第四話 スダチちゃんに衝撃の事実発覚!?

美郷と別れ、俺と諾右衛門爺ちゃんはスダチを連れて家の前に帰りつくと、部屋の明かりがついていた。既に母さんと親父が帰っているようだ。

「諾右衛門爺ちゃん、スダチちゃんのこと、どう説明すればいいと思う?」

ライトアップされた庭の盆栽に夢中になっているスダチをよそにコソコソ話。安土桃山時代の人が現代にタイムスリップして来たなんて言っても絶対信じてもらえないだろな。

「黙って二階へ監禁しておくとかどうじゃ。ギャルゲーでよくある手法じゃろ?」

 つーかそれ犯罪だろ、あ、いや俺達が今までやってたこともスダチがもし現代人であれば、未成年者略取及び誘拐罪に当たるわけだが。

 確か小学校上がる前だったか、俺が河原で捨て犬拾って来た時も諾右衛門爺ちゃんに協力してもらってしばらくの間ナイショで飼ってたな。見つかった時は母さんに竹刀でバッチンバッチン百発くらいケツ叩かれたよ。それがトラウマとなって、あれ以来隠し事は絶対しないよう心がけている。だからスダチのこともきちんと話さなきゃ。

恐る恐る玄関引戸を開ける俺、諾右衛門爺ちゃんはいつも通り。

「ただいまーっ」

「豊佳ちゃん、ボク今帰ったっさ。アイムホーム!」

「おかえり藤太郎ちゃん、お父様。お荷物お持ちするね」

 母さんは台所から出て玄関の方へ向かって来るようだ。いきなりバレるぞこれ。

「かっ、母さん。あのさ、きっと信じられないだろうけど驚かないで聞いてくれよ。実はさ、あづっ……」

 俺が勇気を出して説明しようとした次の瞬間だった。

「おう! あなたは、豊佳おばさまじゃありませんか」

「あらあ、スダチさんじゃない。もう着いてたのね」

「はい。三日前にはすでに着いていましたよ」

えっ! 一体どういうことだ? スダチ、母さんの姿見た途端唐突に。

「あ、あのさ、スダチちゃんって、母さんの知り合いだったの?」

「ほうじゃ。今はハワイに住んでいるうちの学生時代の友人、里未の子で日系人。藤太郎ちゃんより三つ年下よ。日本語もペラペラなの」

「うそ! めっ、安土桃山時代の人じゃなかったの?」

 俺はかなり動揺していた。

「なあんじゃ、ボクも過去の世界からのタイムトラベラーさんかと思っていたのに」

「あらま、藤太郎とお父様ったら。そんなことがあるわけないじゃない現代科学技術的に」

「でっ、服装が安土桃山っぽかったし、生年月日も天正十四年って……」

「ほうじゃ、ほうじゃ、まさしく安土桃山ティスト満々載じゃったぞ。最初会った時の言葉遣いも。これを安土桃山人といわず何と呼ぶ」

 諾右衛門爺ちゃんもかなり気が動転していた。

「ああ、あれね。スダチさんが日本の歴史上の登場人物になりきりたいって言って、いつもこんな感じのコスプレ衣装身に着けているらしいの。特に室町から江戸時代にかけてのがお気に入りで、当時の人々のような生活も普段からしているそうよ。藤太郎ちゃんやお父様も平安時代の十二単とか、戦国時代の鎧兜とか着たくなることあるでしょう?」

「ほうか、そりゃ納得じゃな。ボクもしょっちゅう中世ヨーロッパ風にメイド服着るからのう」

 諾右衛門爺ちゃん即納得するな。俺はそんなの着たくねえし、それにまだなんか納得出来ねぇ。親父も奥から出て来た。

「おう、こんばんは慶太郎おじさん」

「やあこんばんはスダチ君。長旅お疲れさん。日本遠かっただろ」

「あ、そういや母さん、スダチちゃんは一体どういう手段でここへやって来たの?」

 今までずっとタイムスリップだと思ってた。

「話はうちと慶太郎さんがワイキキビーチに降り立った時に遡るわ。この場所で初めて外国人力士が出たんだなって里未といっしょにお相撲の話をしていたら、スダチさんが間に入ってその話に乗って来たんよ」

「そこで豊佳がな、スダチ君に日本の大相撲のことをいっぱい話してあげたんだよ」

「そしたらね、目をキラキラ輝かせながら日本へいち早く行ってみたいって言って、いきなり海に飛び込んであっという間に水平線上から姿を消しちゃったの。里未に聞いてみるとこういうことはよくあるってことだったの。イースター島とかオーストラリアへもよく遊びに行ってるみたいよ。これが若さね」

「そっ、それじゃ、もっ、もしかして……」

「はい。わたしは、ハワイから背泳ぎで泳いで日本へやって来たのです」

「本当にスダチさん、噂どおりドルフィンのように泳ぎ上手なのね」

「さすが南の島育ちの子だな」

 なんという驚異的身体能力。数千キロ離れてるだろ、そんなことがありえるのか? 俺は冷静になって詳細を尋ねてみる。

「母さんと親父がホノルル空港に着いたのって、確か現時時間で一日朝十時頃だよね?」

「ええ、それで空港でいろいろ続きして、ワイキキビーチに辿り着いたのか現地時間五月一日正午頃よ」

「それで俺と美郷が河川敷へ見に行ったのが日本時間五月二日午後三時半頃だったから、ハワイと日本の時差は十九時間で……たった九時間くらいで辿り着いたの!?」

「確かに、それくらいでしたかね」 

 やっぱ、ありえねえだろそれ……飛行機並みとか。

「……あっ、そっ、そういえばさ、この子の名前、スダチって美郷ちゃんが名付けたんだけど偶然それと一致してたんだね」

「あらあ、この子から聞かなかったの?」

「すみませんわたし、日本のどこかの河川敷へ辿り着いたら、いきなりわたしの目の前にドカーンと雷様が落ちて来て、ショックでしばらく記憶を失ってアホゥになっていたようでした。日本での刺激的な日常生活を送る中で、だんだん記憶が蘇って来たようです。生年月日も言ったと思うのですが、うっかり阿波おどり発祥の年と間違えちゃいました」

