第6話 いじられキャラ

「ほえー。……黒塚っち、なかなかいいところに住んでるんだねぇ」


 あの美人の隣人は誰だという話題が誰からも上ることもなく、みんなを僕の家のリビングへと招き入れる。

 誰が決めたでもなく、二つの椅子が置いてあるダイニングテーブルに女性陣の霧島と黒川が。

 リビングテーブルに男性陣の僕と早霧、冴島がそれぞれのお弁当を持って座り込む。


 みんな制服姿なので、僕もなんとなく着替えることもなく制服のままだ。

 自室へと引っ込んだらそのままみんなになだれ込まれそうな予感がしたから……、ということもあるかもしれないが。


「エレベータがないマンションって聞いたから、どんだけ古い部屋かと思ったけど……、中は結構綺麗だな」


 みんなが口々に僕の部屋の感想を述べていく。

 築年数は古いけど、リフォームは最近なのだ。エレベータのないマンションの最上階を売るための努力が窺えるが、正直言うとエレベータ付けてくれと言いたい。


「いただきまーす」


 スーパーで買ったお弁当を広げてお昼御飯だ。

 春休みにみんな何があったか他愛のない話が繰り広げられている。

 ダイニングテーブル上では女子二人がおかずの交換をしあっているようだ。


「で、黒塚くんはどうしてこんな楽園に引っ越したことをオレに黙ってたのかな?」


「おう、そうだな。今朝一番で聞かされたのは俺だが、ご近所さんが美人ぞろいなんて話は聞いてないぞ」


 そりゃそんなの話すわけないだろ。みんなから寄ってたかってからかわれるのが目に見えている。

 ダイニングテーブルに目を向けるも、女性陣も僕に冷たい視線を投げかけてくるのみだ。


「ホントよ! 私たちというものがありながら!」


 黒川がいつもの冗談をぶっこんでくるが、その言葉でいつも大人しい霧島の表情が苦笑いに変わる。


「そうですよ、黒塚くん」


 だが悪乗りには便乗するようだ。


「おいおいおい……、黒塚サン……?」


 二人の言葉になぜか早霧が過剰に反応する。


「まったく……、黒塚くんはかわいい顔して女癖が悪いですね」


 冴島もニヤニヤしながらみんなに合わせて悪乗りしているように見える。

 だけど僕としてはたまったものではない。断じて否定しておかねば僕自身の誇りと言うかアイデンティティというか、そういうものに関わるのだ。


「ちょっ! 何言ってんだよみんなして! 黙ってたことは謝るけど! っていうか『かわいい』って言うな!」


 とりあえず冴島を睨みつけておく。


「……女癖が悪いのは否定しないんだ」


 僕の睨みなんてまるで効果がないとでも言うように、冴島が悪びれもせずにさらにぶっこんでくる。


「なっ、それも違うから!」


 必死になってあたふたと否定していると、何か我慢の限界がきたのだろうか、早霧がぷるぷると震えだした。


「ぶっ、……くははははっ!」


「な……、なんだよ」


 どうやら笑いをこらえていたらしい。

 ここまできてようやく僕がからかわれていると確信が持てた。

 たまに本気でやってるのかわからなくなることがあるんだけど、ホント勘弁してほしい。


 元凶である黒川も腹を抱えて笑っている。


「もう……」


 不貞腐れながら食べ終わった空き弁当箱をゴミ箱へと叩き込む。


「まぁまぁ、そう怒るなって。でもちょっと面白そうだし、俺はちょくちょく黒塚んちに遊びに来ようかな」


 まったく何が面白いんだか。

 というか他のクラスメイトがいないせいか、僕をからかう内容がエスカレートしてる気がするんだけど……。

 ってもしかしてそのことを言ってるのか!? まったく冗談じゃない!


「僕をからかうのを止めてくれるならいいよ……」


「おう、まかせておけ!」


「……」


 ほぼ信用できなかったのでとりあえず早霧にはジト目をプレゼントしておく。


「ところでお隣さんは知らない人だったけど、もしかして青蘭の子なのかな」


 青蘭というのは僕らが通う御剣高校――通称ケンコーと対をなす青蘭女子高等学校のことだ。

 ケンコーは男女共学だから、対というのも変だけど、近辺には他に高校がないのだからしょうがない。


「いや、二人とも大学一年生って聞いたよ。どこの大学かは知らないけど……」


「ふーん……」


 黒川はもう興味がなくなったのか、買って来た雑誌を広げて読んでいる。

 ティーン向けファッション雑誌っぽい。

 ……うーむむむ。僕もカッコいい服装すれば子どもっぽく見えなくなるかな。

 なんとなく雑誌が気になって横から覗き込んでみる。

 よく見ると向かいに座る霧島も同じく雑誌を覗き込んでいる。


「……黒塚くんも興味ある?」


 僕に気が付いた霧島がちょっと嬉しそうだ。仲間が増えたということだろうか。


「ということは霧島も?」


「うん」


「なに? 二人ともファッションに目覚めたの?」


 雑誌の持ち主である黒川が僕たち二人に気付いてビックリした表情だ。

 目覚めたっていうか、もともと興味がなかったわけではないけども……。


「そういうわけじゃないけど……」


「どれどれ……」


 霧島が肯定とも否定ともつかない返事をしていると、早霧と冴島の男どももやってきて一緒に雑誌を覗き込む。

 見開き一面には満面の笑みのかわいいモデルさんが写っている。

 この時期だともう夏物なのか、ノースリーブのワンピース姿だ。


「最近人気が出てきた仲羽なかはね菜緒なおちゃんだって。超かわいいよね」


 そう言って、なぜか黒川が得意気にない胸を張っていた。

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