04
それから数十分くらいの間、昨日の湊が俺に言ったこととだいたい同じような内容の会話を厳しめの口調で言い続けられた。昨日と違うのは、俺はまったく言葉を発することがないままに時間だけが過ぎていったことだ。
こんな様子を周りが見たらどう思うことだろうか。
呆れたように説教を続ける人、それを黙って聞き続ける人、その様子を見ながら笑いをこらえている人。
もし、俺がこんな様子をのぞいたら早々に立ち去っているだろうな。
『触らぬ神に祟りなし』、『君子危うきに近寄らず』そんな言葉を思い浮かべているかもしれない。
「ふぅ、疲れた~」
立ちっぱなしで俺に説教をしていたあこは椅子に落ちるように座った。
やっと終わったかと俺は安堵のため息をつく。
「いい怒られっぷり……いや、いい叱られっぷりだね悠人」
俺は「うるさいよ」と口にしながら伸びをする。
「あこもストレス発散になっていいじゃないか」
「私は別にストレスなんてたまってないわよ」
「その割には俺への説教はなかなかのものだったけど」
そう言って俺は余計なことを言ったと自覚する。その証拠にあこは俺のほうをバッチリと睨んでいた。
「でもさっきイライラするとか言っていたじゃないか。それはストレスだよ」
「だったらその原因は悠人だから悠人で発散するのは理に適ってるでしょ」
それはそれは、悪うございましたね。
「人なんて多かれ少なかれストレスを抱えているものだろ。そんなに気にしなくてもいいだろ……面倒くさい」
「その割り切った考えは悠人らしいね。だけど誰もが悠人みたいに無関心を貫けるものじゃないよ」
「他人に関心をもたない人のほうが珍しいでしょ。悠人は基本属性が他人に無関心なんだからそういう考えができるのよ」
基本属性と来ましたか。俺にとって無関心というのは、他人から見たらオプションか何からしい。
だけど俺はそれでいいと思っている。これはきっと、何があっても変わらないだろう。
「俺から言わせてもらえば余計なことを気にするほうがストレスになると思うけどな」
「否定できないね。かくいう僕も最近はストレスが溜まって……」
「「いや、それはない」」
俺とあこの意見が合った。珍しいこともあるものだ。
「二人ともひどいな~。僕にだってストレスの一つや二つあるって」
「人の不幸を見て喜ぶようなお前がか?」と俺が言う。
「能天気で腹黒い湊が?」とあこが言う。
「二人とも僕をそんな風に思っていたなんてひどいじゃないか!数少ない親友にまでそんなに言われたら……僕はどうしたらいいのさ」
大げさなことを言い放ったと思ったら、両手で目を覆ってあからさまな泣きまねを見せる。
ほんとこいつ、毎日が楽しそうだよな。
「湊、そんなこと言っちゃダメよ。その台詞は悠人のためにあるようなものなんだから」
なぜだろう、攻撃の対象がまた俺に移っている。珍しく意見があって今は湊に攻撃する流れだったはずなのに。
「そっか、ごめんよ悠人。許してくれ」
さっきの泣きまねはどうした。対象が俺に移った途端に元気になりやがって。
「まったく、理不尽なもんだ」
俺がそう言ってため息をつくと、二人とも楽しそうに笑った。
昔からこうだった。厳しめの口調で話をするあこがいて、それに乗っかって人をからかう湊がいて、それを不機嫌そうに黙って聞く俺がいて、そして……そんな様子を楽しそうに聞いている瑠璃がいた。なんでだろう。今さらなのにこんなことを思い出す。中学の時も話なんてしていたのに、どうして今になって余計なことを考えているのだろうか。