「まあ、とっても災難な目に遭ったのね。でもなんとか記憶が蘇ってよかったわね。今は初めて会った時のスダチさんのキャラとなんら変わりないわ」

 ……なんつーかさ、こんな人体科学の常識覆すようなことが出来てしまうのであれば、本当に安土桃山時代の人がタイムスリップして現代にやって来ても全く不思議な事ではないと思えてくるよ。もういいや。これ以上スダチのこと深く詮索することはやめて、ちょっと優秀な子として接しよう。そうだ、今日のあの出来事伝えなきゃ。

「母さん、親父。スダチちゃんね、今日あった阿波女相撲大会で、決勝戦で美郷ちゃんに勝って優勝しちゃったんだよ。琴酢橘って四股名、美郷ちゃんに付けてもらって。正式年齢分からなかったから最年少記録更新にはならなかったけど」

「あらまあ! すごいわスダチさん。いよっ、阿波女一! 格好いい四股名も付けてもらってよかったわね」

「はい。わたし、本当に力士になれた気分です」

 スダチは嬉しいのかその場で四股を踏んだ。

「藤太郎ちゃんとお父様に伝えておきたいことがあるの」

 母さんは言った。一体何だろう?

「今までずっと黙ってたんだけどね、スダチさんは前々から伊月家で預かることに決めていたのよ。お相撲さんの後継者にね。今回海外旅行に行った一番の目的はこの子を連れて帰るためだったの」

「そういうわけでスダチ君も来たことだし、明日からこの家の道場を久し振りに伊月部屋として復活させる。じつを言うとな、オレもおまえを立派な相撲取りにしてやりたいと心の中ではずっと思っていたんだ。オレの体格から判断しておまえも絶対無理だなって諦めていたんだよ。でもなんかオレの中にある蟠りがいつまで経っても抜けなくてな。血は繋がってなくてもいいから伊月家出身の新しい力士をどうしても誕生させたかったんだ」

「ちょうどいいことに里未に数年前から相談されてたのよ。スダチさんが小学校卒業したら日本に留学させて相撲のことを本格的に学ばせてあげてって。学年終わるのは八月だけど、大相撲の世界では中卒で入門する子達って卒業式前の三月でも初土俵踏んでるでしょう? それと同じように早めがいいかなって思って」

「スダチ君も小柄だが遺伝的に関係ないし、それにまだ成長期前だからきっとこれからどんどん背が伸びるぞ。相撲大会でも優勝したみたいだし、将来は絶対横綱になれる器だな」

 母さんと親父、交互の会話が続く。にしても母さん、隠し事はいけないことだっていつも口酸っぱく言ってるのに、密かにそんな計画立てていたのか。まあでもなんかもうどうでもいいや。ただ、一つ突っ込みどころが。

「でも母さん、親父。スダチちゃんって女の子だよね?」

「あら、気付けんかった? この子は“男の子”なんじょ。スダチさん、藤太郎ちゃんとお父様に証拠見せてあげてね」

「分かりました豊佳おばさま。ちょっぴり恥ずかしいけれど、今日の相撲で度胸が付きました。藤太郎さん、諾右衛門さんになら男同士なのでお見せすることが出来ます……」

 するとスダチはスカートと、お隣愛媛のゆるキャラ、みきゃん柄の女児用パンツを脱ぎ下ろし、俺と諾右衛門爺ちゃんの真正面に仁王立ちとなったのだ。

「えっ、えええええええっ!」

「……」

俺は、まだとてもちっちゃいが確かに男の象徴であるアレを目撃してしまったのだ。もちろん目を疑った。諾右衛門爺ちゃんもびっくり仰天入れ歯飛び出す声出せない。

……そういや、スダチの素っ裸って全く見てなかったな。ずっと女の子だと思ってたし。

「もうよろしいですか? しまいますね」

 頬を緋鯉色に染めていたスダチ。顔だけを見ると女の子だと疑う余地ない。どう見ても女の子にしか見えない。

「やっぱりおまえも父さんも顔を見ただけでは見抜けなかったか。俺も最初騙された。それだけスダチ君の潜在能力が高いってことだ」

「とういわけで、これからもしばらくお世話になりまーっす♪」

 スダチはてへっと笑い、深々とお辞儀した。

「あっ、ど、どうも……改めてよろしくね、スダチちゃん」

 俺も無意識に頭を下げてスダチにご挨拶していた。

「はい。わたしは、立派なお相撲さんになって、ほんでもって、横綱目指して全身全霊で精進していきたい、じょ」

 スダチは威勢のいい声で将来の夢を語った。覚えたての阿波弁も交えて。

こうしてスダチは、晴れて俺んちの新たな家族として正式に迎えられることとなったのだ。何とも言えない気分だ。夜遅く、俺は美郷にスダチがじつは男の子だったことをラインで伝えた。すると美郷、ますますスダチに興味を示してしまったようだ。とても嬉しがっていた様子が分かった。次の日の朝早く、さっそく美郷は新生・伊月部屋へとやって来てスダチと相撲の三番稽古を行った。十番取ってみて美郷の五勝五敗と全くの互角。ご覧の通り三番稽古とは、三番だけ取るという意味ではない。

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