第7話 おかず

 始業式の日は結局夕方まで僕の家でファッション雑誌についての話で盛り上がって終わった。

 あのモデルさんがカッコいいとか、かわいいとか、こんな服を着てみたいとか言い合っていたら、いつの間にか今度の土曜日にみんなで服を買いに行こうという段取りまでついてしまっていたけれど。


「はあ~、疲れた……」


 壁に掛けてある時計を見るともう夕方の六時である。

 自炊しようにもちょっと時間がない。慣れていればちゃちゃっと作れるのかもしれないけれど、自炊歴の短い僕としてはそんな危険を冒そうなどとは思わない。

 というわけでスーパーに行くことに決めた。


 財布だけ持って玄関を出ると、唯一の移動手段である階段に向かう。

 初めてこのマンションに来たころと比べて、この階段の上り下りも慣れてきたと思う。

 ……ふむ。体を鍛えておくのも悪くないのかもしれない。

 僕はちょっとムキムキになった自分を想像してみたけれど、これはこれで子どもっぽく見えなくなっていいのではないだろうか。


 スーパーでお弁当を物色していると、ふと横にお総菜のコーナーが目に入る。


「そういえばご飯の余りがあるし、今日はおかずだけにしようかな」


 冷凍ご飯って便利だよね。

 あ、そうだ。レトルトカレーとかも買っておこう。


 などと思いながら買い物かごに食料品を詰め込んで買い物を済ませるとマンションへと戻る。

 五階に到着して家の鍵をポケットから出していると、お隣さんの秋田さんが玄関から出てくるのが見えた。


「あ、こんばんわー」


「こんばんわ」


 挨拶を交わすとふと秋田さんが手に持っているタッパーが目に入った。

 なんだろうとじっくり見つめているのがばれたのだろうか、秋田さんが苦笑しながら説明してくれる。


「ああ、これね。ちょっとおかず作りすぎちゃったから、茜ちゃんにおすそ分け」


「あ、そうなんですね」


 確かに僕も分量がよくわからず作りすぎることはある。

 その時はしょうがないと思って頑張って食べるんだけど、そうか……。おすそ分けと言う方法があったか……。


「そうだ! よかったらこれ、黒塚くんも食べる?」


「――へっ?」


 今後作りすぎたおかずの対処法を考えながら自宅の鍵を開けていると、不意に秋田さんから提案を受けた。


「見たところこれから晩御飯よね? おかずもう一品増やしてあげるよ」


 一方的にそう告げると、「ちょっと待っててね」というセリフと共に踵を返して自宅へと帰っていく秋田さん。


「えーっと……」


 僕まだなにも返事していないんですけど。

 ……とりあえずここで待ってればいいのかな。


「お待たせー」


 しばらく待っていると秋田さんがもうひとつタッパーを持って出てきた。


「はいどうぞ」


 とびきりの笑顔と共にタッパーを僕に手渡してくれる。


「あ、ありがとうございます」


 しどろもどろになりながらも、なんとかお礼を言うとタッパーを受け取った。


「じゃあねー」


 用は済んだとばかりに秋田さんはそのまま野花さんの家の前まで行くとインターホンを押している。

 呆然としながら秋田さんを見送っていると、玄関が開いて野花さんが出てきた。

 二人の間で二言三言会話がなされているけれど、僕のところまでは聞こえてこない。そのままぼけーっとしていると、二人ともこちらを向いて笑顔で手を振ってそのまま家の中へと入って行った。


 廊下には誰もいなくなったけれど、なんとなく気恥ずかしくなる。

 体温が上がっているのを自覚しながら家へと入った。


「うーん……、なんだかんだ、あの二人ってすごくかわいいよね……」


 秋田さんは言わずもがなではあるけれど、野花さんも髪型をなんとかして丸眼鏡をはずせば、きっと美人さんなんじゃないだろうか。

 ポツリと呟きながらリビングへと入って買って来たおかずと、もらったタッパーをテーブルの上に広げる。

 冷凍庫からご飯を取り出してレンジへと放り込むと、やっぱり気になったタッパーを手に取ってみる。

 どこにでもありそうな片手で収まる小さめの半透明なタッパーである。

 開けてみるとそこには野菜炒めが入っていた。まだほんのりと温かい。本当に作り立てなのだろう。


「おいしそう」


 温め終わったご飯をお茶碗に入れ替えて、買って来たおかずを広げる。


「いただきます」


 もちろん最初に手を付けるのは秋田さんにもらったおかずである。

 まだほんのりと温かい野菜炒めを口に入れると、ごま油の風味が広がり野菜の甘みが感じられた。

 どうやら中華風のようだ。


「……おいしい」


 うーん。どうやって作るんだろう。中華の素とかかなぁ。

 それにしてもごま油かぁ。そういえば家にはなかった気がするな。今度買っておくか。

 とりとめのないことを考えているとほどなくして食べ終わった。


「やっぱり一番は秋田さんの野菜炒めだな」


 おかずの空き容器を捨てて、それ以外の食器は洗っておく。

 タッパーは返しに行かないとダメだな。

 ……また今度でいいか。

 野花さんの家に行ったみたいだし、最初に訪ねた時みたいにまだ留守だったらアレだし。


 自室に戻るとパソコンの電源を入れて、なんとなく野菜炒めのレシピを検索する。

 スマホもあるけどやっぱり文字を打つのはキーボードが早くていいと思う。

 高校一年の頃、タイピングゲームを買って練習したかいがあったというものだ。


 レシピをメモするわけでもなくモニタに映る文字を流し読みしていく。


「ふーん。……いっぱいあるなぁ」


 いろいろな味付けがある中でふと目に入ったのは味噌だ。

 ちらりと母さんが昔よく作ってくれた味噌で味付けした豆腐チャンプルを思い出した。

 今度コレ作ってみようかな。

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