第130話 すずの地元

 大晦日も越えて新年を迎えた。

 珍しく父さんと母さんと三人で、初詣にも出かけた。いつもの友人たちは受験生だからして、きっと忙しいと思って声は掛けていない。


子ども・・・と初詣に行くのも、これが最後だろ』


 と、父さんが零していた。

 まだ未成年とは言え、結婚すれば一家の大黒柱だ。すずをきちんと幸せにしないといけないのだ。そう思っていたんだけれど。


『何言ってんだ。学生は学生らしい生活でもしてろ。学生の間は家賃くらい払ってやる。っつーか俺の家でもあるんだぞ?』


 さっきと矛盾したようなお言葉をいただいてしまった。まぁ確かに、父さんと母さんが帰ってくるとしたらあのマンションしかないよね。


 さて、今日は一月四日。すずの実家へと挨拶に行く日だ。ビシッとスーツを着てみたけれど、母さんにあちこち手直しされたのは秘密だ。ネクタイのつけ方は父さんに教えてもらったけれど、自分でつけると何度もやり直さないと歪んでしまう。

 そして最後に、お酒に甘いものが好きだと言う、すずの両親へのお土産もきちんと持った。


「それにしても……、ようやく着いた……」


 三時間は長かった。朝の七時に出たけれど、もう十時だ。電車の中で寝られるかとも思ったけれど、緊張のためか全然寝られなかった。

 電車を降りた瞬間に寒さに襲われて、コートの襟もとを締める。さすがに地元とは違う寒さが感じられる。


 改札を出たところでキョロキョロとすずを探してみる。確か駅まで迎えに来てくれているはずだ。

 それなりに栄えてはいるのか、駅前にそこそこ大きなロータリーがある。周囲に大きなビルは見当たらず、少し遠くにはなだらかな山々が見て取れる。近くには巨大な樹木が見えるけれど、あれはなんだろうか。心なしか地元よりは空気がおいしい気がするな。


「あ、誠ちゃん! こっちこっち!」


 遠くの山を見ていると、僕を呼ぶ聞きなれた声が耳に届いた。声の方へと視線を向ければ、遠くから手を振ってくるすずを見つけた。だけれども、その姿を見た瞬間に僕の思考が停止してしまう。そんな僕の様子など気づかないすずは、カランコロンと音を立てて僕へと近づき、軽くお辞儀をすると。


「えーっと、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね」


「……」


 挨拶を終えても何も反応しない僕に対して、軽く小首を傾げるすず。お団子に編まれた髪が揺れて、挿されているかんざしについた飾りが太陽光できらめきながら揺れ動く。


 そこには、青をベースにした色とりどりのアジサイが描かれた、振り袖姿のすずがいた。


「……誠ちゃん? どうかな?」


 くるりとその場で一周し、僕に対して感想を求めてくるけれど。


「……おーい?」


「――えっ、あっ、えーっと、明けましておめでとう。……すごいね」


 ようやく再起動した僕は、感動のあまり言葉がすぐに出てこなかった。


「えへへ」


「すごく綺麗だよ。すず」


 うん。とても似合ってる。普段はほんわかとしてちょっと天然かなと思う事のあるすずだけれど、青い着物を着ているとクールに見えてカッコいい。


「ありがとう。二人で初詣に行くって言ったら、着せられたんだよね」


 そういえば神社に初詣に行ってから、すずの実家に行くと聞いていた。だけどまさか、振り袖姿ですずが現れるとは想像もしていない。


「あはは、それはまた急だね」


 うーん、僕はスーツだけれど、袴の方がよかったかな?

 いやいや、振り袖姿のすずとなら袴の方がいいかもしれないけれど、今日はそのために来たんじゃないし、ないものねだりをしてもしょうがない。


「うん。……誠ちゃんもカッコいいよ」


「ありがとう」


「じゃあ行こっか」




 神社は駅から歩いて五分くらいのところにあった。駅から見えていた大きな木は、どうやら御神木みたいだ。しめ縄で飾られている幹は、大人が三人くらいでようやく一周できそうなくらいに太い。


「へぇー、駅の近くにこんなスポットがあるんだ」


 駅から山の方面へ向かったところにその神社はあった。小ぢんまりとした神社だけれど、入口に大きな鳥居があり、まっすぐに参道を行くと奥に本殿が見える。参道にはちらほらとまだ出店がいくつか出ており、その後ろには葉っぱが落ちてしまっている樹木が生えている。もしかすると桜だろうか。


「うん。小さい頃はこの神社でもよく遊んだよ」


「そうなんだ」


 他愛のない話をしながらも、リンゴ飴や金魚すくいなどの出店を眺めつつまっすぐに歩いて行くと、すぐに本殿へと突き当たった。

 お賽銭を投げ入れると、二礼二拍一礼で神様へとお祈りをする。


 ――これからもすずと二人で幸せでいられますように。


 お参りが終わると、すずと二人で手を繋いで元来た道を引き返す。


「誠ちゃんはなんてお祈りしたの?」


 カランコロンと足音を響かせて、すずが尋ねてきた。


「えっ? ……僕は、すずと二人で幸せでいられますように……、かな」


「えへへ。わたしと一緒だ……」


「そうなんだ」


「うん。誠ちゃんと二人で、幸せな家庭を築けますように……、って」


 ――か、家庭っ!?


 すずのお祈りの内容を聞いた瞬間、一気に体温が上がった。家庭って……、つまり僕たちが家族になるってことで……。いやいや、何を慌ててるんだ。むしろこれからすずの両親に、その挨拶に行くんだろう?


「そう……だね」


 返事をしながら自分自身へと気合を入れる僕。自覚がなかったわけじゃないけれど、しっかりしないといけないよね。


「じゃあそろそろ行こっか」


「うん、行こう。すずの家はどっちかな?」


 境内を出て神社の裏側を指さすと。


「あっちに歩いて十分くらいだよ」


 すずの示す方向へと、二人仲良く歩いて行くのだった。

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