第14話 おすそ分け

 お昼のカレーは最高に美味しかった。

 思わずおかわりをしてしまったほどだ。


 ちょっと休憩してからおすそ分けに行こうかな。

 お昼ご飯が終わって片付けて休憩中あたりが、家を訪ねるにはちょうどいいだろう。


 自炊しているとおかずが余ったりするのでタッパーが必須だ。

 なんにしろ空きタッパーが二つ以上あってよかった。サイズも似たような大きさだし、これなら問題ないだろう。

 鍋からカレーをおたまでタッパーへと詰めていく。それほど熱くはないが、まだまだ温かいままだ。

 そろそろ持って行こうかな。


 カレーを詰めたタッパーをひとつ持って野花さんの家へと向かう。

 空き部屋をひとつ隔てた向こう側なので、たどり着くのも一瞬だ。

 一瞬だけ躊躇するが、家の前でうろうろしているだけのほうが不審人物になることは自覚しているので、すぐにインターホンを押す。


 秋田さんの家とは違って、野花さんの家は留守だったことがないので何となく安心できる。

 ピンポーンという軽快な音と共に「はーい」という掛け声が聞こえてきた。

 よかった、ちゃんといるみたいだ。


 玄関のドアが開いたかと思うと、そこには予想通りいつもの姿の野花さんがいた。


「あら、黒塚くん。こんにちわ。どうしたの?」


「あ、こんにちわ。えっと、カレーを作ったのでおすそ分けにきました」


 僕が手に持っているタッパーを差し出して野花さんに手渡す。


「あらまあ。本当におすそ分けしてくれるのね。ありがとう」


 うふふと僕に笑顔を向けてくれる野花さん。

 言い出した本人のくせにちょっと驚いた風でもある。

 とそこで、野花さんの家の中からひょっこりともう一人の人間が顔を出してくるのが見えた。


「あれ? 黒塚くんじゃない。どうしたの?」


 奥から出てきたのは秋田さんだった。

 これは危ないところだった。先に秋田さんのところにおすそ分けに行ったら、またもや留守となるところだったか。

 内心でホッと胸をなでおろしながら、野花さんの後ろの秋田さんを見やる。


「黒塚くんからね、おすそ分けもらっちゃった」


 そんな秋田さんを振り返りながら野花さんが嬉しそうに説明している。


「えー、そうなのー? 黒塚くん、わたしにはないのー?」


 説明を聞いた秋田さんが不満そうだ。


「あ、もちろんありますよ! 家に置いてあるので取ってきます!」


 ちょっと待っててくださいと言葉を残すと、踵を返して自宅へと戻る。

 ダイニングテーブルにはカレーを詰めたタッパーがすでに用意してあるので、それを持ってすぐに野花さんの家へと急いだ。


「はいどうぞ」


 開けっ放しの玄関にいたのは秋田さんだけだった。

 野花さんは家の中に戻ったのか、姿が見えない。


「やったー! ありがとう黒塚くん!」


 野花さんと比べると秋田さんはすごくテンションが高い。そんなに僕の料理はおいしかったのだろうか。


「おお、まだあったかいね……。おいしそう」


 手の中のタッパーを確認しながら秋田さんが目を輝かせている。

 この人って結構食いしん坊なのかな……。


「僕も今日のお昼に食べたので」


「そうなんだ……。ねぇ、黒塚くんって結構料理するの?」


「んー、毎日ってわけではないですけど、自炊はそれなりにしますね……。朝は面倒なのでほとんどしないですけど」


「へぇ、それってここに引っ越してきてから?」


「そうですね。自炊するようになったのは引っ越してからですね」


 他人の家の玄関でちょっと料理の話をしていると、家の奥から「おいしい!」っていう声が聞こえてきた。

 声に驚いた秋田さんがびっくりして家の中を振り返っている。


「えっ、ちょっと! 茜ちゃんもう食べちゃったの!?」


「あはは!」


 奥から聞こえてきた野花さんの声に僕は嬉しくなって笑ってしまう。


「ありがとね、黒塚くん。わたしも食べてくるよ!」


「はい。――あ、そうだ!」


 今にも家の中に引っ込んで行きそうだった秋田さんを僕は呼び止める。

 そうだった。あやうく忘れるところだった。僕は秋田さんと野花さんに聞きたいことがあるんだった。


「うん?」


 なんとか引き留めることに成功したようで、秋田さんが訝しげな表情で僕の言葉を待ってくれる。


「実は今、学校から進路希望調査で、ちょっと大学について調べて来いって言われているんですけど……」


「あー、そういえば受験生かー」


 うんうんと頷きながら昔を懐かしむ秋田さん。


「はい、それで……、後でいいんですけど、秋田さんと野花さんから、大学の話でも聞けたらなぁと思って……」


 僕は秋田さんを見上げてお願いをしてみる。改めて真正面から向かい合ってみたけれど、悔しいことに僕より少し背が高いみたい……。

 そんな僕を見た秋田さんが、一瞬だけ呆けたような表情をした後に恐る恐る僕の方へと手を伸ばし――かけたところで我に返る。


「おっと……、そんなことならお安い御用だよ!」


「ホントですか!」


 僕が念を押すように言うと、秋田さんが手元のタッパーに目線を合わせる。


「じゃあ……、明日にでもこれ返しに行こうと思うけど、その時でもいいかな?」


「えっ、あ……、はい! 大丈夫です!」


「うん。じゃあまた明日ね! 茜ちゃんにも声を掛けとくよ」


「あ、ありがとうございます!」


 そう言って、野花さんの家の玄関で秋田さんと別れるのであった。

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