第83話 帰宅 -Side秋田すず-

 結局、おじいちゃんの言う「社長の息子」さんには会わずに実家を出た。

 四人に見送られて家を出た時はそれほどでもなかったのに、一人で電車に揺られているとだんだんと不安が大きくなってきていた。


 お父さんとお母さんは気にするなとは言ってくれたけど、わたしは社長さんやその息子さんについては何も知らないのだ。

 もし断ったりして……、最悪お父さんがクビになったりしないだろうか。

 そこまでならなかったとしても、降格とか減給とか……なにかバツを受けたり……。

 わたしのせいでお父さんがそんなことになったら絶対に嫌だ。


 どうしよう……、黒塚くん……。


 結局なにも結論が出ないまま、不安を抱えたまま、黒塚くんの家の隣である自分の家へと帰ってきてしまった。

 夕飯は作る気になれないので、家の前のスーパーで買って来てある。

 荷物が多かったけど、一度五階まで上がってまた降りて来るよりは、先に買ったほうがいいのは間違いない。


 不安の中スマホを握り締めていたら、いつのまにか黒塚くんのラインを開いていた。

 でもそこで何を送っていいのか手が止まる。


「黒塚くん……」


 心が苦しい。

 このまま黒塚くんのことを諦めれば、少なくともお父さんに被害はいくことはない。

 あぁ……、でも実家から離れたここだったら……、誰にも見つからなければ……。

 ……いやそんなことをしても結局いつかはバレるはずだ。……それこそバレてしまっても取り返しのつかないところまで行ってしまわないと……。

 ……とそこでお母さんの言葉を思い出して恥ずかしくなった。


「……と、とりあえず、黒塚くんに帰ってきたことを伝えないと」


 スマホに『ただいま』と打ち込んでラインを送る。

 ついでに茜ちゃんにも送っておこう。確か茜ちゃんも今日帰ってきたはずだよね。

 茜ちゃんに送った後で、すぐに黒塚くんから『おかえり』と返事があった。……思わず頬が緩むけど、やっぱり心は苦しいままだ。


「はぁ……」


 わたしは大きくため息をつくと、スマホを放り出してベッドへと寝転がる。


「……とりあえず、現状維持できれば、何も起きないよね……」


 逆に言えば、何か起きるまでは考える時間はあるのだ。……うん。問題の先送りのような気もするけど、早急に結論を出さなくても……いいかな。

 ひとまずの結論をつけたところで、もう一度スマホが着信を知らせてきた。


『おかえり~。すずちゃんは黒塚くんにお土産買ってきた?』


 ラインを確認してみると、そんな内容だった。もちろんわたしも黒塚くんのお土産は買ってきたよ。

 ご両親にお土産ももらったし、お返しはしないとね。


『うん。もちろん買ってあるよ』


『じゃあ早速……と言いたいところだけど、夕飯食べたあとに持って行こっか』


『わかった』


 ベッドでゴロゴロしてても仕方がない。荷物をほどいてお土産の用意をしますか。




 黒塚くんにお土産を渡し終わった後、やっぱりというか、わたしの様子がおかしいことに茜ちゃんが気づいたみたい。

 心配されたけど、まだ不安を打ち明ける気にはなれなくて、その時は『ちょっと疲れただけ』と答えてしまった。

 実際に苦手なおじいちゃんがいる実家に帰るのは、その移動距離もあってか本当に疲れるのだ。……だから間違いではないと思う。

 もうちょっと考えたいわたしには、なんとなく黒塚くんとわたしをくっつけようとしている気がする茜ちゃんには、相談しようとは思わなかった。

 ……応援してくれるっぽいのは嬉しいけど、今は……ね。


 ――あ、そうだ。


 ふと思い出したのはカギだ。……そういえば黒塚くんの家のカギを預かったままだ。

 ……せっかく、とりあえずは現状維持と決めたんだから……、これは返さないと……。もし見つかったら……。

 黒塚くんの家のカギを握り締めているとスマホが鳴った。実家から帰ってきて数日、お土産を渡したっきり黒塚くんとは会っていないけど、ラインの相手はその黒塚くんだ。


『今家にいますか? ちょっと作りすぎたのでまた持って行こうかと』


「あ……」


 思わず声が出てしまった。黒塚くんが来てくれる。とっても嬉しい。

 ……けど。……どうしよう。カギは返さないといけないけど、返したくない。……それに、黒塚くんに会えば会うほど好きになっちゃって、そのうち止められなくなるかもしれない。

 カギを横に置いて、今度はスマホを握り締める。


「うう……」


 悶々と悩んでいるうちに時間だけが過ぎていく。

 けど、こうしていても何も進展しない。少なくともカギを返すには黒塚くんと会わないといけないのだ。

 意を決すると、わたしは黒塚くんに『今家にいるよ』と返事を送った。

 ……と、さほど待たずに『今から行きますね』と返事がきたかと思うと、家のインターホンが鳴った。

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