諾右衛門爺ちゃん特製ドリンクは即効流しに捨てて俺は学校に行く支度をすませる。それを目にした諾右衛門爺ちゃん再び寝室に閉じ篭って寝込む。自分の思い通りにならないとすぐこんな風に子供のように拗ねる癖があるのだ。シルバーストライキである。

そして午前八時を過ぎた頃、授業がある日はいつもこの時間帯に玄関のチャイムが鳴らされる。

「おっはよう、藤太郎くん、学校行こう！」

　この子のフルネームは野々瀬美郷（ののせ　みさと）、俺んちから歩いて徒歩二分くらいのすぐ近所に住んでいる、俺の幼馴染だ。俺が小学校に入学した頃から毎朝いっしょに登校している。ちなみに彼女の身長は１４４センチと俺よりもさらに低く痩せ型で華奢に見え、日本人形のようなサラサラした長い黒髪に三つ編み、そして丸い眼鏡をかけた、まさしく美少女ゲームなんか出てくる文学少女キャラそのもののとってもかわいらしい子なのだ。だが、その外見とは裏腹に俺とは天地真逆でスポーツ全般超万能。中でも特に信じられないのがその体格で“相撲”をやっていることなのだ。しかもかなり強い。俺は昔から練習相手としていつも標的にされ、何度も何度も何度もぶん投げられた経験がある。どうか俺のことを情けないと思わないでくれ、お願いだ。あっ、さっき美郷の容姿のことあんな例え方したが俺、そういう系のゲームは一切やらねえぞ。じゃあなんで知っているのかというと、じつはここだけの話、諾右衛門爺ちゃんが筋金入りのゲーマーでな、特に美少女ゲームが大好きなのだそうだ。お年寄りがＴＶゲームしかもこのジャンル好んでするなんて珍しいだろ？　ところが諾右衛門爺ちゃん、家電製品は全般的に大の音痴でな、まあこちらはまもなく米寿を迎えるご老人にはごく普通のことだとは思うが、ブルーレイディスクやスマホの操作方法とか全自動ドラム式洗濯機の使い方なんかも全く知らないのだ。ゲーム機についても当然のようにチンプンカンプンで、トースターと間違えたのかソフト投入口に食パンや冷凍ピザ、餅などがセットされてあることが多々あるのだ。そんなわけで、俺がゲーム機にＣＤ‐ＲＯＭをセットしたり、パソコンの無線ＬＡＮ設定をしてあげたり、さらには老眼なものだから、小さい字とか俺が代わりに説明書読んだりなんかして仕方なく手伝ってやってる過程で知らず知らずのうちに目にそんな情報が否応なしに飛び込んでくるだけなのだ。俺の親父と母さんは、この時間には既に出勤しているので齢八六の諾右衛門爺ちゃん一人残し出発。俺と美郷は高校入ってからは自転車通学。所要時間は七、八分程度。それほど遠いわけでもないので雨の日は歩いていくこともある。じつは俺、恥ずかしながら中学へ上がる頃までチャリには全く乗れなかった。俺がコマなしで乗れるようにまでなれたのも美郷が猛特訓してくれたおかげなのだ。俺は美郷にとても感謝している。

　いつも通り八時十五分頃に学校へ到着。俺と美郷は同じクラス、一組だ。

二十五分の予鈴、次の半のチャイムで朝のホームルーム開始。そして四十分のチャイムが鳴ると、一時限目の授業が始まる。今日は数学Ａ。

「それでは、この問題を伊月君」

　マッシュルームカット真四角メガネ小太り見た目オタク系教師に当てられ、黒板へと向かう俺。チョークですばやく解答を書く。

「答えは、ｘ＝±２、±√３ｉ、です」

　出題されたのは四次方程式の解を求める問題。

「おう、お見事正解ではないかぁ数Ｂの内容入ってるのに。やはり君はオイラァの見込んだ通りの秀才君だな」

　俺にとってはこんなのお茶の子さいさいである。俺は自慢ではないが入学式翌日にあった実力テストで、総合得点はこの秀才ばかりが集う理系特進クラスでもトップを取得している。親父の期待は裏切らない。そして中学卒業する頃には既に高校数学全内容の知識が頭に入っていた。そのため今更授業を聞くまでも無いがサボると当然卒業単位は取れない。

