第62話 スタジオでの一幕
「一秋くん。いいわねー」
もう何度目かになるスタジオでの撮影に僕はようやく慣れてきたところだ。
降り注ぐスポットライトの下、僕はカメラを向けられている。
「周りの評判もいいのよー。がんばってね」
普段の僕なら、この監督の言葉に恥ずかしくなるところではあるが、舞台に立っている間は別だ。
気分が高揚している僕はさらに気合が入るのだ。
「ありがとうございます!」
「はは、一秋もちょっと板についてきたんじゃねーか?」
隣に並ぶ響さんが僕を横目で確認しながら感心している。
「そ、そうですか」
うう……、さすがに本物のモデルさんに褒められるとちょっと恥ずかしいかも。
顔が熱くなるのを感じるけれど、今はカメラの前にいるので恥ずかしがってもいられない。
キリっとした表情を維持しながらカメラに顔を向ける。
「そうそう、そういうところとかな」
セリフと一緒に僕の頭をくしゃくしゃっと撫でつけると、そのままウリウリと言わんばかりにヘッドロックをかけてきた。
ちょっ……! 撮影中にいきなり何するんですか!?
「おっ、いいね! 響くんそのまま続けて!」
と思ったらカメラマンさんもノリノリでシャッターを切っている。
「ははっ!」
みんなとっても楽しそうだ。
そんな雰囲気につられて僕も自然と笑みがこぼれた。
「ああそうだ、一秋くん」
スタジオ内でモデル仲間である菜緒ちゃん、響さん、千尋さんの四人でお昼ご飯をつついていると、監督から声を掛けられた。
「ふぁい?」
僕はフォークを咥えたまま振り返る。
ちょうどオムライス弁当を口に入れたところだったのだ。
「はぁ~、一秋くんってどうしてそんなにかわいいのかしら」
そんな僕を眺めていた千尋さんからそんな声が漏れる。
「小動物みたいよね」
ふふっと笑いながら菜緒ちゃんも僕を評している。
響さんは苦笑気味だ。
「今度そこの大学のスタジオ借りて一秋くんの撮影やるからよろしくね」
「えっ? あ、……はい」
とりあえず返事はしたけれど、大学のスタジオを借りて? 一体何を撮影するんだろう。
ってそこの大学ってことは藤堂学院大学のことだよね。あそこのスタジオって外部からも借りれたんだ。
「八月入ってからの第一水曜日だけど大丈夫かしら?」
今はまだ七月だ。秋田さんに聞いたけれど、大学は八月から夏休みに入るらしい。
ってことは夏休み期間中は大学もちょっと余裕ができるってことなのかな。いやまぁ、普段の講義でどれだけスタジオ使うか知らないけど。
幸いにして水曜日であれば僕の学校の夏期講習もないし問題はない。
「はい、大丈夫ですよ。学校の夏期講習も休みですし」
「……そうだったわね。ごめんね、受験生なのに」
なんだか申し訳なさそうにする監督だけれど、むしろ毎日勉強ばっかりしていても疲れるだけなのでありがたいです。
「大丈夫ですよ。少なくても勉強の気分転換にはなりますから」
苦笑しながらそう告げると笑顔を見せてくれる監督。
「そう? 誘った私としてはそう言ってもらえると助かるわ」
「あ、ところでそれって僕だけなんですか?」
ふと思った疑問に監督は他の三人も見回してから。
「ええそうよ。写真じゃなくて、動画メインだからよろしくね」
そう言って口角を上げると、面白くなってきたと言わんばかりの表情を浮かべている。
――って、ええっ!? 動画メインってどういうこと!?
ちょっと、今までにないパターンなんですけど……。
「はい!」
動揺している僕を他所に菜緒ちゃんが勢いよく手を上げた。
「はい菜緒ちゃん」
ノリよく監督もそんな菜緒ちゃんを指さしている。まるでどこぞの教師みたいだ。
「私も見学してもいいですか!」
その言葉に何やら納得の表情を見せる監督。
「ああ、そう言えば菜緒ちゃんの通ってる学校だったわね。もちろん見学してもいいわよ」
「おお、ちょっと俺も興味あるけど、生憎とその日は別の仕事入ってるなぁ……」
「……あたしもー」
スマホでスケジュールを確認していたのか、響さんが苦笑いしながら後頭部をポリポリとかいている。
千尋さんは唇をとがらせてぶーたれていた。
「ふふっ、残念でしたー」
そんな二人を菜緒ちゃんがからかっている。
「時間は昼一からだけど、また詳しい場所と時間は連絡するわね」
「あ、はい」
「じゃあよろしく」
そう言って監督は行ってしまった。
「一秋も一気に出世したなぁ」
スマホから顔を上げて、僕をニヤニヤした表情でからかう響さん。
いやいや、何をおっしゃいますか。
「そうねぇ。さすが一秋くんだわ」
その場の雰囲気に千尋さんも乗っている。
菜緒ちゃんも乗ってくるかと思いきやなぜかドヤ顔になっている。
「ふっふーん。私が見つけたのよー」
あ、そっちですか。
「正確に言うと、私と友達で、だけどね」
菜緒ちゃんの言葉に僕も苦笑いになる。
一瞬思い出した記憶は、着せ替え人形にされた三人でのデート? だった。
「あはは……」
「あ、そうだ一秋くん」
乾いた声を上げていると、菜緒ちゃんが何かを思いついたような表情になると。
「また三人でランチしましょうね」
ニコリと僕に笑いかけるのだった。
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