第68話 映像

 今日は水曜日である。

 水曜日には学校の夏期講習がない曜日だ。代わりに今日は藤堂学院大学で撮影の仕事が入っている。

 そして見学には菜緒ちゃんも来るとのことだったが……。


「黒塚くん、おはよう」


 自宅を出ると目の前には秋田さんと野花・・さんがいたのだ。

 念のため言っておくと、僕の中ではモデルの格好をしているときは菜緒ちゃん。ボサボサ丸眼鏡の格好は野花さんと呼ぶようにしている。

 野花さんは想定内として、秋田さんは……。


「おはようございます」


「わたし、黒塚くんの撮影風景って見たことないから楽しみ」


 どうやら見学するらしかった。

 特に見られて恥ずかしい……ものだった。

 よくよく考えれば最近慣れてきたところではないだろうか。……いや撮影中はいいんだよ。変にテンションが高いからさ……。

 でもまぁいいか。秋田さんだし。


「でも今日は動画って言ってたから、いつもの撮影とは違うかも?」


「そうなんだ?」


 野花さんの説明に、秋田さんは未だに疑問形だ。

 僕たちも結局今日の撮影がどういうものなのかよくわかっていないからしょうがないんだけれど。


「うーん。僕もよくわかってないですし、見てのお楽しみってことにしましょうか」


「そうだね!」


 傾げていた首を戻して目をキラキラさせている。


「じゃあ行こうか」




 大学に着いて案内されたのは、主にメディア学科で使用される収録スタジオだった。ここでは音声だけでなく映像も撮影が可能となっている。

 まぁ動画と聞いていたのでそこは問題ない。しかし、撮る動画というのはまさかコレなのか……。


「よし、来たわね」


「おはようございます」


 カメラマンの神原かんばらさんと打ち合わせをしていた監督が、僕に気が付いてこちらにやってきた。


「店長さん、今日はよろしくお願いしますね」


 秋田さんもいるけれど、監督は特に何も言う事はないようだ。見学していても問題ないらしい。

 すでに見学者はいるし、一人増えたところで関係ないのかもしれない。


「見てわかると思うけど、一秋くんにはピアノを弾いてもらいます」


 監督が舞台の中央に設置されているグランドピアノを示して、今回の撮影の趣旨を説明してくれた。

 その説明を受けながら着替えるために別室へと監督と並んで歩いて行く。


 今回撮影しようとしている映像は、僕がいろいろな服を着てピアノを演奏する映像だそうだ。

 うーん……、それだとあんまり服が目立たない気がするんだけど……、大丈夫なのかな?

 まぁそこは監督や神原さんの腕の見せ所というところなのかな。余計な心配なのかもしれない。僕は演奏に注力しよう。


「わかりました。……ところで、僕は何を弾けばいいですか?」


 よくよく考えれば弾く曲を特に指定されてはいない。楽譜があれば初見でも弾けなくはないけれど、本番で通用するとは僕も思っていない。


「一秋くんの得意な曲でいいわよ。あくまでもメインは服だからね。でもそうね……、前に撮影の時に弾いてもらった感じでお願いできるかしら」


「なるほど……」


「じゃあそれでお願いね」


 衣裳部屋と張り紙のされた部屋の前までやってくると、監督は僕に弾いて欲しい曲を丸投げして去って行った。

 うーん……。じゃあ前回みたいにメドレーでいこうかなぁ。……あ、全体の曲の長さとか聞いてないけどいいのかな。

 ……まあいいか。あとで弾いた曲はリストアップするとして。


「ちょっとアンタ、早く着替えてくれないと困るんだけど」


 いろいろと考えていると、衣裳部屋の中から顔を出していたスタイリストの湯崎さんに怒られた。


「あ、はい。すみません……。おはようございます」


「はい。おはようさん。今日の最初の服はコレでお願いね」




 まずは一本。演奏をメインで撮影が行われた。

 衣裳部屋で見た服の印象を基に、演奏する曲を組み立てていく。

 派手な服はアップテンポに、シックな服は落ち着いた曲調で、モノクロームにはバラードを。

 何度か撮り直してメドレーを演奏しきった。

 自分の好きな曲というところがよかったのだろうか、最終的にはミスなく満足ができるものに仕上がったと思う。あくまでも自分の基準だけれども……。


「さすが一秋くんね」


 ちょっと不安はあったけれど監督は大絶賛だった。

 他のスタッフさんも、見学者の秋田さんと野花さんも、興奮する者、うっとりしている者さまざまである。

 うーん……、そんなに僕の演奏はいいものなのかな。

 あんまり持ち上げられすぎているせいか、自分で自分を信じられなくなっているというか、まぁその、くすぐったい。


 スタッフみんなで大学の学食でお昼ご飯を摂った後も撮影は続けられた。

 今度は曲ごとに服装を変更しての演奏だ。通しで撮った演奏と同じ強弱、リズム、タイミングでと超絶な無茶ぶりをされたりしたけれど。


「ま、最終的には編集でなんとかするわよ」


 監督のその一言に僕はホッと胸をなでおろした。


「最終的にどんな映像になるのか楽しみね!」


 秋田さんは瞳をこれでもかと輝かせている。

 ちょっと……、そんな目で見られると、肺がお仕事を忘れそうになっちゃいますよ。

 でも確かに……、僕もどんな映像に仕上がるのか楽しみです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る