「それでどうするの?」
その声で我に返る。
「ん、ああ」
「いや、ああじゃなくて、またボーっとしてたでしょ」
「いや、今回は聞こえてた。どうするって何だよ?」
他のことを考えていたとはいえ、いきなりアバウトな質問をされては何て返したらいいのか分からない。
「瑠璃のことに決まってるでしょ。せっかく隣の席になったんだからこれからどうするのかってこと」
お前までそのことを持ち出すのか。
「……べ」
「『別に何も』とか言ったら怒るわよ」
さすがは長い付き合い。ギリギリセーフといったところだな。
「特になし」
「湊、こいつ一発殴っていいかな。今すごいカチンと来た」
「さすがにこれは擁護できないよ悠人。今の返しはひどい」
いや、それは困る。殴られてはさすがに困る。
「……どうするなんて言われても何も考えてない。というよりも何かする必要があるのか?」
そう言った途端、あこの表情が変わった。
「……あんた、それ本気で言ってるの?」
あこから発せられた声はいつもよりも低い声だった。ここまで変わると、さっきまでとあこの様子が違うのは俺にも良く分かる。これはさっきのようなイライラや呆れたようなものではない、本当に怒っているように俺は思う。
「……無理に気を使って話さなければいけないくらいなら話さないほうがいい」
俺は言葉を選んで真剣に答えた。
あこは少しの間、目をつぶるとやがて、ふぅと一息つき俺のほうに向きなおる。
「そうね、あんたは余計な干渉はしないんだものね。でもね、今のあんたは何かするべきなのよ」
「……何だよそれ」
それを聞いて俺は少しムッとなる。何でそれを指図されるように言われなければいけないんだ。
するべき?した方がいい?しなければいけない?
もし、何も知らないのにそんなことを言われたとしたら本当に……心の底からうっとうしい。
「お前、俺がそういうのが嫌いだって分かってるよな」
俺が少し強めの口調で言うと、あこも真面目な顔で答える。
「分かってる、これは確かにあなたの大嫌いな余計なおせっかいね」
それが分かっていて言うのなら余計に質が悪い。しかも、よりにもよって瑠璃のことだ。俺が一番干渉してほしくない部分だと知っているはずだ。
「だけどね、そのせいでこっちが迷惑してるって言ったら?」
「……え?」
予想外の答えに俺は戸惑う。
「迷惑……かけてたか?」
「当たり前でしょ。こっちがどれだけ気を使っていると思ってるのよ。だいたいあんたたちは……」
「まあまあ、あこ落ち着こうか。そんなケンカ腰に言っちゃうと伝えたいことがちゃんと伝わらないって」
湊が間に入ったおかげで、とりあえずその場が落ち着く。あこは不満げな顔を見せたと思ったらそっぽを向いてしまった。
「これからどうするっていう質問がよくなかったかもね。質問を変えるよ悠人。これから悠人はどうしたい?」
「どうしたい……って言われても」
俺は言葉に詰まってしまう。
「ああ、もうじれったいわね」
「はいはい、あこ、どうどう」
また何か文句を言おうとしたあこを湊はなだめながら再び口を開く。
「それじゃあさらに質問を変えようか。悠人は雨辻さんと昔みたいに話したい?話したくない?」
その質問を聞いて俺は目を見開く。なんだ、どうしてそんなことを聞くんだ?今まで何も言わなかったこの二人がどうしてこんなことを聞くんだ?
