第67話 帰省
「もしかしてお父さん?」
電話に出る前の僕の呟きが聞こえていたんだろうか。隣に座っている秋田さんが僕の電話の相手を当ててきた。
「うん。盆休みに里帰りするんだって」
僕の言葉に秋田さんが首をひねる。
「……黒塚くん、お盆は実家に帰るの?」
「あれ……? 黒塚くんの実家って、そこじゃなかったっけ?」
野花さんが壁の向こうを指さしている。もちろんそこは隣にある僕の家だ。
そうなんだよね。両親が海外転勤になって僕がここに引っ越したときに、前に住んでいた家は処分してきているのである。
「うん。そうなんですよね……。だから父さんたちが里帰りするって」
僕の説明に秋田さんもようやく納得がいったようで。
「あ、そうなんだ。じゃあ黒塚くんの両親が帰ってくるんだ」
「そういうことになりますね。……だからちゃんと掃除しとけって釘を刺されました」
僕はさっきの父さんとの会話を思い出しながら苦笑してみせる。
「あはは、お客さんじゃないんだから!」
まさにそうである。
とは言え両親は僕が住む家には足を踏み入れたことがまだないのだ。
帰省というより、息子の家という意識が強いのかもしれない。
「ふふっ、それじゃあ黒塚くんのご両親に挨拶しないといけませんね」
僕の親が帰ってくるということで、野花さんがそんなことを言いだした。
ええっと、ご挨拶って、ただのご挨拶だよね? ……お隣さんだしね?
「えええっ!? ごご、ご挨拶って……あれだよね?」
だというのに秋田さんの慌てっぷりが半端ない。どうしたんだろうか……。もしかして、不束者ですがよろしく的な想像をしているんだろうか……。
勘違いとは言え、もし秋田さんがそう考えているとすればなんだか嬉しい。
「それはもちろん、
「……えっ?」
野花さんの言葉に一瞬呆けた表情になる秋田さん。
「すずちゃんは黒塚くんの家で、一緒にご両親を迎えてあげればいいんじゃないですか」
そしてその隙にとんでもない言葉をぶっこんできた。
いやいやいや、それはちょっと……、なんというか間をすっ飛ばし過ぎというか。
もちろん彼女として紹介できればそれに越したことはないんだけども!
「えええええっ!? ちょ、ちょっと……、それはダメだよ!」
……あ、ダメなんだ。……冗談だとは思うけど、こうキッパリと否定されるとショックだなぁ……。
「ほらすずちゃん、ダメなんて言うから黒塚くんがすごく残念そうですよ」
「――ええっ!?」
勢いよく秋田さんが僕を振り返るけれど、ちょっとそんなに見ないで欲しい……。
僕ってそんなに顔に出てたのかな? ダメって言われて残念そうって……。確かにショックはショックだったけれど、もちろん本気にはしてませんよ?
うー、なんとも不覚だ……。表情に出ないように眉間をグリグリしておく。
「ご、ごめんね、黒塚くん……。そういうつもりで言ったんじゃなくて……その」
「いえいえ、こっちこそすみません……、気にしないでください……。野花さんも変なこと言わないでくださいよ……」
「うふふ、ごめんなさいね。……ちょっと二人とも見ていてもどか――いえ反応が面白かったからつい……」
……うん? つい、なんだ。僕はいつものことだけど、秋田さんも野花さんにいじられる人だったんだなぁ。
「それにしても黒塚くんのご両親はいつ帰ってくるのかしら?」
「あー、えーっと……」
野花さんの疑問に、僕はスマホで着信していた父さんからのメールを開く。
電話が終わった後に『忘れてた』と言ってメールが来てたのだ。
「十三日に帰ってくるみたいです。……って来週末か。学校の夏期講習もお盆は休みだけど、十二日まであるし……。うーん……」
まぁ毎日ちょこちょこ掃除しておけばいいかな。夏期講習も午前中だけだし。
「そっかぁ。そういえばお盆はわたしたちも実家に帰ってるね」
あ、そっか。秋田さんと野花さんはちゃんと実家があるか。……そりゃ当たり前だよね。
「そうねえ」
「三時間もかかるから、ちょっと面倒なんだけどね……」
苦笑と共に呟くけれど、野花さんも否定はしていない。同じくらいかかるのかな……?
「そういえば黒塚くんは一人っ子なの? ご両親以外に帰ってきたりはするのかな」
「僕は一人っ子ですよ」
「そうなんだ。……わたしは弟がいるんだけどね、これが小さいころからわたしにべったりで……」
その後は三人でしばらく家族についての話で盛り上がった。
僕の両親は今はイタリアで、海外支社の副社長をやっていると言うと二人とも驚いていた。
どうも両親はお茶目というか、人を驚かせるのが好きみたいで、僕にも副社長ということはイタリア出発前まで教えてくれなかったりする。
空港まで見送りに行ったときに部下っぽい人に『副社長』って言われててびっくりしたくらいだ。
秋田さんの弟はどうもシスコンらしい? 秋田さん本人は言ってないけれど、野花さんが『シスコン』と連呼していた。
高校生で家を出てからマシにはなったらしいけれど、今でも長期休みになるとわざわざ遊びに来ることがあるとか。
僕からは何とも言えません……。
野花さんにはお姉さんがいるとのことだ。だけどもう社会人で自立しているみたいだけれど、モデルさんではないらしい。
でも体形は妹の野花さん本人よりもモデル向きだというから驚きだ。
「それじゃ、今日はごちそうさまでした。美味しかったです」
「黒塚くん、またねー」
僕は秋田さんちの玄関でもう一度お礼を言って、隣の実家へと帰った。
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