第118話 お話があります
もうあとは二十三日の推薦入試まで、特にこれといったイベントはない。
なので僕は黙々と勉強に励むのみだ。
入試まであと一週間といったところまで来てしまっているけれど、まったくもって十分に勉強できた気がしていない。
落ちた時のことを考えて、入試科目以外にも手を付けようかと思っていたけれど、あと一週間となった今となってはそんな気も起きない。
「あーうー」
と言った心境なので、思わず意味不明な唸り声が漏れてしまう。
「どうしたの?」
ダイニングテーブルに突っ伏していると、キッチンで夕飯後の洗い物をしていたすずに心配された。
僕自身もちょっと態度に出し過ぎたかと反省だ。
「うーん……、試験まであと一週間なのに、全然はかどってる気がしなくて……」
後頭部を掻きながら白状するけれど、まったくもっていい案は浮かばない。こればっかりはすずに手伝ってもらうわけにもいかないし。
「そうなんだ……」
洗い物を終わらせてひと段落したすずが、ぱたぱたとスリッパの音を立てながらリビングへとやってくる。そしてダイニングテーブルの向かい側へと腰かけると。
「大丈夫だよ、誠ちゃん」
そう言って、僕の両手を握り締めると、とびっきりの笑顔を僕に向けてくれる。
「そうかな」
「うん。だって誠ちゃんはわたしのために頑張ってくれてるんだもん。失敗するはずないじゃない」
「えーっと……、うん。そうだね……。ありがとう」
臆面もなく言ってくるすずに、僕の方が恥ずかしくなる。
それに今回受けるのは公募推薦だ。これで失敗したからと言って、もう終わりってわけじゃない。まだ一般受験があるんだから。
テーブルに視線をさまよわせていると、僕の両手からすずの手が離れて行った。ふと視線を上げると、すずがスマホを手に首を傾げている。
「お父さん?」
「……電話?」
「うん。そうみたい……。もしもし?」
お父さんから電話というのも珍しいような気がする。……何かあったのかな。
「うん。元気だよ。……うん。……えっ?」
驚いた顔ですずが僕を見つめるけれど、何だろう。
「誠ちゃんに会いたいって?」
「えっ?」
すずの口から漏れた言葉に思わず反応してしまう僕。すずのお父さんが、僕に会いたいって……? え? どういうこと?
何のために……って、すずとは付き合ってるわけで、父親としてはそりゃ気になる存在……、って、えええぇぇぇ?
「お父さんが、誠ちゃんに話があるんだって……」
なんだか申し訳なさそうな表情で、すずがスマホを口元から外して改めて僕に告げてきた。
話ってなんだろう……。想像してみるけれど、思い浮かぶのは二つだ。
三井さんの件と……、あとはあれしか思い浮かばない。
そりゃまぁ、彼女のお父さんにはいつか挨拶は必要だろうとは思ってるけども、少なくとも今じゃないんじゃないかな……。
挨拶っていうのはもちろん、彼女を僕にください的なアレかと思うんだけれど、こんなに強制的に発生するイベントだったっけ。
もっとこう、こっちからアポイントを取って動くようなものだと思ってたけれど。
くそぅ。婚姻届けなんて送り付けてきた父さんのせいだ! どうしてもそっち方面に想像がいってしまう!
「は、話って……、ななんでしょう」
……噛んだ。
変に緊張してきた僕を見てくすっと笑うと、電話越しにお父さんに確認してくれるすず。
いや待て、慌てるにはまだ早いはずだ。落ち着くんだ。すずのお父さんが婚姻届けの話を知ってるはずないじゃないか。……すずが言ってなければだけれど。……言ってないよね?
「……むう、教えてくれてもいいじゃない。……じゃあ誠ちゃんは来週試験があるんだから、それ以降にしてちょうだい」
内容を教えてくれないらしいお父さんに、すずが頬を膨らませている。
……うん、なんだかちょっと落ち着いてきたかも。怒ったすずもかわいいし。
それに試験日以降を指定してくれるというのもありがたい。とりあえず今は試験に集中しよう、そうしよう。余計な雑念はいらないんだ。
「わかった。……え? うん。一緒だよ。……うん。じゃあまたね。おやすみなさい」
「……どうだった?」
スマホを置いて一息つくすずに、恐る恐る訊いてみる。
「ごめんね。父さんが急に……。結局なんの話かはわからなかったし」
「そっか……」
「悪い話じゃないとは言ってたけど……。試験が終わったらまた連絡くれるって言うから、今は試験頑張って!」
「うん。わかった」
「お父さんも試験頑張れって言ってくれたよ」
「そっか。ありがとう」
お父さんにまで応援してもらえるというのは、これもまた違う恥ずかしさがあるね……。
とりあえずわからないことを今気にしてもしょうがない。それにもし三井さん関連のことだとしても、悪い話じゃないらしいし、そこまで心配する必要もないのかな……。
なんにしろ今できることは試験勉強だね。
「じゃあわたしもそろそろ戻るね」
「うん。いつもありがとね」
しばらく他愛のない話をしていたけれど、そろそろ時間だ。
「おやすみなさい、誠ちゃん」
「おやすみ、すず」
軽くハグを交わすとすずは隣の部屋へと帰っていく。僕は勉強の続きをするために、自室へと向かうのだった。
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