「嫌がるかもしれないけど一応言っておく。僕は話して欲しい。きっとあこも同じだと思う。なのにあこと来たら何かするべきだとか言っちゃって、素直じゃないな」
「ちょっと、別にそんなじゃないわよ!」
湊に指摘されたことが図星だったのかあこは恥ずかしそうに怒っている。
昔みたいに……か。
昔の俺たちはどんな話をしていただろうか。学校のこと、勉強のこと、友達のこと、いや、きっと何も考えていなかった。内容なんかどうでもよくて、その場で思いついたことや自分の話したいことをただただ話した。たったそれだけのことなのに今はそれができない。
『ありがとう、ごめんね』
俺の頭の中に言葉が響く。
忘れたくても忘れられないことがいつまでも残り続ける。……何でこんなことを今さら思い出す。
「また余計な事考えてるだろ」
湊の声で俺の思考は途切れる。
「え、ああ……」
「ほんと、あんたって分かりやすいわよね」
あこは呆れた様子で俺を見ていた。そんなに態度に出ているのだろうか。
「何のために選択肢まで出したと思ってるんだい。こうなると思ったから出したのにこれじゃあ意味がないだろ」
「こうなると思ったって……」
「それはそうでしょ、あんなに仲良かったあんたたちが理由もなしにしゃべらなくなるなんて思ってないわよ」
「でも二人はその理由を知ってるんだろ」
そうじゃなければいきなりこんな話をするとは思えない。俺じゃないのなら瑠璃に聞いたのか。
しかし、そんな予想とは違い、二人は顔を見合わせて首を振っていた。
「知らないわよ。知ってたら私だって何かしろだなんて適当なこと言わないわ」
「僕たちはきっかけならなんとなく分かるけど、原因は知らない。正直なことを言えばどうしてそうなったのかさっぱりだ。だから原因は知りたいところだけど……」
湊は俺のほうを一瞥する。それに対して俺は黙って目をそらした。
「まあこれは本当に余計な干渉だね。人のプライバシーに土足で上がり込むようなことはしないよ」
「そうね、言いたくないことの一つや二つあって当然よ」
俺は二人が本当に気を遣っていたのだということを改めて実感する。そしていろいろなことを考えてくれていると思うと少し心が落ち着いた。
湊は一つ咳ばらいをつく。
「とまあ、そういうことで余計なな考えを持たせずに本音だけ拾っていこうとしたわけなんだけど……これがまた、あこが短気だから」
「なっ、短気じゃない!考える余地を与えないように手っ取り早くしようとしただけよ」
「それを短気っていうんだよ、あこ」
「うるさい!」
そして再びあちらが揉め始める。
なんであいつらがいちいち揉めてるんだよ。湊が余計なことを言うからなのは分かっている。でも、もしかしたらそうやって場を和ませてくれているのかもしれない。
……いや、考えすぎだな。
俺は髪の毛をくしゃくしゃといじりながら再び考える。
俺の本音。
余計な考えを捨てた……俺の本当の気持ち。
瑠璃と話したいか話したくないか、そんなことを言われたら……答えは決まってる。
でも……
「でも、とか考えてないわよね」
俺の考えていることが分かっているかのようにあこは目を細めている。
俺はふうっと大きく息をつくと二人に向きなおる。
「昔……みたいになりたいとは言わない。……でも」
俺は目をつむって一つ間を置く。緊張しているのかうまく言葉が出てこない。
「……でも、瑠璃とは普通に話ができるようになりたいとは……思ってる」
俺は必死に振り絞った。たったこれだけのことを言うだけで、体力をすべて持っていかれたような気分だ。本人を前にしてるわけでもないのに情けない。
長い間、閉まっていた本当の気持ちを出すことの大変さを実感していた。
「まあ、悠人にしては上出来だね、よく言えました。……だんだん小声になっていたけど」
「頑張ったわね悠人。……必死な感じが見え見えだったけどね」
なぜか上から目線で物を言う二人。そして、俺の必死さを踏みにじるかのようにわかりやすい、本音と建前。
わざとらしいその態度に俺は恥ずかしさを覚える。
「いつまでもお前らに気を使わせておくのも悪いからな。人に迷惑をかけるのは好きじゃない」
俺は恥ずかしさをごまかすように言い放つ。
「ツンデレかい。そういうのは需要を考えてから使ってほしいね」
「ほっとけ」
やっておいてあれだが、俺の恥ずかしさなどこいつらの前で隠したところで何の意味もない。なぜならごまかしたところでバレてしまうからだ。それほどまでにこいつらとの付き合いは長い。
余計な緊張から解放された俺は、頭の後ろで両手を組み天井を見上げていた。
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