第40話 体育祭のあと
「おはよう」
翌朝、僕はいつものように学校に登校して教室に行くと、いつものように挨拶をして自分の席へと向かう。
最近自分の席が誰かに囲まれてることが多かったけれど、今日は普段通りに誰にも囲まれていないようだ。
安心して鞄を机に引っ掛けて自分の席に座る。
「おう、黒塚。おはようさん」
「おはよう、黒塚くん」
先に来ているいつものメンバーも挨拶をしてくれる。
黒川は朝練だろうか、この場にはいないようだ。
「はー、今日から普段通りかー」
早霧が、気だるげそうにぼやいている。先週で体育祭が終わったので、今日から普段通りと言えばその通りだ。
周囲の喧騒もあるが、僕は誰に反応するでもなく昨日のことを思い出していた。
――撮影が終わった後、気が付けば家に帰っていた。
楽しくなってきたと感じ始めてから、思ったよりテンションが上がっていたらしい。
普段の自分を思えば、頭を抱えてベッドの上をゴロゴロしたくなるような恥ずかしい事もやった気がするが……。
今思えばちょっとした満足感もあるように思う。
でも、冷静になれたのは帰宅してからだったのだ。
直近でも体育祭でダンスを踊ったからか、人前でパフォーマンスをすることに抵抗感がなくなっていたこともあるかもしれない。
実際にダンスの練習開始直後は、なんとなく気恥ずかしくてうまく動けていなかったと思う。
それが休み時間で周囲に他の生徒がいる中でも、「ここってどうだっけ?」と恥ずかしくもなく踊りの確認ができるようになったのだ。
そう考えると、菜緒ちゃんとの撮影も、普段より抵抗感が薄れていたに違いない。
「まぁ……、終わったものはしょうがないよね」
最後に着てた服ももらっちゃたし……。
「そうだね……。オレたち三年最後の体育祭が四位に終わるなんてね」
冴島が僕の言葉に同意してくれているけれど、そういうことじゃない。
確かに僕たち緑チームが四位だったのは残念だったけれど。
「あー、次は文化祭か?」
「文化祭の前に夏休みだろ?」
「その前に中間テストだねー」
「おいおい、嫌なこと思い出させるなよー」
次々に言葉が飛び交うが、それもいつもの光景だろう。
僕には昨日までの出来事が夢だったのかとふと思うのだった。
「はーい。体育祭が終わったら次は中間テストよ。気を抜かないようにがんばること」
本日の授業がつつがなくすべて終わり、ホームルームの時間である。
担任の久留米先生が生徒たちの気を引き締めるように注意事項を述べている。
来週末にはもう中間テストが始まるのだ。先生が言うように気を抜いていられない。
「では解散」
とは言え生徒全員が全員ともに気を抜かずにいられるわけでもない。
黒川が今日は珍しく例のファッション雑誌の最新号を広げて睨めっこしている。
「もしかしてモールに行くの?」
霧島が声を掛けているけれど、もしかして今から行こうとでも言うのだろうか。
「うーん。ちょっと悩んでるのよね。せっかく体育祭が終わったところだけど、もうすぐ中間テストだし……」
などと言いながらなぜ僕の方をちらちらを見てくるんですかね。
しかも雑誌を見せて来なくてもいいです。
僕は大きくため息をつきながら、やっぱり昨日のことは夢じゃなかったと実感する。
雑誌に写る菜緒ちゃんはとってもかわいかったのだ。こう実物の写真を見せられると「気のせい」だとは思いこめない。
「……黒塚っちも行く?」
「あー……、僕は帰って勉強するよ」
「ほいほい」
さすがに昨日の今日でもう一度行く気にはなれなかった。
お店には顔を出してはいないけど、監督――店長さんには会ってしまいそうだ。
昨日はテンションが高かったかもしれないけど、今会ってもどう対応していいかわからない……。
隣に住んでいる野花さんが実はモデルさんだった――という話は、僕からは広めるつもりはない。
特に止められてはいないけれど、「何で知ってるんだ」ということになれば僕は返答に困ってしまう。
あ……、そういえば秋田さんはこのことは知っているみたい。
「じゃあまた明日」
「バイバイー」
僕は鞄を掴んで教室を出る。
野花さんも結局、体育祭――秋田さんの話を振ってくることがなかった。
もし秋田さんが見に来ていたのであれば、友人の野花さんに話していると思うし、話題にされると思っていたんだけれど。
……つまりそういうことなんだろう。
昇降口で靴を履き替え、銀杏並木が続く学校の校門までの道を歩く。
いつまでもうじうじ悩むのはやめだ。誰も見ていないんだから来ていないんだろう。
それに見に来ていたんであればきっと僕に教えてくれるはずだ。
いつものようにスーパーに寄ってから自宅のあるマンションへと帰ると、エントランスを通り抜けて階段を上がる。
五階に上がったところで、ちょうど家を出たのか、隣人の姿が見えた。
「「――あ」」
秋田さんだ。
ばったり会ってしまったからか、秋田さんが目を見開いて僕を凝視している。
えーっと、あーっと、……体育祭見に来てくれました?
――いやいやいや、僕は何を聞こうとしているんだ。自意識過剰にもほどがあるだろう。
僕はたかが隣に住んでるだけのただの男子高校生だ。
そうじゃなくて、学校から帰ったんだから挨拶をしないと。
「た、ただいま」
ようやくひねり出した僕の言葉に、なぜか秋田さんが顔を赤くして俯いてしまうのだった。
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