第115話 主張 -Side秋田すず-

 まだ諦めたわけではなさそうな捨て台詞を残して、三井さんが舞台裏から去っていく。

 その後姿が見えなくなった頃になってわたしはようやく、とんでもないことを言ってしまったことに気付がついたんだ。

 思わず振り返って誠ちゃんの両手を握り締めると。


「ど、どうしよう……!」


 今の気持ちを正直に吐き出した。


 ――本当にどうしよう。


 おじいちゃんに、『案内してあげて』とは言われたけど、これではきちんとできたとは言えないのではないか。

 できていないだけならまだしも、相手を不快な気持ちにさせておじいちゃんに伝わったりすれば……。

 今までわたしがおじいちゃんに直接怒られたりしたことはないけど、何とも言えない不安が広がっていく。


「とりあえず落ち着いて」


 誠ちゃんの手を握り締めていたにもかかわらず、わたしは誠ちゃんをきちんと見ていなかったようだ。

 落ち着いてと声を掛けられてようやく、誠ちゃんがしっかりとわたしを見つめていてくれていることに気がついた。

 ……そうだ。わたしには誠ちゃんがいるんだから、きっと大丈夫だ。頼ってばっかりはダメだけど、それでも側にいてくれるだけで……。


「ふふっ、すずちゃんカッコよかったよ。さすがに彼氏のこととなると違うわねー」


「えっ!? そ……、そんなんじゃ……なくもないけど!」


 横から入った茜ちゃんの言葉に思わず否定しそうになったけど、なんとか踏みとどまる。

 誠ちゃんのために三井さんを非難したことは間違いないのだ。

 背が小さいからダメだとか、モデルという業界をわかってないとか、あることないことばっかり言って……!


「ありがとう、すず」


 思い出してまた腹がってきそうになったところで、誠ちゃんに手を強く握り返された。

 そんなこと言われたら、思い出した苛立ちなんてどこかに行ってしまう。


「う、うん」


 ぎこちなく微笑み返すけどちゃんと笑えたかな。

 やっぱり誠ちゃんがいてくれたおかげで、三井さんを追い返せたんだと思う。

 お礼を言うのはわたしの方だよ。


「誠ちゃんも、ありがとう」


「えっ?」


 だけど誠ちゃんはびっくりした表情だ。お礼を言われる理由がわからないのかもしれない。

 確かに、出番らしい出番はなかったもんね。響さんが全部言っちゃったし。


「ふふ……、あははは!」


「ええ……?」


 そう思うとなんだか笑いがこみ上げてきちゃった。

 困惑してる誠ちゃんを見てると、ますますおかしいと思ってしまう。


「ハイハイ、続きは帰ってからやってね」


 ひとしきり笑っていたら、茜ちゃんに呆れられちゃった。




「次はあっちに行こうよ!」


 誠ちゃんの腕を引っ張りながら茜ちゃんに声を掛ける。


「あ、ちょっと……!」


「なんだか今日はテンション高いわね……」


 それはそうだ。

 三井さんがいなくなってからというもの、開放感がすごい。文化祭と言うお祭りを心の底から楽しめているという自覚がある。

 午前中も誠ちゃんと二人だったけど、お昼から三井さんが合流すると思うと、今ほど楽しめていなかったんだと思う。


 舞台裏からステージを見終わった後、茜ちゃんは片付けまで自由時間だと言うので誘ってみたのだ。

 わたしたち二人の邪魔はできないって遠慮していたけど、いつも二人なんだから、たまには茜ちゃんとも遊びたいと思うのだ。

 誠ちゃんもわたしの考えには同意してくれたし、同じ気持ちだと思う。苦笑いだったのはきっと、半ば強引に茜ちゃんを誘ったからに違いない。


「これってなんですか?」


 研究室の発表エリアに来たわたしたちは、一番気になった研究室ブースの前へと来ていた。

 なんだかレコブロックで作ったロボットみたいなものが、ピンと張った紐にタイヤをつけてぶら下げられている。

 アームがついているリモコンが繋がったそれは、UFOキャッチャーに見えなくもない。下に飴玉も置いてあるし。


「お、いらっしゃい。これは見ての通りUFOキャッチャーだよ。僕たちがリモコン操作で動くようにプログラムしたんだ」


「へー、そうなんですか」


 研究室の男子学生が丁寧に説明してくれる。研究室に入れるのは三年生からだから、きっと先輩だ。


「そっちの弟くんも遊んでいくといいよ」


 わたしが引っ張ってきた誠ちゃんをちらりと見て、微笑ましいものを見るような表情でリモコンを差し出してくる。


「弟じゃなくて、わたしの彼氏です」


 先輩の言葉に思わずムッとして、リモコンを受け取りながらも勢いで言い返してしまった。

 三井さんにいろいろ言われたせいで、敏感になっているのかもしれない。


「あ、そう……」


 わたしの言葉に先輩の顔から表情がなくなった気がするけど、気のせいかな。

 引っ張ってきたままだった誠ちゃんの腕をぎゅっと抱き寄せる。


「ちょっ……、すず?」


 誠ちゃんが恥ずかしそうにするけど、わたしは手を緩めたりはしない。三井さんの一件があってちょっとわかったことがある。

 それは、人前だからって遠慮してたらダメだってことなんだ。ちゃんと誠ちゃんが彼氏だってことはアピールしておかないと。


「面白そうですね」


 後からやってきた茜ちゃんも、誠ちゃんの隣にぴったりくっついてUFOキャッチャーを眺めている。


「ほほぅ……、両手に花とはやるね……。弟くん・・・


「いや、あの……」


 先輩がこめかみをピクピクとさせながら誠ちゃんと話しているけど、わたしは受け取ったリモコンが気になって仕方がない。

 レバーで操作するんじゃなくて、二つある光学センサーに手をかざして光を遮ると動くらしい。左に動かしたいときは、左側のセンサーに手をかざすみたい。


「へぇー、すごい。こうやって動くんだ……」


 リモコンから離れた距離に手をかざして影を作ると、アーム本体がゆっくりと動き出す。手をだんだんとリモコンに近づけて暗くすると、移動速度が上がるみたいだ。


「ねぇすずちゃん、次は私に代わってくれる?」


 わたしの手元にあるリモコンの操作する様子を見ようと、茜ちゃんがぐいっと乗り出してきた。

 間にいる誠ちゃんが押しつぶされている気がしないでもない。

 でもそれはそれでとても楽しい事のように思えて――。


「うん、いいよ」


 わたしはすぐ側にいる誠ちゃんの顔をじっと見つめたあと、笑顔で茜ちゃんに返事をするのだった。

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