　ちなみに美郷の成績はこのクラスでは中の下くらいだ。どちらかというと文系科目の方が得意みたい。二時限目に現国。三時限目に世界史、これは俺の最も好きな科目である。

午前中最後四時限目の数学Ⅰの授業を受け終えて昼休みに入る。

「藤太郎くん、お弁当分けてちょうだい」

　美郷からの要求、もちろん快く了承。母さん手作りの弁当は俺を大きくしようとでもしてるのかとてつもなくドでかくてな、五人前はある。俺にはとてもじゃないが食いきれないんだ。驚くべきことに体に似合わず一人で四人前以上食っているんだぜ。

五時限目英文法、六時限目古文。そして長い一日の授業の終わりを告げる七時限目。

「あっ、やべえ！」

普段はこの時限化学基礎なのだが、今日は特別編成時間割で柔道があったのだ。俺は完璧に忘れていた。

「では次からは気をつけるように」

「はい、分かりました」

ホッ、柔道の先生優しくてよかった。さすが愛称仏様だ。きっとことわざ通り三回までは忘れても大丈夫だな。俺は制服姿で参加。二クラス合同合計四十名くらいの男子でやるのだが、俺含め十名近くは忘れていたようで特に際立って目立つことはなかった。今はまだ受身の練習だけなのだが、これから組み手とか技の練習とかになってくるかと思うと本当に先が思いやられる。

こうして全ての授業を終え、部活に入ってない俺はさっさと帰宅。明日から五連休だ。休み中は何して遊ぼうかな？　いや高校に入ってからの学習の総復習もやらないと。

「藤太郎くん、今日はいっしょに帰ろう」

「ああ、いいよ」

意外なようだが美郷も俺と同じく帰宅部なのだ。なぜかっていうと、美郷は女子相撲部に入りたがっていたが俺達の高校にはそんなものはなかった。そんなのがある高校の方が珍しいと俺は思うが。そこで美郷は新しく立ち上げようとしたのだが、この学校で普段から相撲をやっているのは男子含めても美郷一人しかいなかった。そして部活動として認可されるには五人以上のメンバーがいなければならなかったためである。

ただ、柔道部や空手部、稀にラグビー部のやつらと週二、三回相撲の稽古を男相手にもしている。俺はこういう部に正式に入部すればと美郷に勧めたのだが、どうしても相撲部が良いといって聞かなかったのだ。結構わがままな一面もある。

「ねえねえ、これから藤太郎くんのおウチ寄っていい？　私、久し振りに諾右衛門お爺様にお会いしたいのーっ」

「別にいいけどね……」

諾右衛門爺ちゃんは毎朝美郷が訪れる時間には俺の例の行為によって寝込んでいる。

　　　　　　　　☆

「こんばんはーっ、諾右衛門お爺様」

「ぅおう、美郷ちゃんだぁーっ。わっほほぉーい！　ボクのガールフレンドーッ。グッイーブニン」

こんな風に俺が帰る頃にはいつものキャラに戻っている。諾右衛門爺ちゃんは、犬は喜び庭駆け回るように歓喜し、美郷にガバッと抱きついた。

「え～いや！」

　その刹那、美郷は諾右衛門爺ちゃんを一本背負い（柔道技ではなく大相撲の決まり手の一つである）でいともあっさり空中へ投げ飛ばしたのだ。諾右衛門爺ちゃんクルリ一回転ズサッと着地、衝撃で入れ歯ふわり空中遊泳。

「んもう、諾右衛門お爺様ったら。でもそこが素敵ング」

　そして吹っ飛んだ入れ歯両手でキャッチし付け直す。

「フォフォフォフォ、ボクすごく嬉しいな、若い娘さんに投げ飛ばされてもらえて。アイムハッピー」

　何を隠そう諾右衛門爺ちゃんは相撲が恐るべきほど弱いのだ。この俺でも軽く押せば勝てるくらいである。俺以上のもやし体型でまさに紙相撲なのだ。

「どうよ藤太郎、相撲はベリーベリー楽しいぞ。こんなに可愛い子達にブンブンブンブン投げ飛ばしてもらえるんじゃからな」

「……」

　諾右衛門爺ちゃんはじつのこと言うと、本当の大相撲の世界というのを知らないようなのだ。双葉山が大活躍していた子ども時代こそ大相撲をラジオで熱心に聴いていたというが終戦直後、彼の引退と共に自分もぱったり見なくなり、次第にその存在すら忘れ去っていったらしい。代わって見るようになったのがこの地域で六十数年続く伝統行事、年一回開催され美郷も小学一年生の頃から毎年欠かさず出場している女相撲大会だったのである。

