第116話 違うからね!?
「黒塚っちは推薦入試受けるんだっけ?」
お昼休みにいつもの五人で昼食を摂りながら、黒川が尋ねてきた。
推薦入試の願書を提出して文化祭を回ったのは昨日の出来事だ。
一日中と言うわけではなかったけれど、社長の息子とかいう人物の相手から解放されて、ようやく日常が戻ってきたという気がする。
「うん。受けるよ。昨日直接大学に願書出してきたしね」
「え? 大学行ってきたの?」
僕の言葉に目を丸くしているのは霧島だ。
お弁当からお箸でつまんだおにぎりが、空中で静止している。そんなに驚くことでもないと思うけれど……。
「オレたちも昨日文化祭に行ったんだけど、会わなかったね」
「あ、そうなんだ」
オレたちと複数形で表現する冴島だったけれど、誰と行ったんだろう。
「えっ!?」
「なんだよ、お前ら文化祭に行ってたのかよ」
残りの三人を見回してみると、早霧と黒川の二人が肩を落としている。
なるほど、文化祭に行ったのは冴島と霧島か。
学校ではだいたいこの五人で行動をしているけれど、どうもプライベートでは早霧と黒川、冴島と霧島でペアができているらしい。
まぁ早霧と黒川は付き合ってるみたいだし、自然とそうなるのかもしれないけれど。
「冴島っちにそこまで余裕はないと思ってたのに……」
「いやいや……、別に遊びに行ったわけじゃないんだけどね」
僕たち五人の中での成績順の最下位争いをしている二人である。ジト目で冴島を見つめる黒川だが、単純に羨ましがっているだけかもしれない。
「じゃあ何しに行ったんだよ」
早くも食べ終わった早霧が、お弁当を片付けながらニヤリと冴島を見やる。
「あー、うん。下見を兼ねた勉強の息抜き……かな」
「ほほぅ」
冴島の言葉に今度は黒川が目を光らせる。
「息抜きってことは、突発的に思いついたってことよね?」
「そうなるね」
何か面白いことでもあったんだろうか。笑みを深くする黒川だったけれど、僕に矛先は向いていないようなので安心して見ていられる。
「へぇー。急な思いつきに二人で出かけられるってことは、それまでは勉強とか二人でしてたんだ?」
「そうそう。図書館で勉強してたらバッタリ会ってね」
そのまま二人で勉強していたけれど、だんだんと集中力が切れてきたそうだ。休憩がてら喋っていると、お互いに第三志望が藤堂学院大学だと知ったらしい。
それでその日に文化祭があることを知っていた霧島の話を聞いて、冴島が息抜きにと誘ったそうだ。
「ふーん。そうなんだ……」
……しかしなぜだ。
黒川が悪い顔をしてるのに普通に会話が続いているぞ。僕の場合だったらこう、返答に詰まる質問とかを立て続けてされるのに。
いやでも、しどろもどろになってる冴島って今まで見たことない気がする。いつもちゃんとした答えを用意してるんだろうか……。
「――で、黒塚くんはどこ回ってたの?」
「……へっ?」
いつもの展開にならない原因を考えていた僕は、何を言われたのかすぐに理解できずに思わず変な声が出てしまう。
「……えーっと、あー」
どこ回ってたかって……?
行った場所を思い出すまでもなく、邪魔者の顔が浮かんできて自分でも眉間に皺が寄るのがわかる。
「何かあったのか?」
しばらく黙ったままの僕を促すように、早霧が尋ねてきた。
話すかどうか迷っていたけれど、どうも僕はみんなに愚痴りたかったらしい。
せっかくすずと二人で見て回ろうと思っていたのに邪魔された様子を、それはもう誇張を込めて説明した。
「うわー」
「大変だったんですねぇ」
「はっはっは! 災難だったな!」
「でも最後はひと泡吹かせられたみたいだね」
四人ともそれぞれの表情で感想を漏らしているけれど、僕もちょっと話せてすっきりしたみたいで、気分はさっきより軽くなっていた。
相手が社長の息子だとか、すずのおじいちゃんが絡んでいるとか、そういった事情は話していないけれど。
「僕は何もしてないんだけれどね……」
一泡吹かせられたことには違いないけれど、僕の手柄じゃないのがちょっと悔しい。
でも僕自身の言葉より、響さんの方が説得力があったのも確かなのだ。
「まぁまぁ、終わったことは気にしない!」
「普段から二人一緒なんだから」
「そうそう、ほぼ同棲だよね」
「――同棲だとっ!?」
何気ない冴島の言葉に割って入ってきたのは、体格のいい元バスケ部の
「いやいやいや、違うからね!? 同棲なんてしてないからね!」
咄嗟に否定するけれど、橘に僕の言葉はまったく届いていない。
「もっと詳しく!」
というか僕じゃなくて早霧や冴島に詳細を求めるべく詰め寄っている。
断固阻止するべく立ちふさがろうとしたけれど、伸びてきた手で額を押さえられてしまった。
「ちょっ、黒塚には聞いてねぇよ」
こうなってしまえば座っている人間は簡単には立ち上がることはできない。
「ええっ!? 僕のことだよね!?」
というかこれは非常によろしくない状況だ。ある程度常識を持っている霧島以外の三人については全くもって安心できない。
あることはもちろん、ないことまでねつ造してしゃべりそうだ。
「よし、俺がなんでも教えてやろう」
「なんでも聞いてよ」
「私が知ってることならなんでも教えてあげるわ」
「……あははは」
「だからダメだって!」
唯一苦笑いをしている霧島を除く三人が張り切る中、僕の叫び声が響き渡るのだった。
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