第117話 調査 -Side三井善司-

「ふぅ……」


 MAホールディングス本社、社長室にある自分のデスクに座りながら、私は大きくため息をひとつついた。

 ことの発端は昨日の息子――聡司の言葉だろうか。


 自宅のリビングで寛いでいたところに、機嫌が悪そうに聡司がわがままを言ってきたのだ。

 今までにもままあることだったが、今回は特に過激な内容だったと思う。

 本人はオブラートに包んでいたつもりだろうが、簡潔に言ってしまえば『新人モデルを潰してくれ』だったのだから。

 思わず頭を抱えてしまったほどだ。


 あぁ、自己紹介が遅れて申し訳ない。

 私はMAホールディングスの代表取締役社長をしている、三井みつい善司ぜんじと言う者だ。

 弊社ではデザイン関係の機械やシステム開発、サービスを提供させてもらっている。その関係もあってか、モデル業界にも多少顔が利くのだ。


 せっかく秋田おじいちゃんに孫娘を紹介してもらったのに邪魔をされたと息子が言うのだ。

 いつの間に紹介されたのかは初耳だったが、それも仕方がない。

 秋田おじいちゃんと言うのは我が社の元会長だ。現会長をしている私の父親を訪ねて来ることも珍しくない。


 抜け目のない息子のことだ。そのときに元会長から孫娘を紹介してもらったのだろう。

 私も何度か写真を見せて貰っているが、可愛らしいお嬢さんだ。息子が興味を持つのも仕方がないだろう。

 文化祭に遊びに行くと言えば、何かと孫娘自慢をしたい元会長のことだ。どこの大学の文化祭かを知れば、きっと孫の了承も取らずに案内か何かを約束するのだろう。


 ……気の毒なことに。


 お孫さんに直接お会いしたことはないので確信はないが、元会長の言動を見ていると心配になるときがあるのだ。

 迷惑に思われてなければ……いや、他所の家庭に口は出すまい。


「ふむ……。黒野一秋か」


 とりあえず今は息子から聞かされたこの人物だ。

 聞いたことのない名前ではあるが、どうやら息子を相手に啖呵を切ったという話らしい。


 まったく……。文化祭に遊びに行くというのは知っていたが、面倒なものを持ち込んでくれたものだ。

 元会長の顔に泥を塗ったともとれるが、聡司はそこまで頭が回っていないだろう。


 しかしそれは別にして、黒野一秋という人物。なかなかに面白そうだ。聡司のことを知った上で啖呵を切ったというのだから興味深い。

 聡司のこともそうだが、まずはこの人物について調べてみるか……。


 おもむろに手元の電話を手に取って、秘書課へと電話を掛ける。

 そしてワンコールもしないうちに出た相手へと、手短に用件を告げた。




 一週間ほど経っただろうか。

 聡司の催促をのらりくらりとかわしているうちに、どうやら調査結果が出たらしい。

 ノックの音と共に秘書が社長室へと入ってくる。


「社長。調査結果が出ました」


「ご苦労」


 ソファへと促して、私自身も秘書の向かい側へと座る。

 差し出された書類を手に取る前にまずは秘書の話を聞こうか。


「どうだった? 彼は」


「それは調査結果を見ていただければと」


 ……まったく、事務的対応すぎる秘書だ。今回の調査の仕事は私情が入っていないとは言い切れない。元会長関連とは言え、元は元だ。今は会社とは関係がない。

 秘書としては不本意に感じても仕方がないだろう。


「本名、黒塚誠一郎。御剣高校に通う三年生のようです。所属事務所は――」


 ほぅ……、まだ高校生だったか。

 事務所は『サフラン』か。うちとは直接取引はないが……、まぁ手は出せなくもないか。

 しかし黒塚という名前……、どこかで聞いたことがあるような。


 秘書の言葉をスルーしながら思い出そうとするが、やはり記憶にひっかかるものは出てこない。誰だったか……。

 半ばあきらめかけた時、記憶に引っかからなかったキーワードが飛び出してきたのは、秘書の口からだった。


「どうやら彼は、グローバルネットワークデザイン社のイタリア支社副社長のご子息のようです」


「ほう……、どこかで聞いた名前かと思えば。……そういうことか」


「……どうされますか?」


「ふむ……」


 秘書の言葉に右手を顎に添えて考え込む。

 そういうことであれば……。適任は……。


「事業部長の秋田を呼べ」


「はい。畏まりました」


 これは面白くなってきたかもしれん。

 聡司には礼を言っておかないといけないかもしれないな。

 改めて調査資料を眺めながら、会社の今後を考えるのだった。

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