第65話 ランチ -Side野花茜-
ようやく八月に入って、私たちにも夏休みがやってきました。
と言っても私は仕事がそこそこ入っているので、そうそう遊んでもいられないんですけど。
でも今日はすずちゃんの家でランチです。もちろん黒塚くんも誘っています。
それにしてもせっかく好きな男の子が隣に住んでいるのに、すずちゃんのヘタレっぷりには呆れかえります。
最近ようやく普段通りに彼と接することができるようになったと思いますが、積極性がまったく足りていません。
今回のランチも、私が先に黒塚くんに話を振っていたから、すずちゃんから誘うのに抵抗が少なかったんでしょうに……。
オープンキャンパスへ誘うのも、黒塚くんのすごかった演奏を餌に、なんとかすずちゃんから誘うように説得できましたけど……。
何か裏から手を回さなくてもよくならないのかしら。
そんなことを考えているとインターホンが鳴りました。
どうやら黒塚くんが来たみたいですね。
「はーい!」
キッチンで料理をしていたすずちゃんが嬉しそうに玄関に返事をしています。
エレベータのないマンションだけあって、モニタ付きドアホンのような便利なものはついていないんですよね。
部屋はリフォームされているのに、そこは残念なところです。
「火は私が見ておくから、愛しの彼を迎えに行ってあげて」
「……もう!」
すずちゃんをからかってあげると、彼女は赤い顔をして玄関へとパタパタ走って行きました。
とりあえず黒塚くんが来たから、もうひとつのコンロに掛けられてある寸胴鍋にも火を入れます。
こっちはパスタを茹でる用のお鍋ですね。
それにしてもすずちゃんもよくやるわねぇ。三種類のパスタを作るなんて……。
全部同じ味でよかったんじゃないかしら。
「こんにちわ」
「いらっしゃい」
挨拶と共にリビングへと入ってきた黒塚くんに、キッチンから声を掛けます。
「黒塚くん! ほら座って!」
「あ、はい。……今日はありがとうございます」
黒塚くんが来た途端にすずちゃんのテンションが上がってますね。
だけど座らせる椅子がよくないですね。黒塚くんの隣に座りたくないのかしら……。
椅子を三つ、テーブルに向かい合うように置くと、一つ隣合わない席ができますけど、そっちに案内しなくても……。
ここはせっかく違う種類のパスタもあることですし、二人を隣に座らせてお互い『あーん』をさせることを私のミッションにしてみようかしら。
「はい、こっちはできましたよ」
フライパンの火を止めて、すずちゃんに三種類目のパスタソースの完成を知らせます。
あとはパスタを茹でて、ソースと混ぜるだけですね。
「ありがとー」
すずちゃんが沸騰してきたお鍋にパスタを投入して、塩をひとつかみ入れています。
「今日はパスタなんですね」
「うん。そうみたいですよ。すずちゃんが張り切ってました」
くすりと笑いながら二人に聞こえるように言ってあげると、すずちゃんがちょっと顔を赤くしています。
「そ……、そうなんですか……?」
黒塚くんは……、戸惑いの口調ですけど、ちょっと嬉しそうですね。
「もうすぐできるから待っててね!」
どうやら茹で上がったみたいです。
すずちゃんがフライパンでソースとパスタを混ぜていますね。一皿を盛りつけ終わって次のソースとパスタを混ぜ始めたあたりで、私も手伝うためにキッチンへと向かいます。
二皿目が出来上がったところで黒塚くんにも動いてもらいましょう。
「黒塚くん、悪いんだけどフォーク出してもらえないかしら」
「あ、はい。いいですよ」
黒塚くんがこちらへ来たのを見計らって、私はテーブルへとパスタのお皿を二つ持っていき、さっきまで黒塚くんが座っていたひとつだけの椅子へと腰かけます。
これでファーストミッションはコンプリートですね。
三つ目のパスタをソースと混ぜているすずちゃんが、フォークのありかを黒塚くんに教えています。
こうやってキッチンで二人並んでいるのを見ると、新婚さんに見えますね……。
「……あれ?」
フォークを持ってきた黒塚くんが、私を見て戸惑っているようですね。
「あ……、す、座って、黒塚くん……」
三つ目のお皿を持ってきたすずちゃんが私を睨んできてますけど、むしろ感謝してほしいくらいですよ?
「おー、美味しそう」
三種類のパスタを見て黒塚くんが驚いていますね。
茄子とトマトのミートパスタ、チキンとほうれん草のクリームパスタ、和風キノコの水菜パスタの三種類ですね。
黒塚くんはパスタに気を取られてそのまま座りましたけど、すずちゃんはなんとなくぎこちないですね。
「……黒塚くんはどれがいい?」
「えーっと……、じゃあこれで」
黒塚くんが選んだのは茄子とトマトのミートパスタでした。
「じゃあ二番目はどれがいいですか?」
間髪入れずに私は黒塚くんに二番目を聞いてみます。
「……え? 二番目ですか……?」
すずちゃんも黒塚くんも小首を傾げていますけど、私のミッションには重要なことですよ?
「うん。黒塚くんの好みは何かなーって思って」
「あー、僕は茄子が好きなんですけど……、うーん。二番目ならクリームパスタかなぁ……」
なるほど。じゃあ私は和風パスタをもらいましょう。
「そうなんだ……。黒塚くんは茄子が、好きなんだ?」
「うん。野菜の中じゃ茄子が結構、好きだよ」
まったく……、どうして二人とも変なところで区切るんでしょうね?
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