第84話 告白 -Side秋田すず-

 黒塚くんと会える嬉しさと、黒塚くんに会ってしまうと止められなくなってしまいそうな不安な中、黒塚くんがやってきた。

 やっぱりというか、さっそく心配されてしまった。わたしってそんな酷い顔なのかな……。


「元気が出そうなもの作ったのでどうぞ」


 今日はタッパーじゃないんだ。……何が入ってるんだろう。

 受け取った袋の中を覗き込むと、チョコカップケーキが入っていた。すごくいい匂いがする……。おいしそう。

 袋から顔を上げて黒塚くんを見ると、すごく優しそうな笑顔でわたしのことを見てくれている。


「黒塚くん……ありがとう。……でも、大丈夫だから……」


 打ち明けたい気持ちをなんとか抑えて、今まで通りに過ごせるようになんでもない風を装う。

 黒塚くんに笑顔を見せたいけど、うまくいっているんだろうか。


「そうですか……、何かあったらいつでも言ってください。僕でよければ力になるので」


 でもやっぱり隠し通せていないみたい……。黒塚くんがやっぱり心配そうにわたしに言ってくれる。

 ごめんね、黒塚くん。


 ……あ。……そうだ。カギを返さないと……。


「あ……、ちょっと……、待ってて」


 置いてきてしまった黒塚くんの家のカギを取って、また玄関へと戻ってくる。

 ずっと持ってたと思ってたけど、テーブルの上に忘れてたみたいだ。


「……ごめんね、黒塚くん。ずっと返すの忘れてたみたいで……」


 本当はずっと持っていたいけど、考えがまとまるまでは現状維持をしておきたい。

 そう思ってカギを黒塚くんに返すけど、彼の手から自分の手をなかなか離すことができない。


 そして、黒塚くんの悲しそうな表情を見て、わたしは選択を間違えたのかもしれないと少し思ってしまった。

 ……もしかしたら、わたしがカギを持っている素振りを見せずに、いつも通りに振る舞っていたほうがよかったのかも。

 だけどここまできてやっぱり止めるというわけにはいかなくなっている。

 もうすでにカギは黒塚くんの手の上だ。このまま手を離せばそれで鍵の返却は完了してしまう。

 ごめんね、黒塚くん。……そんなに悲しそうな顔をしないで。

 カギを返してしまったのはわたしだし、黒塚くんを笑顔にするような言葉はわたしには浮かんでこない。


「じゃあ……、またね。……あとでチョコカップケーキもらうね……」


 苦し紛れにカップケーキを食べることを告げて、わたしは黒塚くんから手を離した。

 そしてそのまま玄関の扉へと手を伸ばそうとしたところで。


「――待って!」


 黒塚くんの思ったよりも大きな声に、わたしの手の動きが止まる。

 ふと彼の表情を見ると、何やら思いつめたものに変わっていた。


「……どうしたの?」


 黒塚くんの前から去ろうとしていたところを呼び止められ、決意が鈍るのを感じながらもなんとか黒塚くんに相槌を打つ。


「……あの、……えっと」


 何か言いにくそうにしているけど、一体なんだろう。

 もしかしてカギを返すのが遅いって怒られるんだろうか。……そんなことなら早く返しておけばよかった。

 しばらく何も言ってくれない沈黙に、だんだんと不安が沸きあがってくる。


「僕は……その……」


「……うん」


 ごくりと喉を鳴らして黒塚くんの言葉を待つと。


「僕は……、秋田さんのことが……、好きです」


 衝撃の言葉が黒塚くんの口から飛び出てきた。


「――えっ?」


 黒塚くん……?


「だから、僕は……、元気がないって聞いて……、秋田さんが心配なんです……」


 今なんて? ……わたしのことが……、すき? ……本当に?


「だから……、何があったのか教えてくれませんか」


 黒塚くんの言葉を理解した瞬間、わたしの眼尻からは堤防が決壊したかのように涙があふれだした。


「……うそっ」


 両手を口元に当てて呆然と呟いていると、だんだんと視界が滲んでくる。

 わたしの中で懸命に作ろうとしていた壁が崩壊するのを感じる。


「えっ? ど、どうしたの? 秋田さん……、大丈夫?」


 黒塚くんが心配そうに聞いてくるけど、今のわたしはそれどころではない。


「……あぁ、……そんな」


 もうダメだ。わたしは黒塚くんが大好きだ。

 これ以上好きにならないようにって思ってたけど……、もう止められない。

 ふらふらと自分でも意識しないうちに黒塚くんへと近づいていき。


「……秋田さん?」


 気が付けば、訝しむ黒塚くんを抱きしめていた。


「えっ?」


 黒塚くん……。黒塚くん……。わたしも黒塚くんが大好き。

 ちょっとわたしより背が低くて、目の前に頭頂部が見えるけど……、ああ……、黒塚くんいい匂いがする……。

 小さくてもやっぱり男の子だね。しっかりとした体つきをしているのが感じられる。

 そのまま背中まで手を回して黒塚くんの温もりを大いに感じる。


「黒塚くん……、黒塚くん……!」


 そしてまた無意識のうちに黒塚くんの名前を呟いていた。……わたしも、黒塚くんが好きなの。


「わたしも……、黒塚くんが好き……。黒塚くんが大好き。あぁ……、もうダメ。止められないよ……」


 現状維持なんてもう無理だ。この気持ちはもう抑えられない。

 だから……。黒塚くんには全部打ち明けてしまおう。


「秋田さん……、大丈夫ですか?」


 それでもなおわたしを心配してくれる黒塚くんならきっと大丈夫。

 そう思ったわたしは、黒塚くんを家に招いて、実家で何があったのかを告白したのだった。

 ……もちろん、お母さんに言われた、先に結婚してしまえば勝ちといった恥ずかしい出来事は隠して……。

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