川で拾った安土桃山少女を俺んちに居候させることになったんだけど
明石竜
序章 俺んちは昔、名高い○○一家だったけど、今やこのざま
今日から風薫る五月、俺は今朝も相変わらず諾右衛門爺ちゃん特製スーパードリンクを振舞われた。
「ぅおーい、藤太郎。これ飲みんしゃい。背ぇがキリンのようにでかくなるぞう。こいつであと二十五センチ伸ばせ」
「いらねぇ。そんなもんで背が伸びるわけないだろ。栄養学的に考えて」
「オウノー、今宵もボク、夜なべして一生懸命頭捻って考えて作ったのにな、ヤモリとアオダイショウのミックシュジューシュ」
「……」
俺の名は伊月藤太郎。旧阿波国、徳島市に生まれ育ち、現在は十五歳。この春、高校に入学したばかりだ。冒頭で述べたように俺の祖父の名は諾右衛門。俺は昔から諾右衛門爺ちゃん、と親しんで呼んでいる。ついでに言っておこう。親父の名は慶太郎だ。お気づきの方もおられるかもしれないが、これらの名にはある共通点がある。全て大相撲“歴代横綱または大関”の四股名の一部なのだ。第八代横綱不知火諾右衛門、第一五〇代大関・伊勢ノ濱慶太郎、そして俺の名の元になったのが第十五代・二十代横綱梅ヶ谷藤太郎である。
諾右衛門爺ちゃんが生まれてくるまでは、代々伊月家に生まれ育った男共は皆、六尺三十貫(今の単位で言うと一八〇センチ、百キロくらいかな)をも優に超える大男に成長し、そりゃあもうとてつもなく相撲が強かったそうだ。人間離れした剛力かつ頑丈な体つきで、お侍に日本刀で首を打たれた時も逆に刃の方が折れてしまったとか、大筒火縄銃の弾を数十発体中に浴びせられてもかすり傷一つ負わずけろりとしていたとか、たった一人で暮れ六つの鐘が打たれた時より食い始め、宵五つの鐘の音を聞く前に飯三升・羊羹十棹・蕎麦七十盃・鴬餅百個ぺろりと平らげ酒を三斗飲み干したとか。他にも真冬の荒れ狂う海で全長五十尺以上ものザトウクジラを素手で引き上げたとか、もっと凄いのは高さ五百丈はあろう山を片手で押し三里ほど動かしたとか……俄かには信じがたい風聞も数多くある。
男ばかり七人兄弟の末っ子として、諾右衛門爺ちゃんは十歳頃までは『実』という当時ごくごく一般的な名で育てられていたが、その時代としても成長が遅く、当時相撲道場の師範であった曽祖父はその未熟さを見るに見兼ねて歴代横綱の下の名前に無理やり改名させたそうである。それ以来、伊月家に生まれる男子には、験担ぎにと歴代横綱か大関の名を付けることが決まりとなった。ただ、初代横綱の名だけは恐れ多くて名付けられなかったそうだ。その風習が孫である俺にも当然のように影響している。俺はこんな明治時代生まれの人みたいな名前を付けられて正直大迷惑だ。そんなことしたって結局、効果は全く無かったのだから。諾右衛門爺ちゃんの身長は、今は少し腰が曲がっているが最高でも155センチだった。改名させてわずか三ヵ月後に「この世で一番でっかいエベレストに挑んでくる。世界で初めて頂上に立つのはこのワシじゃあっ!」とか弟子達に告げて出て行ったきり消息を絶ったらしい曽祖父の遺言水の泡だ。親父も俺も、諾右衛門爺ちゃん以降の遺伝子を見事なほどしっかりと受け継いでいる。親父153センチ、俺151センチと時代の進歩に逆行するかのように少しずつ小柄になっているのだ。俺はご覧の通り超小柄で同年代女子の平均身長よりも低い。そして体重もわずか四十キロと痩せ型なのだ。極めつけに俺は母さんに似て幼顔であり、未だに小学生に間違えられることさえある。ついでにあと一つ言っておこう。不思議なことに伊月家では諾右衛門爺ちゃん誕生以降、親戚一同含めなぜか男が俺と親父しか生まれてこなかったという珍現象が起きているのだ。ようするに俺には“おじさん“なる者はいない。いとこも全て女の子である。漢字で書けば従姉妹となる。つまり俺は今、伊月家唯一の若手の男なのだ。俺には進学やら就職やらで、この家にはいないが姉が四人。親父と母さんは男の子がずっと欲しかったそうで俺の誕生にはやっと男の子が生まれたとご近所内あげての大祝いだったそうだ。諾右衛門爺ちゃんは曽祖父の意思を受け継いで相撲部屋へ門戸を叩きにいったそうだが当然のように体格検査で撥ねられ門前払いされたという。その諾右衛門爺ちゃんは親父に託すがやはりダメっていうか条件さらに悪くなってるし。結局は大学教授になった親父は俺の相撲界入りを俺が生まれて来る前から既に諦めていたようで物心ついた頃から徳大レベル以上の大学、出来れば院まで進んで安定した公務員か研究職でも目指した方が絶対いいよ。と言われて続けている。俺もその考えには同意なのだ。事実俺は今、難関進学校に通っているし。しかし諾右衛門爺ちゃんは未だ熱心に俺の将来の相撲界入りを薦めてくるのだ。自分がなれなかったのがよっぽど悔しかったのだろうか。当然期待に沿えずというか俺は相撲、いや全てのスポーツ競技が大の苦手な超々インドアマンなのだ。高校に入ってから週一で必修となっている柔道の授業がある日はとっても鬱である。
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