第三話『何であんなことを……』

「ねえ、香織。ごめん……本当に、ごめん」

「……ふんっ、どーせ光輝はの方が好きなんでしょ。何年間も彼女をやってたから、私のことは飽きたんだ……」

「えぇ……?そんなことあるわけないじゃん。ねえ、香織ー」

「……イヤ、光輝なんて知らない!」


 ああ、面倒くさいことになった。ソファに座って、パジャマ姿で大きめのクッションに顔を埋めているその仕草はとても可愛らしくて、今にでも抱きしめたいのだけれども。今そんな行動に出たら、最悪の場合香織のお父さんに連絡が行って僕は社会的にも生物的にも抹殺されそうで恐ろしい。決して香織のお父さんは、ヤクザだとかマフィアだとか、そういうものじゃないんだけど。

 僕の家も香織の家も、お金と権力だけは無駄にあるから……。


 どうしてこうなったかなんてほとんどが僕のせいであるわけで、基本過去は振り返らないを主義としてる僕だけど今回ばかりは後悔していた。

 何であんなことをしてしまったんだ、少し前の僕……!!


※※※


 放課後、香織は用事があったらしくメールで「先に帰ってて」と僕のところに送ってきた。こういうことは、これといってめずらしいことでもない。香織にだって友人くらいはいるから、放課後に遊ぶことだってあるだろう。それがないほうが僕も心配してしまう。

 だって、ほら家に帰ればそこは僕という男がいるわけで。だから、幼い頃からよく一緒にいた仲とはいえお互いに気を遣うことの方が多い。例えば、服装とか生活スタイルとか。男女で一つ屋根の下、男の僕はあまりストレスを感じはしないけど女性である彼女は日々ストレスを溜めているに違いない。


 二、三ヶ月前に僕が実家から呼び出しをくらったのが、香織と僕とが一日程度ではあったけど、相手なしで一人で自由を満喫できる、ストレスを発散できる機会だったような気もする。

 そういう意味でも、香織が友人たちと遊んでいると思うと、どこか僕の心も安らいだ。


 ―――ガチャン。そういえば、久しぶりに一人で家に帰ってきた気もする。香織が放課後に予定を入れることも、僕が放課後に予定を入れることも、ここ最近はなかったように思える。

 僕にだって友人と呼べる人物は学校に行けばいる。でも、最近の高校生のように放課後にはしゃいで回る体力も余裕も僕と友人にはない。周りからすると、乾いた友情、冷めた関係。一年前には、そう言われたこともたしかあったっけな。


 はてさて、その友人は今もどこかで道行く女性を無自覚に堕としているのだろうか。そう想像して、思わず笑いがこぼれてしまった。途中からツボにはまってしまって、何も考えずに大声で笑ってしまった。隣の部屋のあずまさんには悪いことをしてしまったなぁとそう思って、今度お詫びついでに厄介になろう。そう思った。


※※※


 ―――ブブーッ、ブブーッ。携帯に着信が入ってきたらしい。手に握られたスマホの振動とガラパゴスケータイの時期からある鈍く呻るような音が、目覚まし時計の代わりとなって僕を夢から引き剥がした。

 寝惚け眼で画面を見る。……香織だった。


 日々の疲れとストレスを眠ることで解消していたというのに、まったくどうしてくれるのか。やや強引な目覚ましコールだったからか僕の生粋の目覚めの悪さからか、何度も何度もかけ直してくる電話に出ることもなく、適当にスマホを投げ出してまた眠りについた。


「ん……んぁ……」


 なんとも間抜けな声と共に起床する。最初の目的通り、なんとなくだけど身体も心も休まった気がする。今なら何を言われても素直に受け取ってしまうそうな……もっと言えば、パシリにされても気づかないぐらい疲れはとれていて、心は壮快だった。

 ベッドから降りて伸びをする。すると、数時間も同じ体勢でいて強張っていた筋肉がバキバキと音を鳴らしてほぐれていく。


 そういえば、香織からの電話は何だったのだろうか。


 タンッタンッとスマホの液晶を叩いて、連絡アプリを起動して香織からメッセージが来ているかどうかを確認する。自室の扉の隙間から見えたリビングにも、向かいにある彼女の部屋にもどうやらいないことが分かっていたから、直ぐに携帯を開いたわけ。普段ならあり得ないな……なんて、そんなこともないか。


「―――はぁ……?」


 個人チャットに来ていたメッセージ内容をみて、思わず声が漏れてしまった。


☆香織☆:今日は家に帰りません。なんども電話をかけたのに、一度も反応しない寝坊助さんはそのままベッドに張り付いて衰弱しちゃえ

☆香織☆:バカ!


 文面そのままに受け取るとしたら、僕への拒絶だった。どこへいったんんだ……?目の前の電子版には2の文字と0の文字が2つ並べられていた。香織のことだから、この時間に外でふらついてる……なんてことはないだろうから、どこか友人の家だろう。

 そこまで思考が回って、どうすべきかと悩んでいた。家出されたことなんて今まで一度もなかったから、どうすればいいのかも、どう返事をすればいいのかさえ分からなかった。かっこわるいことに、なんでこんなことになったのか、なんでメッセージがきたのかさえ今の僕には分からなかった。


 というか、寝坊助って……一度は家に帰ってきてるじゃんか。そういうところも、どこか抜けてるように思えて好きなんだけど。

 今はそうじゃなくて、香織がどこへ行ったかのか。どうやって家に帰らせるか。この二つが重要だ。


 ―――prrrr


 ―――prrrr


『どうしたんですか?かおりんがいなくて寂しくて、慌てて私のところへかけてきたって感じ?あっはは、だとしたら面白ーい!だいせいかーい!かおりんは今、私の家で寛いでますよ。ええ、それも自分の家のように。超無防備です。今からでもマウントとって襲えそうです』

「……もしもし、そのうざい口調は美海ですね。それで、香織はそこにいるんですよね?だとしたら、伝えておいてもらいたいことがあるのですが……」

『んーん……なんてー?』

「そうですね……」


 開口一番、もしもしとも言わずどうしたんですか?なんて、分かってるクセして聞いてくるうざい女の子なんて自分の周りには一人しかいない。楠美海くすのき みう、香織のクラスメートで僕とは香織を挟んで何度か遊んだこともある、まあまあ親しい人物だ。会ったときから思っていたけど、自分の喋りを聞かせるだけで相手を疲れさせることができるのは彼女しかいないんじゃないか?

 それはともかく、僕は口では「そうですね……」なんて格好つけてはいるけれど。もう言う言葉は決まっていた。両親にチクられたら激怒なんてものじゃ済まないかもしれない。もしかしたら、なんらかのペナルティが与えられるかもしれない。

 ……それはイヤだなぁ。


 カーテンを開けてみると、外は大雨だった。空から降ってくるその水は、ザー、ザーと勢いよくアスファルトを叩きつける。元々、吸水性が皆無のアスファルトだから、受け止めきれない水量を目の前にして道のところどころ大きな水たまりが出来ていた。

 せっかく月を見て、勇気でもその光からもらおうかと思っていたのに、これじゃあ落ち込んでいた気持ちがさらに落ちていくじゃないか。


 ケチを付けて止まるどころか、勢いが増していく雨をみるのがイヤになって乱雑にカーテンを閉める。お天道様に文句を言ったら罰が当たりそうな気もしたけれど、今の状況がその罰なんじゃないかなんて、自分の気持ちをこれ以上下げないようにして覚悟を決めた。


「今すぐ帰ってこい。そうしないと、僕は紙を破いて実家に帰る。……と、香織に伝えて下さい」

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