第114話 オレは認めない

 観客からの拍手がうるさいほどに響く中、動けずにいる三井はまっすぐにすずを見返すことしかできていない。

 ……が、すずに何を言われたのかようやく頭の中にしみ込んできたのだろうか。その表情が徐々に歪んでいく。


「オレ自身……だと……?」


 ようやく絞り出すように言葉を漏らす三井は、すずから視線を逸らす。そして野花さんから僕へと順番に見つめると、最後に自分の手のひらを見つめる。


「何言ってるんだ……? オレは、MAホールディングスの社長の――」


 そこまで言いかけてすずに何を言われていたのかを思い出したのだろうか、言葉が続かない三井。

 言葉を続けさせまいと、すずと野花さんからも無言の圧力が放たれているようにも感じる。


「……ふん。……少なくとも、倉坂さんとはちゃんとした知り合いだぞ」


 苦い顔で絞り出すように話すが、もちろん二人には効果があるはずもない。今聞いているのはそういうことじゃないんだから。


「でも結局、お父さんに助けてもらってるんでしょ?」


「負担になってたりしないのかな」


「倉坂社長も意味深な言い方してましたね」


「すごく強調した言い方だったよね」


 それにしても二人とも容赦がないな……。すずはともかく野花さんまで……。

 三井の表情がもうよくわからないものになっている。何も言い返せないでいるところを見るに、図星なのかもしれない。

 少なくとも、立場的にこんなこと今まで言われたことがなかったのだろう。


「――うるさい! どちらにしろオレに反対したらどうなるかわかってるんだろうな!?」


 ぷるぷると拳を振るえさせていたかと思うと、急に声のボリュームを上げる三井。さすがに場所をわきまえているのか、そこまで大きな声ではないけれど、さっきまでのひそひそ話の比ではなくなっている。

 驚いたすずが一歩後ずさるけれど、すかさず僕は守るようにして空いた隙間に割り込む。

 とうとう開き直ったのか、直接的な言葉で訴えてきたなぁ。そんなことをしたら、親の顔に泥を塗ることになるだろうに……。


「あなたのお父さんが動けば……でしょ?」


 野花さんはまだまだ怯んだ様子がない。いくら大きい会社だからと言って、そうそう関係者がいることもないし野花さんは無関係なんだろう。

 って監督というか……、『サフラン』は僕も関係者じゃないか。でもさすがに取引先とかはよく知らないしなぁ。

 窺うようにして野花さんを見上げるけれど、かわいい顔に似合わず額に青筋が浮かんでいるように見える。

 かなり怒っていらっしゃるようだ。


 ……うーん、なんだか僕の出番がなさそうな気がするぞ。

 すずを守ることは当たり前だけれど、だからと言ってカッコいいところを見せたいという欲求がないわけでもない。


「息子のために動かない親がいないわけないだろ! その時はチビの新人モデルも表に出られないようにしてやるぞ!?」


 ますます声を荒らげて興奮する三井。

 僕らがいるのは舞台裏だ。小さくなってきたとは言え未だに鳴りやまない拍手のおかげで、三井の声が客席にまで届くことはないが――。


「おいおい、舞台裏ではお静かに願いますよ」


 案の定注意されてしまった。

 思わず後ろから聞こえてきた声に振り返ると。


「――ひびきさん?」


 ステージ向こう側の舞台裏にいた響さんだった。後ろには千尋ちひろさんもいるけれど、『やっほー』とばかりに小さく手を振っている。


「あれ、一秋かずあきじゃねーか。こんなところで何してんだ?」


 ちらりとすずと野花さんを一瞥すると、ひとりで納得したのかうんうんと頷いている。


「ああ、彼女とデートのついでに見学に来たのか。菜緒ちゃんも一緒とはまったく羨ましい限りで。ほら、今からでも遅くねーからお前もステージに出てピアノ弾くのはどうだ? 生演奏だぞ? 後ろのスクリーン映像より本物が出れば迫力あるだろ」


「ちょっと、まだ出番あるんだからさっさと行くわよ」


 そして言いたいことを一気にまくし立てると、千尋さんに引きずられるようにして僕たちの前から去って行く。

 次第に拍手が鳴りやみ静寂が訪れるが、誰も何も言葉を発しようとはしない。

 いやむしろ静かになったからこそ、声を上げづらくなった気はするけれど。


「――はぁ?」


 だがその静けさを破ったのは、三井の間の抜けた声だ。その視線が、引きずられていった響さんから僕へとゆっくりと移る。

 同時にバックミュージックとして、またもや僕のピアノ演奏が流れ出す。今度は前奏からして激しいノリの曲だ。


「……黒野一秋と、……仲羽菜緒。……なんだよ、それ」


 呟きと同時に野花さんへも視線が向く。

 僕はともかくとして、野花さんこと菜緒ちゃんにもようやく気がついたようだ。


「二人とも……、モデルかよ……。さらにすずちゃんの彼氏とか……」


 ステージのスクリーンでは、服装の変わった僕がノリがよさそうにピアノを演奏している。

 舞台裏からでは見づらいけれど、三井の視界にも入ったようだ。しばらくスクリーンを睨みつけていたかと思うと、大きくため息をついてまたもや僕へと視線を向けると。


「くそっ、なんでお前が……! オレは認めないからな!」


 捨て台詞を残し、逃げるように去っていくのだった。


 えーっと、まぁその、なんだ。……お疲れ様?

 僕は心の中で三井を見送ると、ふと重要なことに気がつく。


 響さんにいいところ全部持っていかれたような……?

 僕、何もしていないんですけど。

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