第119話 試験が終わって

「お……、終わった……」


 今日は十一月二十三日の祝日。公募推薦の試験日である。

 試験は数学と小論文のみのため、午前中ですべての工程が終わった。そして今は試験が終わっての帰宅中だ。

 燃え尽きた感はあるけれど、それなりに……、そこそこ……、まぁまぁできたような気がしないでもない。


 スマホが着信のお知らせを強調してきたので確認してみると、すずからの返信が入っていた。試験が終わったから帰るねとラインを入れていたことに気付いてくれたようだ。


『お疲れ様! 試験はどうだった?』


 内容を確認して思わず苦笑が漏れる。

 当たり前に聞かれることではあるけれど、今自分で考えていたことと一致したからだ。そこまで自信を持ってできたと言えるわけでもないのもあるけれど。


 思い返してみるけれど、数学の最後の問題はよくわからなかった。

 とりあえず思いつく限りの数式は書いたけれど……。正解まではいかなくとも、ある程度の点数がもらえれば御の字かもしれない。

 反省点はいくらでも出てくるけれど、今日の問題点は数学じゃない。

 なんなんだよ、あの小論文のお題は!


「はぁ……」


 ため息をつきながら電車を降りて改札へ向かう。気がつけばもう最寄り駅だ。

 IC定期券を自動改札機へとかざして外に出る。


「誠ちゃん! おかえりなさい!」


「えっ? すず?」


 改札口の前ですずが待ってくれていた。


「あ……、ただいま」


 試験が終わったから帰るとはラインで送っていたけれど、何時の電車に乗るかまでは連絡していない。


「ずっと待っててくれたの?」


「ううん。だいたい何時に出ればいつ帰ってくるかは分かってるからね」


 すずはそう言うけれど、僕が連絡するタイミングまではわからないはずだ。そこまでして待っていてくれたことは素直に嬉しい。


「そっか。ありがと」


「えへへ」


 すずのはにかんだ笑顔を見て、何も根拠はないけれど大丈夫なんじゃないかという気分になってきた。……試験はうまくいったかどうかよくわからなかったし、単に弱気になっていただけかもしれない。

 そんな僕を気遣ってくれたかどうかはわからない。だけどそこに自然とすずが手を差し出してくれたので、そっと握って自宅への道を歩き始めた。


「試験はどうだった……?」


 歩き始めてすぐに、すずが恐る恐るといった様子で僕を覗き込むように尋ねてきた。結局ラインには返信できずにここまで来てしまったのだ。


「あー、うん……、数学はね……。まぁまぁできたと思うんだけど……」


 なんとも歯切れが悪くなってしまうけれども許してほしい。


「小論文?」


「そうなんだよ。……ちょっと聞いてよすず!」


 この際だ、すずに全部聞いてもらおう。ホントになんて問題を出してくれたんだ。

 手を繋いでいない反対側の拳を握り締める。


「え、ええっ?」


 僕の勢いにすずも押され気味だ。


「『目の前に採れたばかりのとうもろこしがあります。その形状を文章だけで表現してください』とかいうお題だったんだよ!」


「な、なにそれ!?」


 もう終わったことにはくよくよしない。だけどこのお題にだけは一言モノ申したい。

 ひとしきりすずに愚痴をこぼしていると、あっという間にマンションにたどり着いた。合格発表は九日後だ。




 試験のあった週の土曜日のお昼過ぎ。今日はすずのお父さんが訪ねてくる日だ。

 すずのお父さんからは試験が終わったその日に連絡がきた。本当に早く会って話がしたかったようで、お父さんが休日となる最速の日になってしまった。

 というわけで、さっきからリビングをうろうろしているけれど落ち着かない。


『用があるのはお父さんなんだから、誠ちゃんは家で待ってて』


 と言って、すずはお父さんを駅まで迎えに行ったのだ。本当は僕も迎えに行った方がよかったんじゃないかと、今更になって後悔が押し寄せてきている。しかしまぁ、今更もう遅いのだ。今から追いかけるわけにもいかないし。ひとまずはすずのお父さんを迎える準備をしなければ……。


 リビングは片付けてあるし、玄関にスリッパは二足分置いたし……。あぁ、もうやることなかったんだっけ。


 ピンポーン


「――きたっ!」


 来客を告げる玄関のベルに、リビングを勢いよく駆け抜けて玄関へと向かう。扉を開けるとそこに佇んでいたのは、言わずもがなのすずと、温和な表情をしたふくよかな男性だった。

 濃いグレーのスラックスに明るめのチェスターコートを羽織った出で立ちだ。温和な表情だけれど、そこからにじみ出る威圧感は半端ない。……いや、彼女の父親との対面ということで、僕がただ尻込みしているだけなのかもしれないけれど。


「ただいま!」


 そこに響いたすずの第一声で、男性の表情がピクリと動く。……いや、動いたような気がした。


「お、おかえり……」


 いらっしゃいと言うつもりがいきなり予定が狂ってしまった。なんとか言葉をひねり出すけれど、うまくこの続きが出てこない。口の中も乾ききっていて、さらに言葉が出てこない要因を手助けしているようだ。

 もちろんここは僕の家であるわけで、本来はすずが『ただいま』というのはおかしいんだけれど……。


「初めまして。すずの父親の秋田あきたたけるです。キミが……、黒塚誠一郎くんかな?」


 僕の名前を発すると同時に細められた目に射抜かれて、呼吸が一瞬止まったような気がした。

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