03

「ほんっと、情けないわね」

「……」


 翌日の放課後。昨日、湊が話していた通りにあこの説教タイムが始まっていた。

……訂正、これから始まるのだ。いきなり教室に来たかと思えば第一声があれだ。だいたい何のことを言われているのかは想像がつく。だから、これから説教タイムだということも想像がつく。そうでなくても、顔を見ればなんとなく分かる。長い付き合いだ、あこの呆れて怒っている顔ぐらいは覚える。


「いい、今から説教だから。覚悟しなさい」


 まさか自分で言い出すとは思わなかった。いきなり来て説教だから覚悟しろと言われた人間が覚悟できるとは思えないけど。


「説教されるようなことをしたつもりはないんだが」

「あんたがそうでも私はイライラしてるの。だから説教、オッケー?」

「……理不尽だ」


 まったくもって、理不尽だ。そして俺は隣でのんきに笑っている奴を睨む。

「あ、自分のことはお構いなく。悠人が怒られるさまをしっかりと目に焼き付けておくよ」

 

 当然のようにこの場に湊は来ている。俺があこに説教される様子を楽しみに待っているというわけだ。


「言った通りになっただろ悠人」

「そうだな。俺はいつ何が飛んでくるか警戒しているところだ」


 それを聞いたあこは不思議そうに首をかしげる。


「何それ、どういうこと?」

「ん、昨日湊が言ってたんだけど……」

「例の話を聞いたらあこが説教しに飛んでくるって話だよ」


 俺を遮るように湊は説明した。

 こいつ、自分の発言で説教に巻き込まれないようにごまかそうとしてやがるな。自分の発言にくらい責任を持ってほしい。

 そして、湊はそのまま俺に話す隙を与えないように話を続ける。


「悠人、これはもう回避できないこと、いわば運命だったんだよ」

「説教ごときを運命のカテゴリに入れるな。説教は間違ったことを注意するための大事な行動だ。そこには怒られる原因がちゃんとある」

「つまり悠人は説教される原因が分かっているのよね。だったら今日は何か変わるようなことでもしたの?」

「……」


 ぐうの音も出ないとはこういうことなのだろうか。ちなみに今日の俺はというと、いつも通りの平常運転。特に話すこともなかったし、誰かから話しかけられることもなかった。席替えの前は、成り行きで近くになった人と軽く話す程度のことをしていたが、わざわざ近くに来て会話をするほどの仲にはなっていない。まあ、変に干渉されるよりはマシだと思っている。

 ということでまともな会話なんてしていないわけで、それは当然、瑠璃とも会話していないことを示している。

 というかできるわけがない。まともに話したのは四年ぶりだ。いや、まともにとは言ったけど、実際のところそれをまともと言っていいのかすら怪しい。『よろしく』なんて挨拶だし、『何だよ』なんてただの相槌。むしろ言葉だけ聞いたら、なんて偉そうな奴なんだよって思われるし。


「あああ……」

「湊、悠人が何か悶えてるんだけど」

「悶えているのはいつものことだよ。学校じゃなくて家でだろうけどね」

「おい、人聞きの悪いことを言うな。変な誤解を生むだろうが」


 あと、そこで俺にかわいそうなものを見ているような目をしているあこ、やめてくれるかな。


「ちなみに知っているかい?説教というのは宗教的な意味のほうがもとで、ただ叱るような意味合いはあまり当てはまらない。どっちかと言うと教え導くために言い聞かせるって言う意味合いのほうが強いんだ」

「それは今の状況で説明する必要があるのか?」

「間違いは正しておいた方がいいかと思っただけだよ。蛇足だったね」


 悪びれもなくそう言った湊は、さらに言葉を付け加える。


「というわけであこさん、悠人の説教……どうぞ」

「ええ、そうする」


 今のが俺にとっては蛇足だったと恨めし気に湊を見る。その様子を見た湊は楽しそうに顔をそらしてごまかしていた。


「じゃあ、ご希望に応えて説教を始めましょうか」

「される側の希望は尊重されないのでしょうか?」

「ちゃんと悠人を教え導かないとね」


 ニヤッと口元に笑みを浮かべるあこ。

 ここまで来たら、もう逃れることはできないだろうな。せめて心の中では希望を持っておこうか。


 どうか、お手柔らかに頼みますよ。

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