第39話 撮影本番

「……僕が?」


 自分を指さすと。


「うん」


「……コレを?」


 差し出された衣装を指さすと。


「うん」


 間違いないと言わんばかりに二度も頷かれた。

 本当に間違いではないらしい。


「――えっ!?」


「早く着替えな。あっちに着替えスペースがあるから早く」


 と言って着替えの衣装をハンガーごと渡され、部屋の隅にあるカーテンを指さしている。

 まるで『GO!』とでも言っているようだ。


「早く終わらないと皆帰れないんだよ」


 なんですと。そう言われたら抵抗しづらいじゃないか……。

 まぁ過去の経験から、こういうことは成り行きに任せるしかないとなんとなく諦めがついているけれど。


「むぅ……」


 それにまぁ、仕事だしね。聞いてないだけであって、絶対に嫌というわけでもない。

 ここで考えていてもしょうがない。仕事が終わらないと僕も帰れないんだし。

 衣装を持って部屋の隅のカーテン内に入るとさっそく着替える。


「アンタ靴は何センチだい?」


 着替えている最中に、カーテンの外からスタイリストさんの声が聞こえてきた。


「えっと、二十五センチです」


「ほい。じゃあこっちの靴を履いて出てきておくれ。動き回るわけじゃないから、多少のサイズ違いは我慢しておくれよ」


「わかりました」


 着替え終わってカーテンを開けると、用意されていた靴を履く。特にサイズは問題ないようだ。


「うん。いいね。ちょっとこっち来な」


 スタイリストさんの前である鏡の前を指さされたので、大人しく指定の場所へと移動する。

 と、さすがプロである。

 みるみるうちに僕の髪型が整えられ、服装の乱れが正されていく。


「おっと、そうだ。私はスタイリストの湯崎ゆざきあやだよ。アンタは?」


「僕は黒塚くろつか誠一郎せいいちろうです」


「そうかい。今後ともよろしく。――それじゃ行こうか」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 言葉を挟む暇もなく次々と進めていく湯崎さん。さっさと部屋を出て行くので慌てて僕も後を追った。

 反射的に返事をしてしまってけれど、今後ともっていうことは……、今後もあるんだよね?




「おおー、黒塚くん……、カッコいいね!」


 スタジオに戻ると、早速菜緒ちゃんに褒められた。

 他のみんなの反応も悪くないようだ。

 うん……。改めて『菜緒ちゃん』と心の中で呼んでみたけど、あんまり違和感ないかも。

 メイクするとホントに別人だし、案外野花さんとキッチリ呼び分けられるかもしれない。


「来たわね。じゃあ黒塚くんはあっちね」


 監督に指定された場所は、もちろん照明で眩しく照らし出された舞台の方だ。


「……やっぱり僕、撮られるほうなんでしょうか」


 無駄とは思いつつも恐る恐る聞いてみる。


「ふふ。驚かそうとは思ってたけど、本当に嫌なら止めてもいいのよ?」


 ……えーっと、正直言うと嫌というか、戸惑いのほうが大きいのかな。

 でもちょっと、興味があるというのもホントのところ。


「……いえ、大丈夫です」


「そう。ありがとう」


 意を決して僕は、菜緒ちゃんの待つ撮影セットへと向かう。

 いつもいじられてばっかりの僕だけど、これで変われたらいいなと期待を込めて歩く。

 いじられるのが嫌ってわけじゃ……いややっぱり遠慮願いたいけれど、それはそれでいつもの安心するやりとりでもある。

 ただ、そういう周りの友人に、一度でもぎゃふんと言わせてやりたいという願望がないわけでもない。


「黒塚くん、がんばろうね」


 側まで来た僕に、改めて笑顔で声をかけてくれる菜緒ちゃん。

 ああ……、そうか……。

 前に言ってた「一緒に頑張りましょうね」って、こういうことだったのか……。

 まったくもって忘れていた言葉だけれど、菜緒ちゃんにかけられた言葉で急に思い出した。

 裏方とモデルでも一緒に仕事はしてるけど、こっちの方がしっくりくるよね。


 パシャッ


「うわっ!」


 物思いに耽っていると、いきなりフラッシュが光った。


「はっはっは! 不意打ちでも撮るから変な顔撮られたくなかったら気をつけろよ!」


「ふふふ」


 カメラマンの神原かんばらさんがどうやらいきなりシャッターを切ったようだ。

 そこからは怒涛の撮影が始まった。

 ポーズや表情など指示がたまに飛んでくるけれど、そのタイミング以外でシャッターが切られることが多い。

 あとは小物がちょくちょく出てくる。

 テーブルとイスはもちろんのこと、夏の海定番のパラソルや、何に使うのかよくわからないものも出てきていた。

 何でも試してみて数撃てばみたいなものだろうか。僕みたいな素人にはそれしかないのかもしれない。


「はーい、じゃあ二人で並んでみようか!」


 そしてもうひとつわかったことがある。

 それは、菜緒ちゃんに躊躇いがないということだ。

 神原さんや監督の指示がないときでも、僕によくくっついてくるのだ。

 撮影した写真としてみれば、そういう写真の方がよく見えるということなのだろうか。

 僕にはよくわからないけれど……、どちらにしろ、こう綺麗な人に近くに来られると、ドキドキして仕方がない。

 しかも写真に撮られているのだ。恥ずかしさがこみ上げてくる。


「ほらほら、黒塚くん。表情が硬いぞー」


 菜緒ちゃんに頬をつつかれるけれどそれどころじゃない。


「あ……、うん……」


「ほれほれー」


「やめへふらさい」


 というか頬を引っ張らないで欲しい。そしてそんなところを撮らないで欲しい。

 でもだんだんと慣れてきたような気もする。……ちょっと楽しくなってきたかもしれない。

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