第129話 両親の帰省

「ただいま」


 今日は十二月三十日。今年ももうあと二日と迫ってきていた。


「おかえり」


 玄関まで出迎えると、大きなスーツケースを引いて両親が家へと上がってくるところだった。年末は帰ってくるか聞いたところ、今日と言っていたので予定通りではある。


「いやー、遅くなってスマンな」


 うん、確かに遅いね。もしかしたら予定を外して、昨日帰ってくるかもと覚悟していたくらいだけれど。三人揃ってリビングへと移動し、壁に掛けてある時計を見ると、もう夜の七時を過ぎていた。

 すずは今日の昼過ぎに、実家に帰るためにここを出たばかりだ。『誠ちゃんのご両親に会えたらいいね』と言っていたけれど、ちょっと時間が合わなかったようだ。実家まで三時間もかかるし、いつまでも待っていられるわけでもないので仕方がない。


「今日と言いつつ、昨日帰ってくるんじゃないかって予想もしてたんだけれどね」


 肩をすくめて父さんに言ってみたけれど、本当は仕事をしていたのかもしれない。


「ん? ああ、ホントはクリスマス前から休みだったんだけどな。ちょっと観光しすぎちまったらしい」


「あ、そうなんだ……」


 ちょっとでも、『年末なのに大変だな』とか思った自分に脱力してしまう。大きくため息をつきながらソファへと体を沈め、思わず呟いてしまう。


「休みに入ってすぐ帰ってきたのかと思ったけれど……」


「あらあら……、せっかくすずちゃんと二人きりのクリスマスを邪魔しちゃ悪いでしょう?」


「――えっ!? いや、邪魔だなんて……、そんな」


 クリスマスの出来事を思い出して一気に体温が上昇する。あれは……、とても楽しくて幸せなことだったけれど。


「そりゃクリスマスだからな。いろいろあっただろ? んん?」


 ニヤニヤして父さんが尋ねてくるけれど、間違っても両親に言うわけにはいかない。だけれどそのときの光景を思い出してますます顔に熱が集まってくる。


「な……、何も、なくはないけれど……、なんでもなかったよ?」


 まったくもって怪しい回答しかできない。ちょっとこれは何かあったってバレバレじゃないか……?


「ホントか?」


 尚も追及してくる父さんだけれど、これは絶対に何かあったとバレてる気がする。


「はいはい。父さんもその辺にしてあげてくださいね」


「ははっ、まぁ母さんに免じて、深くは追及しないでやるよ」


 そこに母さんの助け舟が入って、僕はホッと胸をなでおろすのだった。




「そういえば、父さんたちはいつまで日本にいるんだっけ?」


 遅めの夕飯を食べ終えた後、そういえば聞いてなかったなと思い父さんに尋ねてみる。


「あーっと……、九日だな」


「ふーん、思ったより長く日本にいるんだ」


 聞くところによると、日本で年始に一仕事をしてイタリアに帰るようだ。それならそれで僕としても都合がいい。


「誠ちゃんはどうするの?」


 相変わらず『誠ちゃん』呼びが抜けない母さんは、もう何度言っても無駄なのかもしれない。


「おお、そうだった。誠一郎、お前すずちゃんにプロポーズしたらしいじゃねーか?」


「――えっ!? なんで知ってるの!?」


 いやいやいや、誰にも言った覚えはないはずだけれど!?

 なんで父さんが知ってるのさ!

 いつも驚かせてくる父さんをぎゃふんと言わせたくて黙ってたのに……!


「わははは! やっぱりそうなんだな!」


 ギリギリと歯を食いしばって父さんを睨みつけていたけれど、僕の視線など意に介した様子もなく笑い出す。その言葉が浸透してくるにつれ、僕はようやく父さんにしてやられたことに気がついた。


「と、父さん! 卑怯だぞ!」


 バシバシと背中を叩く父さんに文句を言うけれど、もちろん効果がないのは僕が一番よくわかっている。


「何言ってんだ。引っかかる方が悪いだろ」


 まったく悪びれもしない様子に大きなため息をついていると、父さんが話を続けてきた。


「で、どうすんだ?」


「えっと……」


 そして居住まいを正して、両親へと改めて報告をした。

 年明け三が日が過ぎてからの一月四日に、すずの実家に挨拶に行くことに決めたこと。すずに予定を確認してもらったら、お父さんから『すぐにでも遊びに来なさい』と言われてこの日になってしまったこと。

 少なくとも、お正月休みが明けてからと思っていた僕は、しばらく声を出せないでいたくらいだ。


「そうか。……まぁ心配すんな。がんばれよ」


「がんばってね、誠ちゃん」


 ニヤリと口元を歪めながら激励してくれる父さんに、緩く微笑んでくれる母さん。何を根拠に心配するなと言えるのかわからないけれど、そんなことで不安が消え去るはずもなく。


「あ、うん。……がんばるよ」


 今ここに来て大きな不安はどうしても消えないのだ。忘れていたわけじゃないけれど、すずのおじいちゃんの存在だ。どういう意図があってかはわからないけれど、僕たちの間に、社長の息子をねじ込んできたおじいちゃんだ。もしかすると、すずのお父さんよりも強敵なのかもしれない。

 なんだかんだ言って、すずのお父さんは僕を認めてくれている節はあるように思う。希望的観測かもしれないけれど、そんな気がするんだ。でもおじいちゃんは、会ったことがないだけに未知数だ。

 だけど……、そんなことで弱気になってちゃダメだ。僕とすずの結婚を認めてもらうんだ。

 これだけは絶対に譲らないぞと、僕は決意を新たにするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る