第四章
第61話 終業式
「明日から夏休みに入るけど、受験生ということを忘れないようにしなさいね」
担任の久留米先生の声に生徒たちがまばらに返事をしている。
今日は終業式だ。待ちに待っていた夏休みが来るけれど、残念なことに僕たちは高校三年生で受験生だった。
進学校であるこの御剣高校の生徒はほぼ進学する。なので夏休みと言っても受験勉強が待っているのだ。
「そしてあなたたちにとって残念なお知らせがあります」
先生の言葉に生徒たちから「えーーー」という不満の声が上がる。
まだ内容を言ってないけれど、とりあえずと言ったノリなんだろうか。
「三年生は八月二十一日から通常授業が始まりますので、次の登校日を間違えないようにしてください」
「「「「えーーーーーっ!!」」」」
だけど次の残念な内容に生徒たちが一斉に不満の声を上げた。
僕も思わず言ってしまったくらいだ。
確かに進学校だけど夏休みまで短いのはなんだかヤダなぁ。実質の夏休みは一ヶ月かぁ……。
「では解散!」
夏休みが短いという残念なお知らせはあったが、先生のいつもの号令でこうして夏休みが始まった。
「なぁ……、夏期講習受けるやついる?」
解散を告げられてすぐの教室で、いつものメンバーが集まっていた。
そんな中で、早霧が僕たちを見回して一枚のプリントをひらひらさせている。
学校で行われる夏期講習の案内プリントのことだ。さすが進学校らしく、夏休み期間中も学校で勉強を教えてくれるらしい。
しかもタダというところが大きい。毎日行われるわけではないが、塾や予備校へ通うことを考えると悪い選択肢でもないように思う。
特に僕にとっては金銭面での負担がないというところが非常にありがたいことだ。
バイトを始めたとは言え、それを塾などの費用に回せるほど余裕はない。というかバイト代を塾に充てるとかヤダ。
「うーん……、僕は受けてみようかなぁ……」
「おー、黒塚っち受けるんだ。私は予備校の夏期講習なんだよね」
「オレは塾の夏期講習だねぇ」
「私も塾だよー」
「んだよ、結局みんな夏休みは受験勉強か」
みんなの回答を受けて早霧が面白くなさそうにボヤいている。
もしかして遊ぶ気満々なんだろうか。早霧も受験生だよね……?
「あー、俺も受けるかなー」
うん。よかった。早霧も受験生っぽい。
ため息とともに呟いた言葉に僕はちょっと安心する。今から受けるとなれば、学校の夏期講習だろう。
いつものメンバーの誰かひとりでもいれば、面白くない学校の夏期講習でも多少は行く気になれる。
「……ねぇ、みんな大学決めた?」
ホッと胸をなでおろしていると、霧島が進学先の話を振ってきた。
僕は一応決めたけど、確かにみんなはどうなのかな。ちょっと気になるかも。
「あー、いくつかには絞ったけど……、まだだな……」
次々にみんなから候補の大学が上がるが、まだ決定はしていないようだ。
だいたいが情報系だね。みんな行くところは似たようなところかなぁ。
でも僕と同じ大学はその中には上がっていなかった。
「黒塚くんは?」
「僕は藤堂学院大学かな」
僕の言葉に黒川と早霧が首をひねる。
「藤堂学院大学? モールの裏手にある大学だよね」
冴島が二人の疑問に答えるようにして言葉を続ける。
「あそこって確か、デザイン系の学校じゃなかったっけ?」
引き継いだのは霧島だ。だけどその言葉に、ひねられていた二人の首は反対側に向いただけだった。
「デザイン? ……って、モデルのほうかな」
ちょっと悩んでから納得したのか、首の位置を元に戻している黒川。
「違うよ……。僕が受けようと思ってるのは、デザイン情報学部のメディア学科」
「「「「メディア学科?」」」」
訂正した僕の言葉に四人の言葉が重なる。
理系クラスにおいて『メディア』というものに接点がないわけではないだろうが、四人にはピンとこなかったらしい。
少なくとも音楽や動画などのネット上のコンテンツなどに興味のある四人ではない。
いや世間一般的には利用しているとは思うけれど、自ら発信するという発想には至っていないはずだ。
早霧と黒川は運動寄りだし、霧島は料理部ということもあってなんとなく家庭的なところがある。
冴島はパソコン部だけど、個人でプログラミングとかしてるって話だし、なんとなくジャンルが合わないのかも。
「ほら、デザインって言っても服とかだけじゃなくて、ウェブページのデザインとかもあるよね」
「あー、そっちのほうね。メディアって情報を指す場合もあるし」
「ふーん……。黒塚っちはそっちなんだ」
何やら納得する三人ではあったが、早霧は何か考え込んでいるようだった。
だけど、ふと顔を上げて僕を見ると。
「うーん……、黒塚はどっちかっていうと……、音楽方面じゃないのか?」
何かを思い出したのか、その口角がニヤリと上がっている。
あー、そういえば早霧には白鍵盤だけでねこふんじゃったを披露したことがあったっけ……。
「そうなの?」
ちょっと聞いてませんよとばかりに詰め寄ってくる黒川。
「あー、うん。……ちょっとした趣味だよ」
「そうなんだ……。黒塚くん、何か楽器弾くの?」
「僕はピアノとかキーボードとかだね」
質問に何気なく答えただけなんだけれど、僕の回答になぜか黒川の表情が変わった。
そう……、嫌な予感を感じさせるニヤニヤしたやつだ。
「へぇ……、そうなんだ。……じゃあ黒塚っち、文化祭は任せた!」
身構えた僕に告げられた言葉は、夏休み明け最初の学校行事だった。
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