第三話 女相撲大会開催 スダチちゃんも出場へ

《五月五日》

 こどもの日である今日は、徳島市内で美郷が出場している女相撲大会が開催される。この大会は、出場者(力士)はもちろん行司、呼出、審判に至るまで全て女の子。観客だけは男が多数を占めるという異様な光景が広がるちょいとユニークな相撲大会なのだ。県内各地から多数の参加者が集ってくるらしい。

「美郷ちゃん、ボク、今回も全身全霊スピリッツパワー全開で応援するからねーっ」

 諾右衛門爺ちゃんは両手に扇子を持ち、さらにはなんとも恥さらしなド派手な応援衣装を身に纏ってやって来た。ちなみに今朝は捨ててやったがこのために機嫌は上々のまま。

スダチは当然だが、俺も見に来たのは今回が初めて。今までずっと美郷から「負けるとこ見られるのは恥ずかしいけん嫌じゃわ~」なんて言われ続けていたからな。諾右衛門爺ちゃんは聞く耳持たず。今年は高校生になって気分一新したのか、ぜひ見に来て欲しいとのことだった。この女相撲大会は毎年開催日が五月五日と決まっている。女の子の日は普通の日なのに、男の子の日が祝祭日になっているなんて男女差別だ。と主張していた女性有志陣が集い、その日に反逆して女の子だけの祭典が開かれることになったという。会場周辺には力士幟ならぬ端午の節句の象徴、鯉幟が多数掲げられていた。しかも真鯉と小鯉だけ、緋鯉も飾ってやれ。

「わたしも出たい!」

 強い出場意欲を見せたスダチ。

「もちろんOKじゃ。この大会飛び入り参加も大歓迎なんじょ。選手登録してくるね。四股名は、えーと、スダチを漢字にして、そして、うんと、『琴酢橘』、ことすだちね」

「かっこいい四股名です。わたしはとても気に入りました。美郷ちゃん、ありがとう」

「喜んでもらえて嬉しいな」

 美郷はちょっぴり照れていた。これにより今大会の出場女力士総数は六十四名となった。八名毎A~H計八ブロックに分かれ、それぞれの頂点に勝ち残った者同士で再びその八人によるトーナメント戦(A対B、C対D、E対F、G対H)が行われる。出場者数が奇数の場合は籤引きで勝ち抜けというラッキーなことも起こり、少しは運にも左右されるようである。西方と東方も、前大会優勝者が東方になれる特権がある以外は全て抽選で決められる。スダチはCブロック、二人の出場までしばし観戦しながら待つ。

【それではこれよりCブロック一回戦の取組を行います】

 いよいよこのアナウンスが告げられると、

「さぁ、スダチちゃん、ついに出番よ」

「了解です。わたし全力で戦って来ます」

 レンタルした緑のマワシを締めたスダチはすっくと立ち上がりこぶしを握り締め、威風堂々土俵へと向かって行った。

【ひがあああああああしいいいいいいい、なるとおおおにしきいいいいい。にいいいいいいいしいいいいいいい、ことすうううだあああちいいいいい】 

呼出から四股名を読み上げられると、スダチは土俵の上に上がり四股を踏んだ。所作を待ち時間中に美郷から教わっていたのだ。

【東方、鳴門錦、鳴門市出身、二十一歳、彼女にマワシを捕まえられてしまったらもう一巻の終わり、無類の強さを発揮します。もがけばもがくほど術中にハマる。それはまるで鳴門の渦潮に巻き込まれてしまったかのよう。西方、琴酢橘、安土桃山時代出身、推定十歳。このとってもかわいらしい女の子は今大会が初出場です。みなさん応援してあげてね】

続いてアナウンサーから四股名、出身地、年齢、そして簡単なコメントが告げられる。スダチの出身地には突っ込みどころ満載だがそこはスルーしていた。

「ことすだちいいいっ 好きじゃ好きじゃ大好きじゃあああっ、アイラビュウーーーッ!」

 最前列砂被り席にいる諾右衛門爺ちゃんあんな大声で、恥ずかしいから止めろ。ていうか近くの他の男性観客らも釣られて叫び回りやがるし、俺達三人以外の現代人にはまだまだ慣れてないスダチちゃん、ますます緊張しちゃうじゃないか。

