第132話 挨拶の後
今日の一番のイベントを乗り切った。
一息ついてホッとしているけれど、このあとは秋田家の皆さんと一緒に昼食だ。挨拶の予定を聞いたときに、すずからお昼も一緒にと言われていたので特に慌てたりはしない。ただ、挨拶の場にすずのおじいちゃんがいなかったので、また違った緊張感を持っている。
「このあとおじいちゃんも来るんだよね?」
「う……、うん」
すずの両親は先にリビングへと向かったけれど、足がしびれて動けないすずと僕だけがまだ和室に残っている。
「たぶん……、大丈夫だと思うよ?」
どうしようか考えていた僕に、すずが顔を顰めながら声を掛けてきた。
「そうなの?」
「うん。……なんかね、年末に帰ってきてから、おじいちゃんが静かなの」
「……それって大丈夫なの?」
むしろ健康的に心配になってこないかな?
「あ、うん。帰ってきて初めて会った時、おじいちゃんの背中が小さく見えたと言うか……。でも、ちょっと元気がないように見える……かも」
「そうなんだ……。ちょっと心配だね」
うーん、よくわからない。何があったんだろうか。
「うん……。あ……、そろそろ動けるかも」
「じゃあ行こうか」
「うん」
まだ動きづらそうなすずを支えながら、僕らはリビングへと向かうのだった。
秋田家でのお昼ご飯は終始和やかに終わった。
おじいちゃんと弟の
一方直哉くんは、終始不機嫌そうだった。初めてマンションで見かけた時のような派手な格好ではなく、落ち着いた服装だったのでコワくはなかったけれど。
「ちょっとええかい?」
お昼ご飯を食べたあと、リビングで一服しているとおじいちゃんに声を掛けられた。
お父さんはどこに行ったのかおらず、すずとお母さんは振り袖から普段着に着替えるべく今はここにいない。直哉くんに至っては、お昼ご飯を食べてすぐに『ね、姉ちゃんはお前になんかやらないからな!』と捨て台詞を残して自室へ籠っている。
むしろ初対面からのギャップに唖然としてしまったほどだ。
「あ、はい……」
藍色の袢纏を羽織ったおじいちゃんについていくと、リビングを出て和室の縁側へと腰を下ろす。何を言われるんだろうと緊張しながら、僕もおじいちゃんの隣へと腰を下ろした。
「誠一郎くんには本当に、悪いことをしてしもうた」
「えっ?」
一緒に中庭を眺めていたけれど、予想外の言葉に思わずおじいちゃんの顔を窺ってしまう。だけれどおじいちゃんは中庭を見つめたまま、目を細めるのみだ。
「すずにはちゃあんと、いい人がおったんじゃなぁ」
なんと返せばいいのかわからなくて、僕も中庭へと視線を戻す。
「すずを……、幸せにしてやってくれ」
「……もちろんです」
哀愁を漂わせたおじいちゃんに、僕はしっかりと頷いて応える。
「すずを幸せにするのに……、わしはもう必要ないんじゃよ」
「……えっ? そ、そんなことないですよ……?」
「いやいいんじゃ、わしが一番わかっとる」
いきなりとんでもないことを言い出すおじいちゃんに、ますます僕は何と言っていいかわからない。すずから聞いていたおじいちゃんの印象がまったく違っていたのもあるけれど……。だけれどひとつだけ言えることはある。
「そんなことないですって」
「……うん?」
「すずが言ってましたよ。ちょっとおじいちゃんの元気がなさそうで心配だって……」
「はは、そうかい」
「はい。だからすずの幸せの中には、ちゃんとおじいちゃんもいるんですよ。元気のないおじいちゃんを心配するってことは、すずの幸せの中におじいちゃんも入ってるってことでしょ?」
そう言ってまた隣を振り返ると、目を見開いて僕を見つめるおじいちゃんがいた。心なしか目に涙が溜まっている気がする。僕は気づかないふりをしてまた中庭へとそっと視線を戻した。
「そうか……。そうか。ありがとう……。誠一郎くん」
隣からは涙声になりながら、何度もありがとうと呟くおじいちゃんの声がした。何があったのかは結局わからないままだけれど、これでよかったのかな?
すずもどうやら着替えが終わったようだ。挨拶が終わった後は、僕と二人で一緒に帰る予定なのだ。冬休みも今週で終わって、また学校が始まるからね。
「じゃあ、僕たちはそろそろ帰りますね」
秋田家の玄関にて荷物を持って僕の隣に並ぶすずと、見送りにはご両親が来ていた。
「今日は本当に来てくれてありがとう」
「ええ、本当にありがとう。……おじいちゃんも元気にしてくれて本当に助かったわ」
両親から口をそろえてお礼を言われたけれど、そんなに役に立ったような気はしていない。
「……何かあったの?」
訝しんだすずがたまらずに尋ねると、お父さんが答えてくれた。
すずが帰省する前のことだそうだ。あんまりすずのことを考えずに物を言うおじいちゃんに、直哉くんがブチ切れたらしい。『じいちゃんのやったことで、姉ちゃんが幸せそうに喜んだ顔を見たことがあるか!?』って。
「えええぇぇぇっ!?」
盛大に驚くすずだけれど、僕はなんとなく納得した気分だ。だからおじいちゃんはあんなことを言ってたのか。
「あ……、ちょっと待っててね」
すると忘れ物があったのか、すずのおかあさんが家の奥へと戻っていく。
おじいちゃんになんて言ったのと訴えるような目を向けてくるすずに、『あとでね』と囁いていると、直哉くんが顔を出した。
「あれ、直哉くん?」
見送りに来てくれるとは思わずに意外に思っていると。
「あの……、さっきは……、ゴメン」
おぉぅ。なんだなんだ。今度は僕の知らない間に何があったと言うんだ。同じように僕がすずに疑問の視線を送っていると、ドヤ顔が返ってきた。
「せ、誠一郎さんが……、黒野一秋だったなんて知らなくて……」
「……へっ?」
「が、がんばってください! 応援してます!」
ポカンとしていると、それだけ言い残してまたもや家の中へと去って行った。一体何だったんだ……。
「あはは! ……なんかね、不機嫌そうな顔で部屋で音楽聞いてたからね、『そのピアノ弾いてるの誠ちゃんだよ』って教えてあげたの」
ええ? つまり、直哉くんは僕のピアノのファンだった……ってこと? それはそれでなんだかこそばゆい。
「はい、お待たせ。誠一郎くん、これお土産ね。持って帰ってちょうだい」
なんとなく理由がわかって納得していると、すずのお母さんが紙袋を三つも持って戻ってきた。そしてそのまま僕に押し付けるように手渡してくる。
「いや、あの」
思わず受け取ってしまったけれど、これって僕が持ってきたお土産より多いよね。
「お母さん、ありがとう」
多いですよと言おうと思ったけれど、すずの言葉のほうが早かった。あー、うん、これは素直にもらっておくしかないやつかな。
「すみません、ありがとうございます」
「ふふ、何言ってるの。これから身内になるんですもの、遠慮はいらないわよ」
お母さんにそう言われるとちょっと恥ずかしい。……だけれど確かにその通りかもしれない。
「それじゃ、すずをよろしくね」
「気をつけてな」
「はい」
「じゃあまた」
「今日はありがとうございました」
そうして、僕たち二人はすずの生まれ故郷を後にするのだった。
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