第64話 告白

「なんでまた手紙とラインだったの?」


 ラブレターでなかったことにちょっと安心しながらも、やっぱり気になったことを水沢さんに聞いてみた。

 昇降口を出て、学校の銀杏並木を校門に向かって二人並んで歩く。

 夏休みだけあって視界に入る風景の中に他の生徒はいない。


「えっと、……その、……最初は驚かそうと思って手紙を靴箱に入れたんですけど……」


「うん」


 もじもじと項垂れたまま僕の隣を歩く水沢さんの言葉を待つ。


「その、友達に、『もし持って帰ってから読もうとか思われちゃったらどうするの!?』って怒られて……」


「……あははは」


 はい、ごめんなさい。まさにそのようにしようとしていました。

 朝学校に来た時に手紙が入っていれば、休み時間とかにたぶん読むと思うけれど、さすがに帰りはね……。

 真夏の暑い中、もし長文だったらと思うと……。実際は短かったけれど。


「それであとでライン送ったんだ?」


「……はい」


「あははは!」


 読まずに帰ろうとした僕だったけれど、水沢さんのそんな行動に思わず笑ってしまった。


「……もう!」


「ごめんごめん」


 むくれる水沢さんを宥めるように僕も白状する。


「僕も本当は読まずに帰ろうとしてたところだったんだよね……。でも友人が読めってうるさくて……」


 僕の告白に水沢さんが伏せていた顔をこちらに向けて、目を丸くしている。


「そうだったんですね……」


「お互い友人に助けられたね」


 どちらかだけでも助かっていたけれど、そんな正確なところはこの際どっちでもいいよね。


「あはは、そうですね」


 恥ずかしそうに伏せられていた顔が笑顔に変わった。

 僕たちは校門を出て駅方面へと歩いて行く。


「あの……、先輩……」


 意を決したように水沢さんが僕を見下ろしている。

 その目は真剣だ。


「……うん?」


 一体どうしたんだろうか……。そんな真剣な表情をされても……。


「聞きたいことがあるんですけど……」


「聞きたいこと?」


「はい……。あの、先輩って」


 その言葉と共に歩みを止める水沢さん。

 数歩先を行ってしまった僕は振り返って水沢さんの言葉を待つ。


「……モデルをやってるんですか?」


 おおぅ、そうきたか。確かに、雑誌に見知った顔が載っていたら気になるよね。

 もしかして今日一緒に帰ろうって言いだしたのもそれが聞きたかったからなのかな……?


「あー、うん。最近始めたんだ」


 嘘をついてもしょうがないので誤魔化さずに正直に話す。

 周りから言われるのは恥ずかしいんだけれど、これは慣れないといけないんだろう。


「――やっぱり!」


 僕の言葉に一気にハイテンションになる水沢さん。

 そのままの勢いで僕の方に突撃してくると、目の前で両こぶしを握って僕を見つめてくる。


「先輩! とってもカッコよかったです! わたし、すぐにファンになっちゃいました!」


「ええっ!?」


 水沢さんの突然の行動と告白に僕は思わず後ずさる。

 ちょっと待って! ファンって何!? あのアイドルとかを追っかけまわすアレか!?

 いやいや僕はアイドルじゃないし、ただのバイトだし!


「最初に見た時は気づかなかったんですけど、後で読み返してみたらどこかで見たことあるなぁって思って……!」


 水沢さんはそのまま僕の右手を掴んで握り締めると、さらに詰め寄ってくる。


「ええっと、ちょっと待って!?」


 振りほどこうとするけれど、興奮した水沢さんは意に介した様子は見せない。


「黒塚先輩にそっくりだって思ったら、もう気になって気になって!!」


「そ、そうなんだっ!」


 とうとう僕は壁際まで追いつめられる。よりにもよってそこは、全面ガラス張りのアクセサリーショップだ。

 僕は後ろを確認できないけれど、お店の中にいるお客さんからは奇異の目で見られていること請け合いだろう。


「……あ! ご、ごめんなさい……!」


 店内のお客さんの視線で正気に戻ったのだろうか、水沢さんが一歩引いてくれた。


「ああ、うん……」


 女の子に詰め寄られるところを見られるという恥ずかしい思いをしたけれど、逆に全面ガラス張りで助かったのかもしれない。

 危うく逆壁ドンをされそうなところだった……。

 若干の気まずさを残しながらも、僕らは店内のお客さんからの視線から逃げるように再び駅へと向かって歩き出す。

 しばらく無言だったけれど、結局そのまま駅と僕の自宅へとの分かれ道の交差点まで来てしまった。


「あの、黒塚先輩……」


 またねと声を掛けようとしたところで、名残惜しそうに僕を見つめる水沢さんに先を越される。

 その少し潤んだような瞳を向けられて、僕は不覚にもドキリとしてしまった。

 駅方面へ向かう信号待ちをする人々がほとんどだけれど、僕たちはその後方であるパン屋さんの前で立ち止まっている。

 幸いにして信号待ちする以外の通行人の数は少ない。


「……うん? どうしたの?」


 動揺を悟られないように聞き返すと、気分を落ち着けるように水沢さんがひとつ大きく深呼吸をする。

 ……と、歩行者信号が青になった。ぞろぞろと信号待ちをしていた人が、駅方面へと向かって歩き出すのを見た僕は、一瞬だけそちらに視線が行ってしまっていた。


「わたし……、黒野一秋さんのことが好きになっちゃいました。これからもがんばってくださいね!」


 最後まで一息で言い切った彼女は、僕が視線を戻して言われた言葉を咀嚼している間に、背を向けて交差点へ駆け出していた。

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