第8話 趣味
「……今日も来るんだ」
隣を歩く早霧にため息とともに呟く。他に人影はない。
「おう、昨日言っただろ? 基本的に俺はいつも暇だしな」
豪快にガハハと笑う早霧だったが、妙によそよそしい気がしないでもない。
これも帰宅の道をいつもの大通りではなく、住宅街を初めて通って帰ることを暴露したせいか。
ちょっとでも大通りを行くより早く帰れるならいいかなと思ってるけど、初挑戦の今回はそうもいかないだろうか。
スマホの地図アプリがあるから迷うことはないと思うけど、なんとなく二人だと心強いとは思う。
どうせならいろいろと器用にこなす冴島のほうが心強かったが、いないものはしょうがない。
今日は午前中の授業で終わりなのだが、午後から部活紹介があるのだ。
僕と早霧は帰宅部なのだが、他の三人は学校で新入生を勧誘するというイベントがあるのだ。
ご苦労なことである。
冴島に至っては無理やり部長に引っ張られて行ったので、ご愁傷様としか言いようがない。
「……で、この道で合ってんのかよ」
「……たぶん?」
「なんで疑問形なんだよ……」
車がすれ違えないような道を、スマホが示す通りにジグザグに進んでいく。
途中で車も通れないような細い道を指し示したところで立ち止まるが、どうやらこっちで間違いないようだ。
「そのアプリバグってんじゃねーの?」
「いや、ちゃんと徒歩指定での案内だから……、間違ってないと思うけど……」
どうもこの手の物は信用しない早霧である。
というか文句たれるなら付いてこなくていいのに。
さっきとは正反対の感想を早霧に抱きながら歩くこと十数分。見覚えのあるスーパーが姿を現した。
「おお……、着いた」
「うーん。……多少は近い、のかな?」
僕の言葉に早霧もスマホで時間を確認している。
「どっちでもいいんじゃね?」
「……そうだね」
まぁ初めて通る道だし、地図を確認しながらだからちょっと時間がかかったかもしれない。
何度か通ってみてから考えよう。
「じゃあスーパーに寄るよ」
「へいへい」
僕は結論を先送りしてスーパーへと入って行く。
本当はお昼も自炊する予定だったけど、早霧が付いてきたのでお弁当だ。
ただし晩ご飯は自炊する予定なので食材も買い物かごへと入れていく。
なんとなく昨日調べた味噌味の豆腐チャンプルの材料を思い出しながらだけど。
本当ならお昼に一度お試しで作っておきたかったんだけどしょうがない。
「なんだ黒塚。お前料理すんの?」
「そりゃするよ。財布と健康のためにも大事だと思うよ」
「お……、おう、そうか。……にしてもそれ、多くないか?」
早霧が僕の持つ買い物かごの中身を覗き込みながら、疑問に思ったであろう言葉を口にする。
うん。まぁ確かに多めではあるね。作りすぎる気満々だから。
だけど秋田さんにお返しするためだとは口が裂けてもこいつには言えない。
いや、こいつどころか誰にも言えないけど。
「そりゃね、多めに買った方がお得だし、多い分には作り置きでもしておけば明日も食べられるし」
「ああ……。確かにそうだな」
もっともらしい理由に早霧は納得すると、そのままレジを通って自分の弁当を買って外へと出て行った。
僕は量が多いので多少待たせてしまうけどそこは我慢してもらうしかない。
勝手についてきたのは早霧だし。
「お待たせ。じゃあ行こうか」
「おう」
二人でマンションの階段を上がる。
部活はやっていないが、たまに助っ人を頼まれたりする早霧は体力がある。
こんな階段ごときでは息も切れないようだ。
まぁ、僕もそこそこ慣れてはきたけどね。
内心でドヤ顔をしていると五階に着いたので、家の鍵を開けて中へと入る。
「ただいまー」
「……誰かいるのか?」
早霧が僕の言葉に反応するけど、昨日も同じことやったけど突っ込まなかったよね?
「いないけど。まぁ習慣なのかな? つい言っちゃうんだよね」
「そんなもんか」
リビングへ入ると僕は買って来た食材を冷蔵庫へと収納していく。お弁当はテーブルの上だ。
「腹減ったぜー」
早霧は鞄を床に放り投げると一足先に椅子に座って、もう弁当を広げている。
冷蔵庫を開いているついでに麦茶を出すと、コップを二つ持ってテーブルへと置く。
「適当に入れて飲んで」
「サンキュー」
お昼ご飯を食べ終わったあとも他愛もない会話が続くが、ふと立ち上がった早霧がニヤリと笑う。
「そういやお前の部屋ってどうなってんだ」
僕の返事を待たずして勝手に部屋のドアを開ける。二つドアがあるが、僕が制服から着替えるのに部屋に入っていったので間違えることはない。
まぁ見られて困るものはないから別にいいけど……。
「なんじゃこりゃ!」
部屋の中から早霧の驚愕の声が聞こえてきた。
なんだ。そんなビックリするものあったっけ……。
早霧のいる自分の部屋に僕も顔を出すと、楽器のキーボードの前で固まる早霧がいた。
……そういえば自分の趣味としてキーボードのことは誰にも言ってなかった気がする。
「……見ての通りキーボードだけど」
「ほほぅ……。弾けるのか?」
何を当たり前のことを聞いてくるんだろうか。
「そりゃまぁ……」
「ふーん。お前にこんな趣味があったとはなぁ……。ちょっと弾いてみてくれよ」
そこにからかいの表情はない。本当に感心したといった顔だ。
まぁそこまで言われたら何か弾いてやろうかとは思うけど、本気で弾くこともないよね。
というわけで、黒い鍵盤を使わずに『ねこふんじゃった』を弾いてやった。
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