第105話 一石三鳥

 そもそも婚姻届けなんて、今すぐ書いて提出できるものでもないのだ。

 僕の年齢のこともそうだけれど、すずの両親にも同意書を書いてもらわないといけなかったような……。

 挨拶にも行かないといけないし、うちの両親との顔合わせなんてことになると、スケジュールが合うのがいつになるか不明だ。

 落ち着いて考えれば婚姻届けの出番は最後の最後なのだ。

 うん……、それまでは封印しておこう……。先延ばしとも言うけれど。


「そ、それよりも、早くハンバーグ焼こうよ!」


 すずが話題を逸らすように早口にまくしたてると、誰の返事も待たずに立ち上がり、キッチンへとパタパタと駆けて行く。


「あ、待って!」


 となれば僕もこの流れに乗るしかない。

 一応僕が作ったハンバーグを振る舞うことになってるし、すずに任せるわけにはいかないしね。

 野花さんをダイニングテーブルに残して僕もキッチンへと向かうと、すずと一緒にハンバーグの仕上げにかかった。


 冷蔵庫から寝かせていたハンバーグのタネを取り出して焼いていく。

 すずには煮込みハンバーグ用のデミグラスソースをお鍋に用意してもらう。

 チーズの入ったハンバーグを強火で表面だけ焼くと、すずに準備してもらったお鍋へと放り込む。

 残りのハンバーグは普通に焼いて、和風おろしハンバーグとキノコソースハンバーグになるのだ。


「はー、すごいいい匂いしてきたわねぇ」


 野花さんがダイニングテーブルに両肘を付き、鼻をひくひくさせながらこちらを窺っている。

 大根おろしからは匂いはしないけれど、キノコソースとデミグラスソースの匂いが食欲を誘う。

 うん、これはとっても美味しそうだ。間違いない。


 付け合わせにサラダとカップスープを用意して、出来上がったハンバーグもダイニングテーブルへと並べていく。

 すずに炊けたご飯をよそってもらえば準備は完了だ。


「美味しそう!」


 三人でテーブルに着いて、手を合わせると。


「「「いただきます!」」」


 三人そろって食べ始めるのだった。




 ハンバーグはとても美味しかった。もう最高だった。また今度作ってみようかなと思えるほどだ。

 途中で野花さんがいることを忘れて、すずと二人で食べさせ合いっこをしてしまうハプニングが起こったりしたけれど、それはご愛敬だ。

 もちろん盛大に野花さんにからかわれたけれど、三人で食べる夕飯は美味しかったし、楽しかった。

 やっぱりたまにはこういうのもいいよね。


「はあー、美味しかったー」


 食後のお茶を飲みながら、すずが満足そうに呟く。


「ホントねぇ。……すずちゃん、がんばってね」


「あ……、うん。がんばるよ」


 野花さんが何気なく口にした言葉に、すずが気合いの入った返事を返す。

 けれど、僕にはなんのことかさっぱりだ。


「……何を?」


 わけがわからなくて首を傾げるけれど。


「誠ちゃんは気にしなくていいから!」


「ふふっ」


 何でもないようにはぐらかされてしまった。でもまぁいいか。あとですずに聞いてみればいいし。


「そういえばもうすぐ文化祭ね」


 ふと思い出したように野花さんが呟くと、すずもまったく意識していなかったのか、驚いた表情になっている。


「そういえばそうだね。……わたしたちも初めての文化祭だけど、何やるんだろう?」


 というかむしろ首を傾げている。

 っていうかどういうこと……? 準備とかあるんじゃないのかな……?


「何って……、準備とかないの?」


 思ったことをそのまま聞いてみるけれど、大学の文化祭って高校とは違うのかな。

 僕も行ったことないからわからないけれど……。


「うーん。学校からは特に何もないわね……」


「うん。十一月三日にあるよーってお知らせだけだったね」


 口をそろえて何もないことを告げる二人なので、やっぱり大学の文化祭は高校とは違うらしい。

 それにしても一体誰が文化祭の出し物やるんだろう。

 ちょっとどんなものなのか気になってきた……。それに十一月三日っていうと、推薦入試の願書受付期間中だし。


「……ねぇ誠ちゃん。もしよかったら気分転換に行ってみない?」


 ちょうど僕もそう思っていたところだ。毎日受験勉強だけだと気が滅入ってくることもあるし、気分転換は確かに重要だよね。


「そうだね。気分転換に行ってみようかな。……ついでに直接推薦入試の願書も提出できるし」


 郵送しようと思っていたけれど、それはそれで手間が省けるというものだ。


「あ、推薦入試受けるんだ」


「うん。少しでも受かる可能性があるなら試してみないとね」


 すずと同じ学校に通うためには必要なことだし、がんばるしかないよね。


「そうなんだ。……あ、そういえば」


 そんな僕に感心していた様子の野花さんが、またもや何かを思い出したかのように声を上げる。


「サフランも今年から文化祭に出店するそうよ」


「そうなんだ?」


 あの『サフラン』が、大学の文化祭に出店? んん? 一体何をするんだろう。


「店長さんが、もし文化祭に来るならうちにも遊びにおいでって」


 へぇ、そうなのか。

 高校だと生徒たちでお店や劇とかの出し物をするけれど、大学ともなると外からの出し物もあるんだ。

 学生は出し物やらないで、外から呼びこんでるのかな。


「じゃあ行ってみようかな」


 これはますますもって行かないわけにはいかなくなった。気分転換になるし、願書の提出もできるし、仕事じゃないけれど、お手伝いでもできればいいかもしれない。


「一石三鳥って感じだね」


 すずが笑っているけれど、まさにそんな感じだ。

 こうして十一月三日の文化の日は、藤堂学院大学の文化祭へと行くことに決まった。

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