「あ、ほうじゃ。ボクね、お二人の取組が見てみたいのう」

「諾右衛門爺ちゃん、そっ、そんな急に……」

「ＯＫ！　お見せしてあげるよ、諾右衛門お爺さま。ちょうどお日様に干そうとマワシ持って帰ってたけん」

「みっ、美郷ちゃんも乗らないでよ」

美郷はやる気満々なようだ。

「まあいいじゃない。そういや最近、もう五ヶ月くらいかな、お正月の時に取って以来、私も受験勉強忙しくて相撲封印してたけん、かなり久々に対戦することになるね。そうと決まれば早速マワシ、マワシ。藤太郎くん、付けてあげるけんおズボンとおパンツ脱いで！」

　藪から棒に大胆発言。誰がやるか！

「みっ、美郷ちゃん。俺さ、マワシ姿になるなんて恥ずかしいよ。前にも言ったでしょ」

「んもう、なっさけない。ほな今回も上半身裸トランクス一丁でええじょ」

　それも恥ずかしいことだが仕方がない。もしここで対戦拒否って逆らおうものなら後で学校の運動場のど真ん中で『送り吊り落とし』の刑を喰らわされるのだ。相撲勝負に限らずな、ノート写させてとか、お掃除当番代わってとかそういう場合も然りだ。

幼稚園の頃から度々させられて、高校入学してからもこれまで七回させられた。しかも昼休み狙って「今から私、藤太郎くんを公開処刑しまーっす♪」とかご丁寧にスピーカーなんか使って大声で叫んで宣言して全校生徒の注目を集めてな、さらに先生達までもが拍手喝采楽しみながら見物してるんだぜ。

こんな状況を羨ましく思ったのか被執行希望者男子先生も含め年追うごとに増加中だ。しかし俺以外には大人しくか弱く清楚で真面目な女の子としてまあその容姿からイメージされる通りのキャラで接している。ただそのギャップが素晴らしく萌えという輩も多い。

「あ～ら、いらっしゃい。お久し振りね、美郷さん」

「こんばんは、おじゃましてます、豊佳おばさま」

　美郷がピンクの女相撲用マワシ（上半身はもちろんレオタード着ているぞ）に着替え終え、準備が整った頃、母さんが帰って来た。

「美郷さんのマワシ姿はいつ見てもさまになってるわね」

「そ、それほどでもないですよーっ」

　頬をポッと桜色に染める美郷。

「ふふふ、かわいいわ。その格好してるってことは、ひょっとしたら――」

「その通りです。私今から藤太郎くんとお相撲取るんです」

「やっぱり。どんな攻防が繰り広げられるのか楽しみね」

そんなわけで俺は離れに建てられてある道場へとやって来た、というか連れてこられた。木造瓦葺平屋建ての小屋で、造られたのは一九〇七年（明治四〇年）。すでに創立百年以上が経過している。当然のようにこれまでに何度か改修工事がされてあるものの、外観は建立当時のままほとんど変わっていない。入口横にある『伊月相撲道場』と木版に縦書き行書体で肉合彫りにされた看板もかなり色あせていて、時代の流れを感じさせていた。出入口を通ってすぐ目の前に直径十五尺（およそ四メートル五五センチ）の土俵、さらに奥側に見物用の座敷も設けられてある。かつて、五〇年ほど前までは、この場所で毎日のように鬼丸家や近隣に住む力自慢の男共よる激しい稽古が流血も交えながら行われ、大勢の見物人で賑わっていたようだが、今ではそんな面影すら全く感じられない。今回みたいに、俺が美郷と無理やり相撲を取らされる時に使用されるくらいである。

