕とすずの話になったりと他愛のない会話が続く。
「その歳でモデルさんなのね」
「誠一郎くんの弾くピアノはわたしも聞かせてもらったよ。素晴らしいじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
あまり日常会話を続けていると、今日の本題がなかなか切り出しづらい。家を訪ねた当初の緊張はほぼ消えていたけれど、今度は別の焦りが生まれてくる。
「すず」
「なあに?」
「そろそろ足が限界じゃないか?」
「う……。そ、そんなことないもん」
否定するけれど、なんとなく顔が引きつっているような気がする。そりゃずっと正座してたら辛いよね……。
「はは。それにしても……、すずは誠一郎くんに決めたんだな」
「……うん」
いきなり今日の本題に入ったみたいで気が引き締まる。ちょっと話の切り替わりが急な気がしたけれど、それは日常茶飯事だ。こんなことで慌てても仕方がない。慣れてしまう原因になった友人たちには感謝だな。
「誠一郎くんも…………、そうなんだな?」
すごく間があったけどなんだろう。どちらにしても僕だってすずに決めたんだ。すずと二人で幸せになるって決めたんだ。
「はい。もちろんです」
しっかりとすずのお父さんを見据えると、決意を込めて力強く宣言する。
「すずと……、結婚して、二人で絶対に幸せになります」
僕の言葉を聞いたすずのお父さんが、両腕を組んで口元をニヤリと歪めると、ふんと笑う。隣にいるお母さんもなんだか嬉しそうだ。
「そうか……。それならいい。……すずを、よろしく頼む」
そう言ったすずのお父さんは、満足そうに頷くのだった。
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