第63話 夏期講習後は後輩に
夏休みなのに学校に来て受験勉強というのもあまり楽しいものじゃない。
とはいえ受験生なので仕方がない。
これも秋田さんと同じ大学に行くためなのだ。
……などと自分を鼓舞してみる。
「はぁー。……黒塚は、思ったより元気だな」
ため息をつきながら早霧がだるそうに机に突っ伏している。
基本的に夏期講習は午前中で終わりだ。さすがに夏真っ盛りの時期にお昼からの講習はないらしい。
通常授業とは違って、冷房設備のないいつもの教室ではなく、特別教室での夏期講習なのでそこまで暑くはないんだけれど。
かといってガンガン冷房が効いているわけではないので多少は暑いのだ。
「……そうかな?」
冷房の効いてる教室だからじゃない?
暗にそう匂わせるようにしてスイッチが切られたばかりの冷房へと目を向ける。
「……いやまぁそうだけどよ」
早霧も一緒になって冷房に目を向けるけれど、やっぱり暑いのかシャツの胸元をパタパタさせている。
僕は早霧より暑さに耐性があるみたいだ。
今日の夏期講習はもう終わったので、冷房が先生に切られたのだ。このままここにいてもだんだん暑くなってくるだけである。
「まぁここにいても暑くなるだけだし、帰ろうぜ」
まだこの教室のほうが外より涼しいからか、名残惜しい表情で早霧が席を立つ。
もう教室にいる生徒は僕たちで最後みたいだ。
早霧と一緒に教室を出て昇降口へと向かう。
「あー、腹減った。さっさと帰って飯食おう」
ぼやきながら靴を履き替える早霧を横目に、僕も自分の下駄箱を開けると。
「……ん?」
なんだこれ。……手紙? 見た目はかわいらしい封筒だ。
裏返してみるけれど、ピンク色のハートでシール止めされている以外には何も変わったところはない。
ってピンクのハートって……。
「お、なんだそれ。……って、うおおおぉぃ!」
まじまじと観察しすぎたのだろうか、いつの間にか早霧にも覗き込まれていた。
覗き込んだ本人は手紙を見て盛大に叫び声を上げている。
「……なんだよ」
見つかったものはしょうがない。気まずさを紛らわせるように早霧を睨みつける。
が、早霧にはまったく効果がないのか、ニヤニヤとした表情を張り付けたまま僕を面白そうに眺めるだけだ。
「もしかして、らぶれたぁってやつか?」
「……知らないよ」
僕は慌てて手紙をポケットに仕舞うと靴を履き替える。
「なんだよ、読まないのか?」
腕を組んでなおも僕をいじってくる早霧。
なんで早霧の前で読まないといけないのさ。もしラブレターだったりしたらそれこそ恥ずかしいじゃないか。
「帰ってから読むよ」
憤慨しながらそう言うと、早霧が待ったをかける。
「おいおい、それはちょっとどうかと思うぞ」
上靴を仕舞うために向けていた視線を早霧へと戻すと。
「もし今日のお昼にどこどこで待っていますとかいう内容だったらどうすんだよ」
「ええっ!?」
まったく予想していなかった内容に驚くけれど、確かにそれなら相手に悪いような……。
というところで僕のスマホが何かの着信を知らせるように振動する。
悪いことをしそうになったことを誤魔化すように、ポケットからスマホを取り出して確認してみると……。
「あれ? ……水沢さん?」
後輩からラインが入っていた。
『先輩も学校なんですね……。もしよかったら一緒に帰りませんか?』
今日……だよね?
スマホに入ったラインと、ポケットに突っ込んだ手紙を交互に確認してみる。
手紙ももしかしたら今日かもしれないんだよね……。これは益々持って今確認しないといけなくなったぞ。
スマホへの返事は保留にして、ポケットから手紙を取り出すと開封する。
「お、読む気になったか」
早霧の言葉はスルーして手紙へと視線を走らせる。
『先輩も学校だったんですね。わたしも部活で学校なので、もしよかったら一緒に帰りませんか。――水沢』
「……ん?」
「うん?」
僕の疑問に早霧も追従する。
というか差出人がスマホに着信があった人物と同じだったのだ。しかも内容まで同じだ。
「あっはっはっは! そうかそうか、んじゃ俺は先に帰るわ」
内容を覗き見した早霧が何かを悟ったらしく、そう言い残してさっさと帰ってしまった。
「あ、ちょっと……!」
声を掛けるけれど、聞こえないふりをしてそのままスタスタと行ってしまう。
当の水沢さんはまだ姿が見えないし、なんとなく追いかけるのも憚られる。連絡したのに無視して帰っちゃったなんてことになりかねない。
「はぁ……、まぁしょうがないか。別に嫌ってわけじゃないし……」
スマホを取り出してラインに返事をする。
『じゃあ昇降口で待ってます』
送信っと。
「黒塚先輩!」
送ったと同時に声を掛けられた。なんというタイミングだ。
振り向くとそこには手紙とラインの相手である水沢さんが、学校指定のジャージ姿で息を切らして立っていた。
「やぁ。部活おつかれさま」
そんなに慌てなくてもいいのに……。
僕は苦笑しながら水沢さんに近づいていく。
「あ……、先輩も、お疲れ様です」
走ったためか上気して赤くなった顔をした水沢さんが、切れ切れになりながらも僕に笑顔をくれた。
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