俺と美郷は真ん中くらいのイス席で静かに見物。数回の仕切りの後、いよいよ制限時間いっぱい。相手力士鳴門錦はコメント聞く限りかなり手強そうだ。少し心配だな。

「美郷ちゃん、スダチちゃん大丈夫かな?」

「スダチちゃん目がキラキラ輝いとるけん、あの様子ならきっと勝てるじょ」

 美郷はかなり期待の眼差しをスダチに向けているようだ。

【待ったなし、手を下ろして下さいね。はっけよい、のこった!】

 軍配返されその刹那、スダチは相手にマワシを取らせる隙を与えず突っ張りを目にも止まらぬ速さで断続的に繰り出した。鳴門錦勢いに負けて尻餅をつく。

これにて勝負あり、心配は杞憂。スダチの圧勝であった。

【ことすうううだちいいい】

スダチはきちんと右手で手刀を切って行司から勝ち名乗りを受け、諾右衛門爺ちゃんには目もくれず、俺と美郷の座っている場所へと戻って来た。

【ただいまの決まり手は突き倒し、突き倒して琴酢橘の勝ち】

 アナウンサーから決まり手が発表された。

「スダチちゃん、とっても強いね。俺なんかと大違いだ」

「わたし、今までの取組見て、見よう見まねで突っ張りを出したら勝ってしまいました」

「スダチちゃん絶対相撲の才能あるじょ。その調子で次も頑張れ!」

美郷はFブロック。つまりスダチとは決勝まで勝ち進まない限り対戦が組まれない。

 スダチはなんとその後も勝ち続け、Cブロックの頂点に立つことが出来、準々決勝進出が決まったのだ。これはひょっとしたら。

【続きましてFブロックの取組を行います】

いよいよ美郷の出番。

【東方、美郷富士、徳島市出身、十五歳。去年は大会始まって以来の最年少優勝なるかと思われたのですが惜しくも準優勝、しかし中学生ながらたいへん健闘していました。高校生になっての初出場。今大会優勝候補の一人です。西方、うだつ姫、美馬市出身、三十四歳。普段は和菓子屋さんをやっています】

「「「「「「「「「「「みさとふじいーっ!」」」」」」」」」」」

 と、会場中から大きな声援が巻き起こる。美郷は大人気力士なのだ。

【時間です。待ったなし、手を下ろしてはっけよい、のこった!】

 相手力士・うだつ姫は美郷より二〇センチ近くは背が高かった。しかし全く諸共せず。うだつ姫が張り手を繰り出して来た腕をサッと掴んで両手に抱え、引っ張り捻り倒した。

【ただいまの決まり手はとったり、とったりで美郷富士の勝ち】

 初戦は余裕で勝ち、その後もスダチと同じく続々勝ち進め美郷も準々決勝戦進出。

《準々決勝》

 スダチ、波離間投げで勝利。美郷も合掌捻りであっさり勝ち。両者準決勝へと進む。

【東方、琴酢橘、安土桃山時代出身、推定十歳。西方、貴海亀、海部郡美波町出身、五十五歳。出場歴四十年。大ベテランです】

 体格差はかなりでかい。背丈だけでなく横幅も。さすが、海亀からとられた四股名だけはある。美郷・うだつ姫戦以上だ。まともにぶつかって勝つには無理があるだろう。スダチはどう攻めるか。

