第106話 頼み事 -Side秋田すず-
「文化祭楽しみだなー」
十一月に入り、文化祭当日まであと二日になった。
わたしは今からもう楽しみでしょうがない。
あれから自分の学校で開かれる文化祭について調べてみたんだけど、各学科にある研究室の発表と、サークルの出し物とがあるみたい。
外部向けには、文化祭用に設置されたステージや、空き教室を使ってのイベントも募集していた。
あとは一般人が気軽に参加できるように、フリーマーケット用スペースの貸し出しもあったのだ。
こうして見ると、思ったよりも規模の大きいお祭りになりそうな予感がする。
誠ちゃんとオープンキャンパスにも行ったけど、それをもっと大きくしたような感じなのかな。
学校敷地内の至る所で、文化祭の準備が着々と進んでいる。思った通り、オープンキャンパスの時以上になりそうな規模だ。
「そうねぇ。私もちょっと楽しみかも」
学校のカフェテラスで向かいに座る茜ちゃんも、文化祭を楽しみにしているみたい。
規模も大きそうだし、きっとビックリするよね!
「うん。きっと誠ちゃんもビックリすると思う」
満面の笑みで茜ちゃんに同意を求めてみたけど、なぜか返ってきたのは苦笑だ。
「あはは、そっちも楽しみよね」
……あれ? 違ったのかな?
誠ちゃんもあのステージを見ればビックリすと思ったんだけど。
そう言えば、茜ちゃんもお店のイベントでステージに出るのよね。
今もボサボサ頭に丸眼鏡だからか、学校の誰も目の前の人物が仲羽菜緒だとは知らないんだよね。
――あ、そうだ!
「茜ちゃんは学生としてイベントには出ないの?」
仲羽菜緒が所属する『サフラン』が主催するイベントは、モデルの出演もだけど一般学生からの出演もその場で募集するって茜ちゃんに聞いたのだ。
「そんなことしたらバレるじゃない」
今の格好のままの茜ちゃんが、その場でメイクされて仲羽菜緒になって出てくれば面白いと思ったけど、本人にはどうもやる気はないようだ。
「えー、きっと楽しいよ?」
「それはすずちゃんだけでしょう?」
ジト目を向けてくる茜ちゃんに、「あはは」と返しているとちょうどスマホが鳴った。
ポケットから取り出してみると、どうも実家かららしい。
「あら、電話?」
「うん。ちょっとごめんね」
頻繁に連絡があるわけではないから珍しいと思いつつ、茜ちゃんに断って電話に出る。
「もしもし」
すると出てきた相手は。
『おー、すずか。元気にしとるかー』
――おじいちゃんだった。
「……大丈夫?」
茜ちゃんが心配そうに掛けてくれた声で、ハッと我に返る。
気が付けば電話は終わっていた。
おじいちゃんの話にわたしは、キッパリ断ることもできずにただ頷くことしかできなかった。
一応
「……う、うん」
本当は全然大丈夫じゃないのに、思わず茜ちゃんには何でもない風に返してしまう。
……どうしよう。文化祭はあさってなのに。誠ちゃんと一緒に回るって約束したのに。
「……ホントに大丈夫?」
心配をかけまいと返事をしたはずなのに、尚も茜ちゃんはわたしを心配してくれている。
もしかして全然隠せていないんだろうか。
あぁ、でも前に実家に帰ったときも、落ち込んでいたわたしを元気付けようとしてくれたのも茜ちゃんだ。
結局誠ちゃんのおかげで元気になったけど、何も理由を言わないままなのはダメだと思って、あの時のことを茜ちゃんにも軽く話したんだ。
「……実は」
それにあさってになればどうせバレちゃうんだ……。心配かけないようにしたところで無理なんだよね。
そう思ったらわたしは、おじいちゃんから掛かってきた電話の内容を、茜ちゃんに話していた。
「何よそれ……」
すべてを聞き終わった茜ちゃんの表情が唖然としたものになる。
前にわたしが塞ぎ込んでいた理由を聞いた時と同じ反応だ。
いつもわたしの意見を聞こうとしてくれないおじいちゃんに怒ってくれているのは、わたしも嬉しい。やっぱり共感してくれる人というのは大事だと思う。
「もちろん断ったのよね?」
憤懣やるかたないといった雰囲気の茜ちゃんだけど、おじいちゃんには基本的に何を言っても聞いてくれないのだ。
「う、うん」
だけど今回ばっかりは言わないわけにはいかなかった。
他の人と回るからと遠回しに断ったつもりだけど、もちろんおじいちゃんに通じるはずもなく。
「……でもダメだったけどね」
わたしは力なく茜ちゃんに結果を告げると、膝元にあるスマホへと視線を落とす。
言ってみたけど結果は変わらなかったのだ。
「……きっと大丈夫だよ。すずちゃん」
けれどほぼ諦めかけていたわたしに、茜ちゃんの力強い言葉が届く。
「黒塚くんならきっとなんとかしてくれるよ」
その言葉にハッとして、まっすぐに茜ちゃんの顔を見つめる。そこには何かを確信するかのように自信のある表情があった。
「すずちゃんの彼氏でしょ?」
茜ちゃんの言葉にゆっくりと頷くと、心の中に誠ちゃんの顔を思い浮かべる。
――そうだ。実家に帰ってから塞ぎ込んでいたわたしを元気付けてくれたのは、他の誰でもない誠ちゃんだ。
誠ちゃんならきっと、今回もなんとかしてくれる。またわたしを、助けてくれる。
「……うん!」
そんな気がして、さっきより元気が出たわたしは、茜ちゃんに返事をするのだった。
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