第85話 よろしくお願いします
秋田さんから聞かされた実家での出来事を要約すると、秋田さんにはお見合い相手がいるとおじいちゃんに告げられたということだ。
しかも相手は父親が務める会社社長の息子さんらしい。
そしてその会社を設立したのが……、お見合い相手のことを告げられた、秋田さんのおじいちゃんということだ。
「そう……、なんだ……」
僕は何とも言えない苦い表情になっている気がする。
これは秋田さんの家の問題なんだろうか。僕なんかが割って入ってもいいのだろうか。
……でも秋田さんが困っているのであればなんとかしてあげたいし、何よりも僕は秋田さんが好きなのだ。
婚約者がいようが絶対に諦めたくはない。
「でももう大丈夫だよ」
秋田さんが微笑みながら僕にそう告げて来るけれど、何が大丈夫なんだろう。
僕が何かしてあげられることがあるのかな……。
「おじいちゃんにはそういう人がいるって言われただけで、よく考えればわたしも会うって返事していないの。だから……、もう気にしないことにしたの」
「……うん?」
気にしないことにした? ……つまりどういうこと?
「お父さんとお母さんには、おじいちゃんの言うことは気にしなくていいって言われてるから……」
秋田さんがそう話を続けようとするけれど、言葉がだんだんと尻すぼみになっている。
頬を赤く染めて少し俯くともじもじとしている。
「その……、だから……」
「……はい」
僕は膝の上に置いた拳を握り締めて秋田さんの言葉を待つ。
「だから……、こんなわたしでも、黒塚くんはいいですか?」
……えっ? それってつまり……。
「えーっと……、つまり……」
僕と秋田さんがお付き合いをするっていうこと……、だよね?
などと考えていたけれど、秋田さんがしびれを切らしたのだろうか。
「……黒塚くん。わたしの彼氏になってください」
「あ、はい」
秋田さんの言葉を咀嚼しているうちに反射的に答えてしまった。
……って、えええぇぇぇぇっ!!?
ホントに、僕が秋田さんの彼氏でいいの!? 秋田さんが……、僕の彼女に、なってくれるの?
秋田さんの表情を伺ってみると、赤く染まった頬で満面の笑みを浮かべて瞳を潤ませている。
これは僕からもちゃんと言った方がいいよね。……うん。言わないとダメだ。
「あの、……よければ、僕の彼女になってください」
「……はい!」
秋田さんからの返事を聞いてようやく、僕にも実感が沸いてきた。
とっても嬉しい……。秋田さんが、僕の彼女になってくれた。最初から両思いだったんだ……。
あれだけ思い詰めていたように見えた秋田さんが、今は笑ってくれている。
やっぱり告白してよかった。ホントによかった……。
それに、秋田さんのおじいちゃんはともかくとして、お父さんとお母さんが味方についてくれているっぽいし、本当に心配はないのかもしれない。
「あ、そうだ」
僕はさっき返してもらったばっかりの家のカギをポケットから出すと、そのままテーブルの上へと差し出すと。
「これ……、返してもらったばっかりですけど、やっぱり秋田さんに持っててもらっていいですか?」
「あ……、うん……。……本当はわたしも返したくなかったんだよね……」
秋田さんがはにかみながら、おずおずと僕のカギを受け取ってくれた。
そのカギを胸の前で両手で握り締めると、僕に顔を向けて「ふふっ」とほほ笑んでくれる。
そんな彼女の仕草に僕も自然と笑みがこぼれる。
しばらく言葉もなく見つめ合っているけれど、まったく気まずいと感じることもなかった。
「あ、そうだ。……黒塚くんの作ってくれたチョコカップケーキ、食べようか」
「あ、はい。……ぜひ食べてみてください」
そういえば元々は秋田さんにチョコカップケーキをおすそ分けに来たんだっけか。
それがこんなことになるなんて思いもしなかったけれど、何にしても来てよかった。
うん、あとで野花さんにもお礼がてらおすそ分けしに行こう。野花さんからの連絡がなかったらチョコカップケーキ作ってなかったし。
「黒塚くんも一緒に食べよ?」
僕はもう食べてきたけれど、嬉しそうに秋田さんに誘われたら断れるわけがない。いっぱい焼いたから、また持ってくればいいかな。
「じゃあお言葉に甘えて」
「ふふっ。……あ、紅茶でいい?」
「あ、はい。僕コーヒーはちょっと苦手なので」
「……そうなんだ。わたしと一緒だね」
嬉しそうにしながら秋田さんがキッチンへと向かい、お湯を沸かす準備をしている。
秋田さんもコーヒーダメなんだ……。なんだか同じところがあると思うと嬉しくなる。
「砂糖とミルクはいる?」
「……あ、はい。お願いします」
「はーい」
僕はダイニングテーブルに座って、紅茶の準備をする秋田さんをじっと観察する。
はぁ……、やっぱり秋田さんはかわいいなぁ……。
あ、僕もお皿とか出して準備の手伝いしようかな。
椅子から立ち上がって僕もキッチンへと入って行く。
「秋田さん、お皿はこれでいいですか?」
「あ、うん。……ありがと」
恥ずかしそうにはにかんだ笑顔で応えてくれる。
うん……、僕もちょっと恥ずかしくなってきた。
お皿を持ってそそくさとダイニングテーブルに戻ると、テーブルに置いてあった袋からカップケーキを二つ取り出して、それぞれのお皿へと乗せる。
しばらく待っていると、秋田さんもキッチンから紅茶のカップを持って戻ってきた。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
僕の向かいのテーブルに秋田さんが座ると、どちらからともなく視線が合った。
「黒塚くん……」
「はい」
「これから……、よろしくお願いしますね」
「……はい。僕も、よろしくお願いします」
改めてお互いのこれからを確認し合ったのだった。
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