【待ったなしです。手を下ろしてね。はっけよい、のこった!】

スダチが立ち合い一瞬、わずか一秒半。

【決まり手は蹴手繰り、蹴手繰りで琴酢橘の勝ち】

 そう来たか、あっさり勝利。相手力士貴海亀、照れ笑い。決勝戦進出。これであとは美郷が勝てば。

「ああん、ダメだ私。次、絶対勝てないよ」

美郷はそう嘆きながら俺とスダチのいる方へ寄って来た。

「美郷ちゃん珍しいね。そんなに自信無くしちゃうなんて」

「だって次の相手、去年決勝で送り吊り落としかけられて負けた相手だもの。怖い」

「わたし、応援するよ。頑張れ!」

 スダチは美郷の両肩にポンッと手を添えた。

「スダチちゃん、ありがとう。きっと無理だろうけど私、精一杯頑張ってくるよ」

 美郷はぎこちない足どりで土俵へと向かう。

【東方、剣山賊、三好市出身、三十九歳。優勝回数十四回を誇る超実力派。昨年の優勝者です。今回八連覇なるか。西方、美郷富士、徳島市出身、十五歳。昨年決勝の雪辱なるか】

 美郷の話によれば、剣山賊は元女子プロレスラーとのこと。それでこんなに優勝していたのか。これは美郷が自信無くしちゃう気も分かる。

 六度目の仕切りの後、制限時間いっぱいとなった。

【待ったなし、手を下ろして。はっけよい、のこった!】

 次の瞬間、

【まだまだまだ!】行司からの注意。立ち合い不成立だった。美郷の手がちゃんと下りていなかったのだ。相当緊張してるなこれは。リラックスして頑張れ美郷ちゃん。

【待ったなし、手をちゃんと下ろして。はっけよい、のこった!】

 二度目の立ち合い、今度は上手く立つことが出来た。だが美郷、剣山賊に一瞬のうちにマワシを掴まれ、一気に押し込まれる。そしてついに俵の上に足がかかってしまった。もうあとがない。美郷非常に苦しい表情、

 容赦なく体を預けてくる剣山賊、だがその時だった。

「とっりゃあああああああああああああああああああああああああーーーっ!」

 と、美郷が大きな叫び声をあげた。そして、

【ただいまの決まり手はうっちゃり、うっちゃりで美郷富士の勝ち。去年の屈辱を晴らしましたーっ。やったね!】

美郷は土俵際ギリギリの所、捨て身の投げ技で奇跡的に勝った。そして本当に決勝戦で美郷とスダチとの一騎打ちとなったのだ。嬉しそうに観客席へと戻って来る美郷。

「すごいよ美郷ちゃん。あんな怪物みたいなのに勝てるなんて」

「おめでとう美郷ちゃん。これでわたしと対戦出来るよ」

「ヲホホ、これはかつてかの双葉山が得意とした技じゃよ。今度ボクにもこの技かけてね」

「そこまで私を追い詰められたらね、諾右衛門爺お爺さま♪ スダチちゃん、私、例え年下でも手加減しないけんね。本気でいくけんね。前大会は準優勝で悔しい思いしてたけん」

「わたしも本気出しますよ!」

 闘争心むき出しの両者。これは楽しみな取組になりそうだ。二人の間には目には見えない火花が飛び散っていた。《決勝戦つまりは優勝決定戦》。法螺貝の合図で取組が始まる。

【東方、美郷富士、徳島市出身、十五歳。西方、琴酢橘、安土桃山時代出身、推定十歳】

 仕切りの際は両者激しい睨み合いが続いていた。女同士の争いってすげえ怖ぇ。

七度目の仕切りで制限時間いっぱい、最後の塩。美郷は山のようにがっちり掴み、高々と舞い上げた。スダチもそれに負けるものかと豪快に撒き散らす。だがその勢いは美郷の方が勝っていた。スダチの表情がさらに険しくなった。

【待ったなし、手を下ろして。はっけよい、のこった!】

 軍配返され、両者激しい張り手の打ち合い。パチンパチンと激しい音が聞こえてくる。やがてがっぷり四つに組み合った。互いに力比べ。美郷が投げを打つ。だが決まらず再びもとの状態へ。そして今度はスダチが投げる。こちらも決まらず。今度は美郷、寄りに出た。土俵際俵の上まで追い詰められたスダチ、だがそこから負けるものかと寄り返す。再び両者土俵中央へ。互いに意地と意地のぶつかり合い。大相撲だ。