　俺と他のみんなも靴と、靴下も脱いで素足になり道場の中へ。土足厳禁なのだ。

「美郷ちゃん、やっぱ俺、怖いよ」

「今さら何言っとるんじょ藤太郎くん、男の子じゃろ？」

「ほうじゃぞ藤太郎よ。男たるもの度胸が必要なのじゃ。そんじゃ、ボクが行司さんやるねーっ！」

「ほな、うちが呼出さんやろうかしら」

「よろしくお願いします諾右衛門お爺様、豊佳おばさま」

　美郷に頼まれると諾右衛門爺ちゃんはすぐさま行司服に着替えて来た。右手には軍配団扇。俺んちには、こんなマニアックな物まで置いてあるのだ。俺の四股名は『梅ヶ谷』。美郷に名付けられた、というか十五代・二十代横綱そのまんまだ。そして美郷は『美郷富士』。

【ひがあああああああしいいいいいいい、みさとおおおおおふじいいい。にいいいいいしいいいいいいい、うめがあああああたあああにいいいいいいい】

母さんのオペラ歌手のように美しいソプラノボイスで四股名が呼び上げられ、俺と美郷は土俵へと上がる。

「藤太郎くん、もしかして緊張してる？」

「しっ、してないよ」

　いや内心していた。というかそれよりも本当に怖い。俺緊張の仕切りが続く。

　四度目の仕切りの際、母さんから制限時間いっぱいであることが告げられた。

「さあ、藤太郎君、思いっきりドンッってぶつかってきてね！」

　そう告げ、こぶしで胸元を叩く美郷。

【お互い待ったなしじゃ。手を下ろして、はっきよい、のこった！】

　諾右衛門爺ちゃんから軍配が返された。

　俺は美郷に言われたとおり渾身の力をこめて突進していった。すると美郷のマワシをがっちり捕まえることが出来たのだ。

「藤太郎くん今回超いい当たり。その調子でも～っと私を強く押してみてね」

「うっ、動かねえ……」

　美郷の体は俺にとってはまるで巨大な岩のようだった。

「もう、私のペッタンコなおっぱいにこ～んなにお顔埋めちゃって、もう、エッチね」

　いや美郷、俺は決してそんなつもりは……。

「せっかくわざとマワシ取らせて藤太郎くん有利の形にしてあげたのにな。とりゃあっ！」

　美郷の威勢の良い掛け声。その瞬間俺は一瞬のうちに美郷の肩に担ぎ上げられ空中一回転。先ほどの諾右衛門爺ちゃんと同じ技をかけられてしまったのだ。

【ただいまの決まり手は一本背負い、一本背負いで美郷富士の勝ち！　どうじゃ藤太郎、地球に居ながらにして無重力空間を漂っているような清清しい気分になれたじゃろ？　美郷ちゃんの一本背負いは五つ星じゃよ。これでボクもアストロナウト気分が味わえるんだもん】

　ならねえよ、全然。っていうか俺受身の取り方を知らねえから思いっきり地面に腰打ち付けてめっちゃ痛え。あとで青痣出来るぞこりゃ。全く何も出来なかった俺の完敗だ。

「えっへん。どうだ藤太郎くん、参ったか？」

　無様にうつ伏せに転がっている俺を容赦なく上から見下ろす美郷。しかもトランクスがずれて半ケツ状態になっている所を踏みつけやがった。さらには勝利のポーズＶサイン。

「また負けちゃった。やっぱ美郷ちゃん強過ぎるよ」

「んもう、情けないなぁ男の子のくせに」

　そう言い放ちこんな俺に手を貸してくれ優しく起こしてくれた。いつもこんな感じだ。美郷が伊月家の男だったらと思うことが何度あったことか。

「藤太郎くん、ご協力ありがとう。私とってもいい運動になったよ。なんかお腹空いてきちゃった」

「美郷さん、良かったらお夕飯も食べてく？　今夜はスープカレーよ」

「スッ、スープカレーですと！　もっ、もちろんいただきます。私の大好物ですからーっ」

エサを目の前にして「待て！」の命令をかけられた犬のように涎を垂らしながら喜ぶ美郷。俺の母親は小学校の家庭科教師を勤めている。料理の腕前は天下一品なのだ。

「は～い、出来たわよ」

　二十分ほど待つと、それが四人分テーブル席へと続々運ばれて来た。

「美郷ちゃんの分は虚空にしたのよ」

「わ～い。ありがとうございます豊佳おばさま」

　マグマのように真っ赤なスープがでで～んとご登場。美郷は筋金入りの辛党なのだ。俺はいつも美郷の食う料理に度肝を抜く強烈なインパクトを与えられる。味噌汁にタバスコ入れたり、食パンにコチュジャン塗りたくったり。

