第120話 謝罪
「今回のことは本当に申し訳なかった」
玄関先で自己紹介だけをしたあと、すずに促されてリビングへとやってきた。お茶を入れ、リビングテーブルのソファへとみんなが座る。僕とお父さんはもちろん向かい合っているけれど、すずの座った位置は僕の隣だ。
そして三人がソファへと腰を沈めた直後の、すずのお父さんの第一声がこれだった。
「……えっ?」
わけがわからずにすずへと視線を向けるけれど、すず自身も困惑の表情だ。僕たちの戸惑いに苦笑をしながらも、お父さんは真相を語ってくれた。
「うちの息子が迷惑をかけて申し訳ないと、社長からの言葉を伝えたくてね。今回の誠一郎くんと話をする機会を設けさせてもらったんだよ」
「あ……、そうなんですね」
ということは、今回の訪問は三井関係だったということなのかな。それなら尚更、すずに事前に伝えてもらってもよかったのにと思わなくもない。
「本当は社長自身か、もしくは息子本人が謝罪に来れればよかったんだろうけど……。少なくとも息子本人には会いたくないんじゃないかと思ってね」
うん。それは本当にそうだ。三井本人には会いたくない。半日も一緒にいなかったけれど、素直に反省する像が思い浮かばないんだからしょうがない。厭味ったらしく形だけの謝罪をされても不快なだけだし。
「それに……」
言葉を区切り、テーブルに置かれたお茶へと手を伸ばして間を作るすずのお父さん。釣られて僕もお茶へと手を伸ばして一口だけ飲む。
「娘が世話になってる人物にも興味があったからだがね」
「――っ!?」
お茶をテーブルへと戻した直後、お父さんが鋭い視線で僕に切り込んできた。思わず吹き出しそうになったが、辛うじて耐えた。ちらりとすずへと視線を向けると、恥ずかしそうに頬を赤くして俯いている。
三井の話だけかと思ってちょっと油断した!
だけれどそうだよね! 娘の彼氏に興味がないお父さんなんて、いないはずないよね!
「あ、はい。すず……さんとは、お付き合いをさせていただいています」
こういう時ってなんて言えばいいのかな? 咄嗟にすずを呼び捨てにしないようにはしたけれど……。ああぁぁ、お付き合いの前に『健全な』ってつけたほうがよかった? へ、変な風に取られてないよね……?
「ははっ、そう硬くならなくてもいいさ。むしろ誠一郎くんには感謝してるくらいだ」
ええっと、どういうこと? 感謝されるようなことはした覚えはないんだけれど。
「そうなの……?」
すずもどうやら僕と同じ意見らしい。
「まぁ君たちには直接は関係ないんだけどね……」
前置きを一つして話してくれたのは、すずのお父さんが務める会社の事情だった。
以前から僕の父さんの会社と業務提携をする話が進められていたそうだ。そこで起こったのが今回の騒動だ。すずのお父さんは直接、業務提携の話に関わっていたわけではないけれど、無関係ではいられなくなったとのこと。むしろ社長に今回の騒動の解決を依頼されたとか。
「私情を挟むのはよくはないと思うが、すずと誠一郎くんに関しては、
お父さんがやけに会社を強調してくるけれど、なんとなく事情はわかった気がする。きっとあちこちへと手を回してくれたんだろう。少なくとも会社としては、社長さんの息子よりも、僕の父さんの会社との業務提携を取ったわけだ。確かにそんなところに私情を挟まれても困るよね。
「あ、ありがとうございます」
「うむ。……そこで、だ」
鷹揚に頷くと、またもや間を空けてお茶に口を付けるお父さん。今度は釣られたりしない。何を言われるのか両手を握り締めて待ち構える。
「誠一郎くんは……、すずのことをどう思ってるのかね?」
「……はい?」
「ちょっ、ちょっと、お父さん!?」
一瞬何を聞かれたのか分からずに疑問の声が出てしまったけれど、すずの慌てた声にかき消される。すずは立ち上がって抗議をするけれど、お父さんは全く取り合おうとはしない。
「すずは黙っていなさい。私は誠一郎くんに聞いているんだ」
「いや……、えっと……」
「んん? どうなんだね?」
何も見逃さないぞとこちらを確かめるような視線に、思わず目を逸らしてすずの方を見上げる。渋々といった感じでソファへと座りなおすすずを見て、僕もお父さんへとしっかりと顔を向けた。
「すずは……、とてもかわいいですし、料理も上手で――」
「そういうことが聞きたいんじゃない。……すずがかわいいのは当たり前だし料理も上手なのは知っている」
「えっ?」
どういうこと? 後半はよく聞こえなかったけれど、こういう場合の聞きたいことって……。すずへともう一度視線を向けるが、俯いて顔を真っ赤にしているだけである。
そこでふと頭をよぎったのは、父さんに送り付けられたあの書類だ。思い出した瞬間に僕の体温も急上昇だ。ちょっと……、なんで今そういうことを思い出すかな!? つまりすずのお父さんが聞きたいこともそういうことなの!?
「いや……、あの……、すずとはもちろん」
「もちろん?」
「けけ……、結婚を前提にお付き合いを」
お父さんの言葉に気圧されるようにして思わず言葉が漏れてくる。えーっと、僕は一体何を言ってるんだ。なんだか目の前がぐるぐるしてきたような気がするぞ。ちゃんとソファに座れているのかな? というか僕は一体何をしゃべっているんだろう?
「よろしい。挨拶はいつ来るんだね?」
「お父さん!」
すずの叫び声でハッと我に返る。きょろきょろと辺りを見回すけれど、今まで見ていた風景とさほど変わりはない。ただ、すずがまたもや立ち上がり、真っ赤な顔で鼻息荒く興奮しているだけだ。
「おっと……、これはすまない。どうやら急かしてしまったようだね」
居住まいを正してお茶を一口啜るお父さん。僕も口の中が完全に乾いてしまっている。テーブルの上の湯飲みへと手を伸ばすと、残りのお茶を一気に飲み干した。
「まぁ、なんだ。……これからもよろしく頼むよ」
視線を真正面へと戻すと、すずに窘められたお父さんがバツが悪そうにそう呟くのだった。
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