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』

場内激しい歓声が響く。

「琴酢橘か美郷富士か、う~む、どちらも頑張れファイト、ファイトッ!」

 諾右衛門爺ちゃん選べず。俺もどちらにも勝って欲しいと思っている。

 その時だった。スダチがもう一度打った投げに美郷の足が泳いでしまった。つまり美郷がスダチに対し背中を向けてしまった状態だ。そしてスダチはすかさずそのチャンスを逃すまいとがっちり美郷の両マワシを捕まえた。美郷、こうなったらもうどうすることも出来ず、一応は後ろもたれという決まり手技もあるが。スダチは自分より大きい美郷の体を軽々と持ち上げたのだ。これはもう勝負あったな。案の定スダチはそのまま杵を振り下ろすかのように豪快に叩き落とした。美郷、その場に座り込む。

【ただいまの決まり手は送り吊り落とし、送り吊り落として琴酢橘の勝ち。今大会の優勝者が決まりましたーっ!】

 会場中から割れんばかりの大きな拍手喝采。美郷は俺によくかける技で敗れてしまったのだ。悔しそうな表情をしていた。立ち上がり一礼して土俵から下りる。

【ことすうだちいいいいい】

 今大会最後の勝ち名乗りを行司から受け、満面の笑みで花道を引き下がるスダチ。その際「ことすだちいいい、好きだあああっ、うおおおおおっ!」、「レトロ萌えキャラ」、「安土桃山時代に帰らないでくれーっ、現代の方がずっと楽しいよーっ」などという男性応援陣からのありがた迷惑な声援が送られた。つーか安土桃山時代に帰ってもらわないと困るのだが。

「今年も準優勝かぁ。でもスダチちゃんもとい琴酢橘、優勝おめでとう! あんなに強いとは思わんかったじょ。また対戦しようね!」

「美郷ちゃんも、とっても強かった。わたしも危うく負けるとこだったじょ」

 美郷とスダチはお互い友情の握手を交わした。沈みゆく夕日が二人を照らす。

「ボク、とってもナイスな試合を見せてもらったよん。スダチちゃんは女相撲界の新しい風じゃっ!」

「すごいよスダチちゃん、美郷ちゃんより小さい体で大きな相手力士をあっさり倒してくなんて、さすが現代っ子とは体のつくりが違うね」

「褒めてくれてありがとう藤太郎ちゃん。諾右衛門さん」

 スダチは屈託のない笑顔を浮かべていた。

 全ての取組終了後、土俵上に演台が設けられる。

【表彰式に先立ちまして、鯉のぼりの歌合唱。皆様ご起立願います】

 国歌じゃなくこれかよ。和楽器の伴奏が流れ、

『甍の波と雲の波~♪……』

 会場の皆一斉に歌い出す。これは『やねよりたかい』の歌い出しで始まるよく知られている方のやつじゃなくて大正二年に弘田龍太郎によって作曲された尋常小学唱歌の一つだ。

【優勝、琴酢橘。右は第六六回阿波女相撲大会において成績優秀により賜盃にその名を刻し、永く名誉を表彰します。初出場にして初優勝。おめでとうございます!】

 スダチは頭に五月人形の兜を授けられ、表彰状、トロフィー、柏餅、ちまき、金一封、鳴門わかめ一年分、鳴門金時、ぶどう饅頭、祖谷そばなどなど多数の豪華景品、そして祝福のキスを受け取った。

「ありがとう。わたし、今とっても嬉しいよ。最高の思い出が出来ました」

 スダチは優勝インタビューされた際、ちょっぴり嬉し涙を見せていた。

準優勝の美郷にも表彰状と金一封が授与された。

これにて今年の阿波女相撲大会は幕を閉じたわけである。はてさて、優勝はおめでたいことなのだが、今後スダチをどうするか。もはや家族の一員のようになっていた。しかしそろそろ元いた時代に帰してやらなければと思う。でも、一体どうすりゃいい。 

特殊相対性理論的観点から考えても不可能じゃないかと思う。かといって……。

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