第44話 ライバル
「では解散」
チャイムが鳴り、中間テスト最後の試験が終わった。そしてホームルームで担任の久留米先生が非日常の終わりを告げている。
明日からはいつもの日常が戻ってくるはずだ。
季節も六月に入り、じめじめとした湿気と機嫌の悪い天気が続いている。
「終わったー!」
「よーし、遊びに行くぞー!」
天気は悪いが生徒たちの心は晴れやかだ。
返ってくるであろう答案用紙に再び心を曇らせることもあるだろうが、今はこの開放感を満喫すべくはしゃいでいる。
「黒塚っちはこのあとヒマ?」
さっそく黒川が声を掛けてきた。手には今日発売のファッション雑誌が握られている。
表紙に記載されている『サフラン』の文字に一瞬ドキッとするも、僕が掲載されるのは今月下旬に発売される号からだったことを思い出して気分を落ち着ける。
「もちろんヒマだよな?」
みんなの言う通り、確かに予定は入っていない。……入ってはいないんだけど、もうちょっと誘い方というか、何かあると思うんだけど。
「あー、うん。予定は入ってないね」
「よし、じゃあ行こうか!」
なぜか今日はいつものメンバーがノリノリだ。
これも中間テスト効果なんだろうか。
……いや違うな。こういうノリはいつも通りだ。
「はいはい」
鞄を掴んで立ち上がると、僕はいつもの四人に連れられるようにして教室を出る。
なんだか逃げられないように四方を囲まれてる気がするんだけれど、気のせいだよね……?
そのまま昇降口で靴を履き替えて外に出ると、入口にどこかで見たことのある女の子三人組がいた。
「あ、黒塚先輩!」
僕たちに気が付いた真ん中にいた女の子が声を掛けてきた。
「あれ、
他には
「黒塚先輩」
「こんにちわ」
「あ、うん。こんにちわ。……久しぶりだね」
水沢さんが一歩踏み出してきて、僕より少し高い位置から見下ろしてくる。
「こんにちわ。黒塚先輩はこれからどこか行くんですか?」
「あ、うん。友達に……連れられて遊びに」
なんとなく『一緒に』というより『連行』に近い気がして一瞬言いよどんでしまう。
「あ、そうだ、あなたたちもどう? 私たちと一緒に遊びに行かない?」
霧島が珍しく三人を誘っているけれど、どういう風の吹き回しだろうか。
他の三人もなぜかニヤニヤしているし、よく見れば水沢さん以外の後輩二人もニヤニヤしている気がする。
「えっ? あの……、いいんですか?」
そんな周りの反応に気付いた様子のない水沢さんが、意外そうな顔で霧島の顔を見ている。
「どうぞどうぞ。大勢の方が楽しいよね」
ニコニコ顔の冴島も霧島の提案に異論はないようだ。
「じゃあ……、わたしたちも混ぜてもらいましょうよ」
「そうだね」
沢渡さんと保澄さんが、それぞれ水沢さんの肩を両方から掴んで僕の前に押し出してくる。
「えっ? あ、そうね……。黒塚先輩……、わたしたちもいいですか?」
「あ、うん」
なんとなく作為的なものを感じないわけではないが、だからと言って断る理由もない。
「おう、じゃあ決まりだな」
早霧の掛け声とともに僕たち八人はぞろぞろと駅へと向かうのだった。
「黒塚先輩、ここのハンバーグおいしかったですね」
「そうだね……」
僕の隣に座る水沢さんが僕にニコニコしながらお昼ご飯の後のお茶を飲んでいる。
ここはモール内にあるハンバーグ専門店の四人のボックス席だ。向かい側にいるのは隣と同じく後輩の二人である。
通路を挟んだ反対側のボックス席からは、ニヤニヤとこちらを眺めるいつものメンバーが座っている。
八人いるから四・四で分かれるのはわかるんだけれど、やっぱり何か作為的なものを感じずにはいられない。
――いやもちろん僕たちが五人の時点で誰かがあふれるのはわかるし、八人いるのに六人席を混ぜて薦めてくる店員さんがいないのもわかるんだけど……。
「そういえば黒塚先輩って、料理するんですよね……?」
「ああ……、うん。一応自炊はするよ」
眉間に寄った皺をもみほぐしながら、僕は隣からの疑問に答える。
「ハンバーグも作ったりします?」
「うーん……、そういえばハンバーグは作ったことないかも」
僕は作った料理を思い出しながら答えるけれど、確かにハンバーグを作った記憶はない。
そもそも自炊するようになったのは引っ越して一人暮らしをするようになった高校三年からだ。
まだまだ作ったことのある料理というのは少ない。
「えっ、そうなんですか……。先輩ってどんな料理作るんですか? やっぱり和食とか……?」
「うーん……、特定のジャンルしか作らないってことはないけど……」
なんというか口で説明するより見てもらったほうが早いかな。
僕はスマホを取り出すと最近作った料理の写真を表示して、隣の水沢さんに見せてあげる。
前に一度、秋田さんからどんな料理を作っているのか見せて欲しいと言われたときに撮って以来、何となくおいしそうにできたものは写真に撮るようになっていたのだ。
「……すごい美味しそうです! あの、……他の写真も見せてもらってもいいですか?」
「うん、いいよ」
ちょっと恥ずかしそうに僕にお願いする後輩に微笑ましいものを感じた僕は、笑顔で自分のスマホを差し出す。
「あ、ありがとうございます。……うわー、黒塚先輩すごいです」
「ちょっと、蛍だけずるい! 私たちにも見せてよー」
そんな僕たちを見ていた向かいに座る後輩二人も騒ぎ出す。
「あはは、どうぞどうぞ」
まぁ確かにそうなるよね。
僕は苦笑いしながらも三人に料理写真を見せてあげることにした。
僕の隣にいる水沢さんが、若干テーブルに乗り上げるようにして三人固まって僕のスマホを眺めているが、僕からはスマホの画面は見えない。
「あ、これも美味しそう!」
「へぇー」
などとわいわい言いながら僕のスマホを眺めていた三人だったけれど。
「――っ!!?」
「「わーお」」
急に水沢さんが黙り込んだかと思うとその動きを止め、テーブル向かいの二人は目を丸くした後、水沢さんに憐憫の眼差しを向けている。
「……どうしたの?」
一体なにがあったんだろうか。何か変な写真でも……、ああ、そういえば出来の悪かった料理写真も撮ったっけ。
笑いのネタになるからって。もしかしてそれなのかな?
変な写真は他に撮った覚えがないのでそれ以外には思いつかない。
「いやー、これは蛍も敵わないんじゃないかなと思いまして……」
「あー、うん、そうねぇ。……でも、がんばって蛍!」
なぜか二人で水沢さんを励ます流れになっている。
僕の料理ってそんなにすごく見えるんだろうか。……それとも水沢さんがそんなに得意じゃないとか?
いやまぁ、だからって僕に勝てたからどうしたんだって話なんだけど。
「……うん。……先輩、見せていただいてありがとうございます」
予想外に気落ちした水沢さんから、待ち受け画面に戻った僕のスマホが返ってきたのだった。
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