第43話 手料理
「別に全部の文字使わなくてもいいんだよ」
そう言うと秋田さんはどこかからか紙とボールペンを取り出して、僕の名前を平仮名とアルファベットで書いていく。
三人でその紙を覗き込みながら「うーん」と唸るが……。
「ちさと……」
「リコリス……」
「――ええっ!? ちょっ、それどっちも女の子の名前ですよね!? しかも片方日本人っぽくないですし!?」
紙を凝視していた顔を上げて思わず二人を見比べる僕。
むしろ懸命に女の子の名前を考えているような気さえしてくる。
「ええー、かわいいのにー」
そんな二人に抗議する僕に不満顔をする秋田さん。隣の野花さんもいたずらっぽく笑っているだけで否定はしてくれない。
なぜだ。
「いやいや、ちゃんと男っぽい名前にしてくださいよ!」
「それは面白くないじゃない」
「面白さは求めてないんですけど!」
「あ、じゃあさ、秋田茜とか?」
「それなら野花すずもいいですね」
「ちょっと! 僕の話聞いてる!?」
もはや僕の名前が使われなくなっている。思わず口調が砕けてしまったけれどしょうがないと思う。それにしてもアナグラムとはなんだったのか。
思わず椅子から立ち上がった僕に視線を向ける二人だったけれど。
「もー、黒塚くんってばわがままだねぇ」
「そうですよ。せっかく考えてあげてるのに」
「えええっ!?」
いつの間にか僕が悪いことになっている事実に、ため息とともに机の上に突っ伏してしまう。
……えーっと、もう好きにしてください。……あとで自分で考えようかな。
「あ、そうだ。どうせなら三人の名前を混ぜて……、
「あ、いいですねそれ」
いつの間には逸れていた話が戻っていることに気付いて顔を上げると、そこには笑顔で僕を見つめる美人顔が間近に二つあった。
どちらもすごく整った顔をしている。秋田さんの桜色の艶のある唇に視線が吸い寄せられ――。
「――っ!?」
ビックリして突っ伏していた机から起き上がると、距離を取るために椅子にもたれかかる。
なんだかよくわからなかったけど……いろいろと危なかった気がする……。
やけに大きく早く聞こえる心臓の音を意識しつつ、改めて二人の顔を窺う。
「ねぇ、どうかな?」
「……え、……うん、いいと思います……よ?」
えーっとなんだっけ? 確か僕の雑誌に載せる名前を考えていたんだっけか。
「ホント?」
「……うん」
あー、そういえば……、
この時の僕はもう、女の子っぽい名前じゃないだけで満足だった。
「やったね!」
「ほらほら、忘れないうちに店長さんにメールしておいたら?」
秋田さんに言われるがままに、テーブルに置いてあったスマホを手に取ると店長さんにメールを打つ。
僕はため息をひとつつくと、とりあえず名前問題に決着が着いたことに安堵する。
「名前決まってよかったね」
いたずらっぽい笑顔で言うのは野花さんだ。
「えーっと、うん……。ありがとうございます」
確かに決まったのは二人のおかげでもある。釈然としないものを感じるものの、お礼は言っておかないとね。
「よーし、じゃあお昼ご飯にしよっか」
「はーい」
安心したからかお腹が空いてきた。そういえばお昼ご飯にお呼ばれしたんだった。
料理は手伝えなかったけれど、配膳は僕も手伝うことにする。
ご飯にお味噌汁、野菜炒めにサラダとごく一般的なお昼ご飯だ。すごく美味しそう。
「じゃあ座って」
秋田さんの言葉に三人とも椅子に座ると。
「いただきます」
僕はまずお味噌汁を手に取ると、ふーふーと冷ましてから一口啜る。
「……美味しい」
そういえばこれ、秋田さんの手料理なんだよね……。
改めてテーブルの上に並べられた料理を眺めて、向かいに座る秋田さんの顔を窺うと。
「そう、よかった」
そこにははにかんだ様子で笑顔を浮かべた顔があった。
「よかったわねぇ」
そんな秋田さんに野花さんが声を掛けると、途端に秋田さんの顔が赤く染まる。
「ちょっと、茜ちゃん……、これは違うから!」
何かを懸命に否定しているようだけれど、一体何のことだろう。
二人には何か思うところがあるらしい。
けどまあいいか。秋田さんの手料理はおいしいし。
僕は深く突っ込まないようにして黙々とお昼ご飯を食べるのだった。
お昼ご飯を食べ終わり、今は自宅に戻って試験勉強をしている。
あのあとデザートのプリンまで出てきて、しっかりと完食した。もちろんとても美味しかったです。
秋田さんって普段お菓子も作るのかーと感心してしまったほどだ。
そのとき、勉強机の上に置いてあったスマホがメールの着信を告げてきた。
ふと目に入った差出人は『サフラン』の店長さんだ。
なんだろうと思ってスマホのメールを開くと。
『
と一文があったので、「よろしくお願いします」と返事をしておいた。
店長さんからも了承が得られたし、これで大丈夫かな。
などとこのときは安易に考えていたのだった。
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