「相変わらず美郷ちゃんの、すごいよなぁ。俺なんか覚醒でも辛くて食えないのに」

「もちろん甘い物も大好きよ。甘い物食べた直後に辛い物食べた時の爽快感といったらもう最高よ！」

「スイカに塩に代表される味の対比効果かよ。俺には絶対無理だ」

「ほうじゃよねぇ。藤太郎くんまだまだお子様やけんね。辛いの無理じゃよね。あっかちゃ～ん」

　美郷は俺に指差してげらげら笑って来た。俺よりちっこい美郷には言われたくない。さすがの性格穏やかな俺もこれにはちょっとだけカチンと来た。

「これくらい俺でも食えるよ！」

「へえ、強気じゃね。じゃあさっそく食べてみてよ」

やっちまった挑戦状。後戻りは香車の駒のごとくもう出来ない。

「わっ、分かったよ」

「はいどうぞ、た～くさん召し上がれ」

　俺の前にススッと差し出されたその地獄皿。この赤いものは、例えるならえーと、そうだあれだ！　ヨーグルトやアイスなんかに入ってる、つぶつぶいちごだと思って食えばいいのだ。そう考えればこんなもの楽勝。楽勝。

「ぐっ……」

　俺は男らしく赤い部分が特に目立つ所目掛けてレンゲを振り下ろす。そして口の中へ一気に放り込み食す。

「……ん？　あっ、あんまり辛くないような……っ、うわああああああっ！」

　俺の口内にスローインされてから約１・５秒後、俺の口元は一瞬にしてバーナーの点火口へと姿を化した。辛さは後になってじわりじわりと効いて来たのだ。

　俺はすぐさま冷蔵庫へ光の速さで猛ダッシュ。五百ミリリットル入りメロンクリームソーダを取り出して一気にゴクゴク飲み干した。

「アハハハ、やっぱり無理じゃない」

　美郷は得意げになっているのかまたもや笑顔でＶサイン。

「くっ、くそぅ！」

　これも俺の完敗だ。まだ舌がピリピリ痛む。

「そんじゃいただきま～す♪」

　美郷はそいつを平然と口の中へとベルトコンベアのように流れ作業的に運んでいく。しかもこれ食う直前にチョコレートと鶏卵素麺食って口の中甘い物で満たしていたんだぜ。こいつは化け物だ。

「ごっちゃんでしたぁーっ♪」

　ちゃっかりお代わりまでいただいた美郷であった。

「美郷さん、良い食べっぷりだったわ。ついでにお風呂も入ってかない？」

「そうですね。さっきの相撲と、このカレーでかなり汗かいちゃったけん」

「お着替えはいっぱいあるからどれでも好きなのを使ってね」

美郷はタンスの中から俺の姉達が着ていたパジャマや下着を取り出した。

「このパンツ、ピンクのウサギさん柄で素敵ですね。そうだ藤太郎くん、いっしょに入ろう！」

「入るわけないだろ！」

「んもう、藤太郎くんったら大人びちゃって。下はまだまだお子様サイズのくせにーっ」

　ああその通りだ。てかなんで知ってる？

月に一、二度美郷が夕方以降に俺んちへ来る時は、百パーセントの確率でお湯をいただいていく。俺んちには大の大人が十人以上は一度に入れるとても広い檜風呂が備え付けられてあるのだ。美郷は、他に何の用もなくそれだけが目当てでやって来ることもある。ちなみに借りた下着類を返しに来たことは一度もない。全てジャ○○ンのように自分の所有物にしているのだ、やつのように無理やり奪ったわけではないが。

「おじゃましましたーっ」

「またね美郷ちゃん」

「美郷さん、いつでもお夕飯ご馳走するけんいつでもいらしてね」　

「グッバイキング美郷ちゃん。またボクを投げ飛ばしに来てねっ♪」

仄かにゆずセッケンの匂いを漂わせながら、チャリで数十秒の夜道を帰っていく美郷であった。　　